File 12 アナグラムは踊る

放課後の昇降口。

壁に貼られた、1枚のポスターが生徒たちの視線を集めていた。


『星祭詩会(せいさいしかい)』、開催決定!

──あなたの“コトダマ”を、夜空へ。


シンプルなデザイン。藍色の背景に銀の文字。

星座を模したフォントが美しく、夜の校舎にぴったりの幻想的な印象を与えていた。


けれど、逢人はその文字列を見て、なぜか引っかかっていた。


「琴音……この“星祭詩会”、どこかおかしくないか?」


逢沢琴音がちらりとポスターを見やる。


「名前は素敵だけど……何か気になるの?」


「“詩会”というには、開催場所も、時間も書いてない。しかも、主催者名もなし。何か、隠してる感じがするんだよな……」


ふたりは新聞部の部室に戻り、もう一度ポスターの文言を読み直した。


「《コトノハ》、このイベント名……“星祭詩会”の文字を並べ替えると、他の意味になる可能性はある?」


逢人が問いかけると、AIはすぐに反応した。


入力:星祭詩会(せいさいしかい)

解析:五文字の漢字組成、固有語と推測されるが、アナグラム構造を検出

可能性のある並び替え候補:

・詩会星祭(しかいせいさい):意味重複

・詩殺異界(しさついかい):不自然ながら、意味が大きく変化

・「詩」+「祭」+「死」+「異」→隠語的解釈の可能性


「“詩殺異界”? ちょっと待って、それ怖すぎない?」


琴音が声を潜める。


「もしかして、これ……別の“非公式イベント”を隠してる?」


文化祭準備中の放送委員会に取材を進めると、このポスターは正式に発行されたものではないことが判明した。

それどころか、同時期に掲示されるはずだった“文芸部の公式イベント告知”がなぜか掲示されておらず、入れ替わった可能性が高いという。


「つまり、“偽の詩会ポスター”が、本物を上書きしてる……?」


逢人たちは、文化祭実行委員の掲示履歴をたどり、バックアップファイルから元のポスターを復元した。


そこにはこう書かれていた。


『詩解祭(しかいさい)──言葉を解く夜』

主催:文芸部有志

場所:旧講堂地下閲覧室

日時:〇月〇日 午後六時より


「“詩解祭”を、“星祭詩会”に……? 文字を並べ替えて、意味を変えてたのか!」


「ポスターの文字を入れ替えるだけで、“別の催し”になる。まるで言葉の仮面劇ね」


翌日。旧講堂の裏手で、逢人と琴音は非公式で開かれようとしていた“アンダーグラウンド詩会”を見つけ出した。


そこでは、匿名で投函された詩が暗い照明のなか読み上げられていた。内容は、どれも鋭く、激しく、誰かを揺さぶる言葉ばかりだった。


「あなたが嘘をついた夜、私は名前を失った」

「声に出せば嘘になるなら、私は黙って叫び続ける」


言葉は、棘を持っていた。

でも、その痛みは嘘じゃなかった。


主催者は、昨年退部した元文芸部員だった。


「本当は、この“詩解祭”も、学園の公式には通らなかった。でも、誰にも黙っていたくなかったんだ。だから、名前を変えた。意味も変えた。……アナグラムで」


数日後。新聞部は、特集記事を出した。タイトルは、


《言葉の並べ方ひとつで、夜は“詩”にも“死”にもなる──アナグラムが隠した物語》


記事の最後、逢人はこう書いた。


“言葉を隠すために文字を並べ替えたのなら、

それを見抜くのは、読み手の責任かもしれない。”


[読解のひとこと:by《コトノハ》]

アナグラムは、文字の並べ替えによって意味を隠し、同時に新たな意味を生み出します。

読み手は、表に書かれた言葉だけでなく、“その順序”にも目を向ける必要があります。

言葉はいつでも、踊りだせる。──並べ方ひとつで、全てが変わるのです。

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