第2話
タマキが中学に入ると同時に、私立の学校に進学した丸山健との交際も終わってしまった。別に、交際という交際ではなかったのだが、思えば仲の良すぎる親友のような関係性だった。そこに大人みたいな恋人としての関係は見いだせなかった。純粋な愛情。相手方の一方的な片思いと、それに伴う尊敬した態度。まあ、小学生という幼い年齢では、そこまで強い執着を持てなかったのかもしれない。
朝、タマキは起きると、顔を洗って居間にいき、母におはようと言った。すると、その声が妙に掠れていて、裏返っていて、変なのだ。風邪でも引いたのかな、そう思っていると、母がニコニコしていった。
「まあ、タマキ。あなた声変りね。おめでとう」
母ははしゃいだ様に嬉々として手を叩いた。
「声変りって?」
「大人の男の人になったということよ。変声期といって、思春期になると男の子は声が低くなるの」
「ねえ、この声は治らないの。元のようにはならないの」
タマキは地団太を踏み、怒ったように必死に母にしがみ付いた。
母は困ったように笑って、
「それは難しいわね。元のようにはならないだろうけれど、まあ、いいじゃない。渋い声の方が落ち着いていて男らしいわ」
タマキは目の前が暗くなった。あの川岸の小鳥のように高く澄んだ声がもう永遠に自分のものじゃなくなったなんて。
こんなしゃがれたガサツな男みたいな声嫌だ。こんなんじゃ可愛くない。
中学の制服のブレザーを着て、タマキは首元にネクタイを締める。ネクタイだなんて男ですって言わんばかりだ。これがリボンだったら、どんなにいいだろう。
タマキは、聞いた人が悲しくなるようなため息をついて、哀れっぽく目を伏せる。そして、嫌々ながらに靴を履いて、家を出た。
中学校の教室に入ると、タマキはぷくと頬を膨らまし、かわい子ぶって、自分の席に座る。
「ちょっとさ、タマキ、顎の下で両手を握ってみて」
クラスのおちゃらけた男子に言われ、タマキは言われたとおりにして、
「ん?」
と顔を横に傾げる。
「かわいー」
「ありがとー」
低い声で言うと、相手の男子は噴出した。
「なんだよタマキ。声変りか。やっぱりお前も男だなあ」
それを聞くと、タマキはムッとした。
「そりゃ、僕だって男だから」
そう言って張り合ってみると、悲しみに胸が戦慄く。
男と言われたことに傷ついていた。それほどにタマキは自分の中の男を嫌悪していたのだ。
女の子みたいに可愛くて弱くて華奢で小さくて……
そう。女の子みたいになりたい。
誰かに守られたい。
誰かに愛されたい。
強く、赤ん坊みたいにあやされていたい。
自分が可愛かったら、みんな優しい目で見てくれるでしょ。
タマキは丸山健のことを淡く思い出す。彼は本当に良い子だった。彼がタマキにくれた愛情というのは、どれもキラキラとしたダイヤモンドダストみたいで、美しかった。あの頃の自分は大して本気じゃなかったし、いい加減だったけれど、今また彼と同じような人が現れたら、自分は前とは違う対応をすると思う。そう、もっと誠意をこめて、受け入れて自分からも美しい心を見せて……。
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