第2話 花籠便り

 ――『アザミの円卓一家』はグリステンに古くからあるマフィアだ。


 飲食店や娼館、賭場などの尻持ち用心棒や、冒険者同士のいざこざの調停などを主なシノギとしている。


 もちろん必要悪という言葉で肯定されるような甘っちょろい組織などではない。禁制品の販売や密輸入などにも関わっている純然たる『悪』だ。


 しかし最低限の矜恃はあるようで、麻薬や人身売買などとは一線を引いている、らしいが。


 そういう意味では、任侠と義理に生きる昔ながらの本職たちやくざ屋さんに近いかもしれないが……ひとつだけ大きく異なっている点がある。


 構成員の誰もが堅気の顔を持っているのだ。


 馴染みのパン屋のおっちゃんが、裏では狼藉者を暗殺するヒットマン――そんなことが実際にありえる。 肩で風を切ってわかりやすく力を誇示したりはせず、闇に紛れて暗躍するのが彼らのスタイルらしい。


 ――そしてそのNO3であるカミーユ嬢から、なぜか俺は猛烈に好かれているようなのだ。彼女曰く、『死んだ父に似ている』らしいが……。


 俺はあらためてお嬢を見た。二十歳を少し過ぎた年齢にしては鋭すぎる目つきの、派手な顔立ちの美人だ。すこしぽっちゃりとしてはいたが、抱き心地がよさそうで俺的には……むしろそそる。


 ――マルーが春の日差しのもとで花開いたマーガレットなら、カミーユは砂漠のバラアデニウムだろうか。


「言ってなかったが、俺はこいつと婚約してるんだ」


 俺に肩を引き寄せられたマルーが拳を解くと、カミーユは知っていると言いたげに「ふんっ」と鼻を鳴らした。


「それなら、特別にそこの用心棒を愛人として認めてさしあげてもよくてよ?」


 どこまで本気なのやら。俺は思わず苦笑してカミーユ嬢をたしなめる。


「あんまりうちの用心棒を困らせないでやってくれよ、お嬢」


 少しだけ空気が緩むと、俺はカミーユに聞き返した。


「それで、俺とカミーユがくっついたら、なにが『ちょうどいい』んだ?」


 カミーユは窓の外――中庭のさらに先にある繁華街のほうを眺めながら答えた。


「アザミの円卓一家のテリトリーの外なら、何をしても自由ですわ。よそ者たちの娼館から客を奪おうが、潰そうが……」


 その言葉の意味を咀嚼した俺は目を丸くした。


 俺と縁組みをすることで花迷宮を身内にして、敵対勢力の陣地に撃ちこむ――


「――花迷宮を鉄砲玉にしようってか」


「鉄砲玉だなんてお下品だわ。橋頭保と言っていただけるかしら。……それに、小さくなったとはいえアザミのトゲはまだ鋭い。そう簡単に手を出させはしませんのよ」


 お嬢のような権力者から懇意にされるのはありがたい話だ。結婚するかどうかは別として、良花迷宮の事業拡大のためにもいい関係を結ぶにこしたことはない。


 だが――俺はもう足を洗った身だ。白と黒の境界をさまよう半端者ではあるが、そのラインを大きく越えるつもりはない。


「――この話はなしだ、お嬢」


 ほっと安堵の息を吐くマルーとは反対に、カミーユはついっと丸い顎先を上げてそっぽを向いてしまった。そしてブラウスのフリルを指先でいじりながら、ぼそりと言う。


「しゃくだけど無理強いはしませんわ。私にもプライドというものがありますのよ……」


 俺が肩をすくめると、カミーユはむにっとした太ももに食い込んだニーソックスのフリルを直しつつ続けた。


「花迷宮は現状維持ということですわね?」


 俺は外を見る。春の穏やかな日差しを浴びてまどろむ猫石の耳にひらひらとやってきた蝶が留まった。


 ふと、マルーの丸っこい瞳と目が合う。可愛いやつだなと思う。――けれど……俺の頭の中は酷いありさまだ。


 すぐそこにあるカミーユのでっぷりとした太ももをこじ開けて、そのすまし顔を羞恥に染めてやりたいと思っているのだから。


 穏やかだ。家もある。女もいる。多少の贅沢ができる金もある。……だが、足りない。そんなもんじゃ、俺の渇きは潤せはしない。


 そう、金も女も……こんなんじゃ全然足りねぇんだよ。


「――いや、花迷宮は拡大路線でいく」


 呆れたようにカミーユは眉を寄せる。


「それが出来れば苦労はしませんわ。この町に流入してくる冒険者の数は頭打ちですのよ?」


 俺はぼんやりと考えていたことを口にした。


「――配達だな。花を籠に入れて客まで届ける。もちろん他の娼館とは競合しない客層を狙ってだ」


 この世界の風俗は限定的だ。娼館と、姉ちゃんが酌をしてくれるガールズバーのような酒場、それから個人営業の夜鷹立ちんぼくらいしかない。


 娼館以外の風俗をぶち込めば――大きく儲けることができる可能性があった。


「……娼婦を客のところまで出張させるということかしら」

 

 そのとおり。俺が最初に思いついたのは――いわゆるだ。


「娼館と違って箱代場所代がかからねぇからそのぶん安くできる」


 俺のその一言でカミーユの目の色が変わる。ぐっと、熱を帯びた感じだ。


「……理屈はわかりますわ。けれど、いくつか問題はありますわね。どうやって周知するのか、料金の受け取りはどうするのか、それに連絡方法も」


「お前の言う通り、課題はたくさんある。それを考えるんだよ、いまから俺とお前でな」


 俺が不敵に笑うと、カミーユは「ふふん」と得意げに鼻を鳴らして目を細めた。


「昔から悪知恵だけは働きますのよ、私。きっといい案が思いつきますわ」


「ああ、言わなくても知っている。レースでお前の爺やマルセルがかましてくれた炸裂矢スタングレネードとかな」


 非殺傷兵器だからレース中に使ってもセーフというとんでも理論ではあるが。


 遠回しな皮肉を浴びせると、カミーユは顔に染みついていた影を優しく溶かして、ほんのすこし頬を赤らめた。


「――やっぱりお父さまに似ていますわね……」


 俺たちは問題点を洗い出すと、ひとつずつ解法をひねり出しながら今後の展望について思いを巡らすのだった……。





 キールという言葉を知っているか?


 船の背骨にあたる竜骨のことだが、グリステンにはその名を冠した大通りがある。街を南北に貫く『キール大通り』だ。


 このキール大通りには、ちょっとした特徴があった。朝や昼間にこの通りを歩けば、北へ向かうほどに通行人が少なくなる。その理由は単純で、大通りの南端の先にダンジョン――湖底大虎穴があるからだ。


 だが、この人の流れは日が沈むころになると一気に逆転する。まるで川をさかのぼる魚のように、多くの冒険者たちがキール大通りを北上しはじめる。


 その理由もまた明快。大通りの北側には、町いちばんの宿場町があるのだ。日帰りのダンジョン探索を終えた冒険者や商人たちは、その日の宿を求めてそこへ向かうというわけだった。


 ――『花籠便り』デリを立ち上げてちょうど1カ月。赤と青の月がおぼろに輝く晩春の夜に、俺はその宿場町に足を踏み入れていた。


「……お前が立ちんぼをしようとしていた場所じゃねぇか。なんか懐かしいな」


 なんてことのない路上で立ち止まると、歩く魔法レーダー――じゃなかった、クロエはバツが悪そうに唇を尖らせた。


「なんのことかさっぱりですね。花も恥じらう花迷宮の娼婦の私が、そんな下賤なことをするわけないじゃないですか」


「花をろくに売りもしない娼婦が何言ってやがる。恥じらう前に恥を知れ、恥を」


「人生は旅に似ているといいます。ならば旅の恥は搔き捨て。……ホリィさんも恥を捨て身軽になりましょう!」


「そのクソ論法やめろって」


 俺に斬って捨てられたクロエは、むすっとしながらも数歩遅れでちょこちょことついてくる。だがその不機嫌も、1分もすればきれいに消えている。


 お互いに遠慮のない物言いができるからか、ツレと話してる感覚になるんだよな……。


「……それで、ホリィさんが見に行きたいものってなんなんですか。そろそろ教えてくれてもいいと思うのですが」


「そう焦るな。じきに分かる」


「別に焦ってなんかいません! まるで私が興味深々みたいじゃないですか! ミスリードを誘うのはやめてください!」


 誰のミスリードだよ。俺はつい苦笑いしながらも、はやくこいと顎をしゃくる。


 まだ目的の宿屋までは距離がある。俺は月見もそこそこに、最近の調子を聞いてみた。


魔術学校アカデミーのほうはどうなんだ?」


 クロエが学校に通い始めたのは2か月前で、娼婦としての生活にやっと慣れてきたというタイミングでのことだ。毎日へとへとになって帰ってくるものだから、いままであえて聞かないようにしていた。


「……別に。でも、悪くないかもしれません。みんな優しくしてくれるので」


「そうか。友達とかはできたか?」


「一応は。友達というか――取り巻きっぽい感じですけど」


「マノンから聞いたぞ。入学して初めての実地テストでいきなり1位を獲得したらしいな?」


 クロエはつまらなそうに湿っぽい吐息を吐き出した。


「おしゃべりな妹です……」


 婆さんが言うには、魔術学校はかび臭い権威主義にどっぷりと毒されているらしい。主席になったクロエと仲良くしておけば自分の地位も安泰――そう考えるやつらが多いのだろう。


 俺はもう二度と会うことはない友人たちのことを懐かしみながら言った。


「人を見定めるときはな、そいつが『何を言ったか』よりも『何をしたか』で考えろよ。口では何とでも言えるが、行動はそうもいかないからな」


 珍しく真剣な表情で耳を傾けていたクロエは、何かを思い出すように2回ほどうなずき――ぽろっとこぼした。


「――ホリィさんのような人間なら信じてもいいってことですね」


「あん? なんか俺の悪口言っただろ」


 よく聞こえなかったがそうに違いない。俺がげんこつに息を吐きかけると、クロエはチェシャ猫っぽくにやりと笑って俺の背中にパンチする。


「――でゅくし!」


 もちろんふざけあい程度のパンチだ。意味不明なのはいつものことだが、どこか甘いそれは普段とは毛色が違う。


「お、おい……なんだ? どうした?」


「行動を見ろって言ったばっかじゃないですか。これが私の気持ちです」


 よくわからないが――まぁ、嫌われてはないということか。そう解釈したころ、目的の宿屋が見えてきた。


 スタンダードな石造りの2階建てで、無垢材の看板には『北の離れ』ラ・ルトレット・デュ・ノールとあった。「この町の中級店といえばここ!」と誰もが口をそろえて言う有名店で、この町で一番の老舗でもある。


 玄関先の魔法のランプは今日も満室御礼の淡いオレンジ色だ。『花籠便り』の様子を視察するにはちょうどいいだろう。


「お邪魔するぞ」


 からんころんとドアベルを鳴らしつつ品の良いロビーに入ると、見覚えのある従業員の男がカウンターから飛び出してくる。


「ホリィさま……!? 少々お待ちを! すぐにオーナーをお呼びいたします!」


「あ、待て! そうじゃない。ちょっとそのへんで休まさせてくれないか。1時間ほどだ。じゃまはしない」


 従業員は俺とクロエを交互にみると、すぐに笑顔でうなずいた。


「かしこまりました。ではお茶をお持ちしますので、こちらにどうぞ」


 俺たちが案内されたのは、カウンターが良く見える位置にあるソファセットだ。


「ではごゆっくりと……」


 従業員が深々と一礼して去っていくと、俺はローテーブルの上に置いてあったチラシをクロエに見せる。


「ほら、これだ。読んでみろ」


「――へぁ!?」


 不意打ちを食らったかのように奇妙な声を出したクロエは、ぷるぷると震える手でチラシを受け取り、ためらいがちに口を開いた。


「『……い、イヤラシイひとですね。ローションで潤した……カ、カレンは、ジョンのア〇ルを――』」


 誰が官能小説を読めと言った。しかも男の尻穴責めとかマニアックすぎだろ。


 慌ててチラシを奪い取って読み上げる。


「『癒しのひとときを。麗しのローズから可憐なジャスミンまで、あなたに『花』を取り揃えています。受付はロビーのカウンターまで』だ」


 俺はため息をついて、やれやれと首を振った。


「字くらい読めるようになれって言っただろ。ちゃんと勉強してるのか?」


 クロエはいまにもハンカチを噛みしめそうな顔でまくし立てる。


「字より空気を読むべきです! ホリィさんがおまんま食べられるのは、誰のおかげですか!?」


「モラハラ男みたいなこと言うんじゃねぇよ。それに稼いでるのはお前の妹だ」


 軽い気持ちで言ったのだが、クロエの目じりに大粒が浮かんでしまう。


「――も、もう、も~~っ……!! ホリィさんの馬鹿ぁ~~!」


 さすがにマノンのことを引き合いにだすのはやりすぎか……。


 少しばかり反省しつつ、俺は罪滅ぼしにと申し出た。


「……俺が教えてやろうか?」


「え……?」


「字、読めるようになりたいだろ」


「ほ、ほんとですか……!?」


 ――らしくない素直な食いつきだな。そんなに気にしてたのか……。


「ああ、空いてる時間にな」


「わ、わかりました。頑張ります……!」


 そう小さな約束を交わしたとき、階段を降りてきた客がカウンターの前に立った。


「――あの、これ」


 男の手には俺の手元にあるものと同じチラシがある。それを見た従業員は営業スマイルを控えめにして淡々と確認した。


「『花籠便り』のご利用ですね。A級、B級、C級とありますがどの花にいたしましょう?」


 ――C級は『まぁ安く抱けるならいいか』というレベルで、B級は『地元で評判の看板娘』といったところ。A級はというと、花迷宮クラスの中級娼館にいてもおかしくないレベルの花だ。


 若い客の男は気まずそうにはにかんで答える。


「えっと……せっかくなんでA級で……」


「A級ですね。先払いで銀貨7枚となっております」


 同じグレードの女を娼館で買おうものなら銀貨10枚はする。かなりお得といえるだろう。男はすこし驚いたような顔で、そそくさと銀貨を出す。


 そんな男を眺めていたクロエが不思議そうにつぶやいた。


「あんな人が……。意外です」


 花籠便りを申し込んだ男は、地味だが仕立てのよい服を着ていて、役人か大商会の関係者かといった雰囲気だ。クロエの言う通り、女を買いそうなタイプには見えない。


「だからこそだ。娼館に行くのが恥ずかしかったり、人目を気にしたりするタイプの男に花籠便りは“刺さる”からな」


「そういうことですか。――やはりどんな男であれ、男の3大テーゼからは逃れられないのですね」


 なにやらよくわからないことを口走るクロエ。俺は嫌な予感がしつつも、好奇心に負けてたずねてみる。


「なんだよ、その男の3大テーゼって」


 よくぞ聞いてくれましたと言いたげに緑の隻眼を輝かせ、指を3本立てるクロエ。


「やりてーぜ、ハメてーぜ、出してーぜ、です」


「いや……うん、さすがにそれは……間違って……ないのか!?」


 果たしてそれは偏見か真理か。またもや俺の脳がバグを起こしかけたとき、従業員の男が小さな籠を取り出した。


「ネ、ネズミ……?」


 クロエの言う通り、その籠の中には白いネズミが一匹入っている。


「アルとカネルの子供……いや、孫か。 俺の紋章術で知能を強化した『伝書ネズミ』だ」


 従業員の男が小さなリュックに伝票を入れると、伝書ネズミはそれを確かめるようにくるりと一回転して、窓の隙間から外へと飛び出していった。


 その様子を見ていたクロエが、見てはいけないものを見たような顔でたずねてくる。


「あ、あのネズミはどちらまで……?」


「もちろん花迷宮までだ。待機中の花のなかから、指名されたグレードの『花』がすぐにここに配達されるって寸法になっている」


「最近、町のあちこちから変な魔力を感じていたのですが、まさかそれがネズミだなんて。……ホリィさんの『紋章術』って、一体どういう原理なんですか……?」


「さぁな……。魔法よりスキルに近いみたいだが」


 魔法を学ぶものとしては常識はずれの紋章術に納得がいかないのだろう。しばらくクロエは憮然としていたが、やがてしかたなさそうにくすっと笑った。


「ホリィさんが私に見せたいものってこれだったんですね」


 ――ああ、試験運用中の『花籠便り』の視察のついでにな。


 普段の俺ならそう言うところだが、今日は不思議と素直になりたい気分だった。


「いや、実は、それはただの口実だ。……最近、お互いに忙しくて、こうやって話す機会もなかっただろ」


 てっきり罵詈雑言が返ってくるかと思いきや、クロエはどこかで見たことのある顔でぼそりと言った。


「――そういうので、私が喜ぶとでも?」


 冷めた反応に、思わず身を固くした直後だった。


「私、いま――超仏頂面ですよ」


 ……あ? なに言ってんだこいつ。


 俺が怪訝そうな顔をすると、クロエはまたもやよくわからないことを言う。


「――することした後に『こんな仕事してたら駄目だよ』って説教されたときくらい真顔です。顔面の神経が死んでいます」


 お、おう。それはご愁傷さまだが……。


「仏頂面だの真顔だの、お前はさっきから何を――」


 ふと、記憶の引き出しから、ずっと前にクロエが言った言葉がころりと出てくる。


 ――本当にうれしい瞬間は笑顔じゃなくて真顔です。


 ……ふん、そういうことか。


 俺はにやつきそうになる口元を隠すようにうつむくと、ポケットの中に手を入れて――ぶっきらぼうに言った。


「そんな顔でいられちゃ気分が悪い。酒でも飲んでほぐすか。――奢ってやるよ、悪友」

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