其の十、「きっと来世も外科医」


「うわっ、見てみいや。この肝臓、めちゃくちゃスタイルえいがやか」


「静かに」


「えらい綺麗な色しちゅうね、今ひとりかえ?ちくとワシと、真っ赤っかな夜、過ごしてみんかよ」


「先生、手術中に臓器口説かないでください。それに肝臓は一つしかないに決まってんでしょ」


今からおよそ三百年前の人間界。

吸血鬼である、ヤキの生前について語ろう。


「お疲れさまやっちゃ。あの人の臓器、綺麗やったのう」

「完全にあなたふざけてましたよね。まあでも、やっぱり今日も成功させちゃうんだから」


ヤキは、腕の立つ外科医だった。


『この人に任せておけば絶対大丈夫』

患者は皆、口を揃えてそう言っている。

特に、皆が最も彼を評価した点は、心のケアのほうだった。



Q 先生のすごいところは?


A 

「腕っぷしはもちろん、あいつの右に立つ人間はいねえ。それに、先生は人が良いんだ。毎日なあ、忙しい中、時間見つけて俺たちにオチのねえ話をしに来るんだ」


Q どんな話を?


A 

「中身のねえ話だ。蜘蛛かと思ったらイチゴのヘタだったとか、宝くじ買ったから一緒に削らねえか、とか。後先短い俺ら老いぼれからしたら、生意気な孫みてえで可愛いんだ。たまに馬鹿みてえなヘマして、看護婦さんに喝入れられてんのさ。その様子も、完璧すぎない男って感じで、その辺の医者より断然話しやすい」


この通り。どの患者も、誰も彼を否定するような言葉は発しなかった。



「やっほー!見てみいや、セミの抜け殻落ちちょったがで!!」


「このページ袋とじやんか!ははーん、こんなもん隠し持っちょったとはのう。やるのお、旦那」


「誕生日おめでとうのう!今日は庭で、ちくと一杯やらんかえ?」


あの外科医は、とことん間抜けなへっぽこ野郎。されど、その腑抜けた性格が患者を笑顔にさせ、それでいて、その技術が本物であることを、患者は知っていた。



だがしかし、

彼の好調も、そう長くは続かない。


ヤキが一気に落ちたのは、いや、落とされたのは、それはもう一瞬の出来事だったんだ。



「目の前に百万落ちちゅう思うて歩いてみいや!」

「無茶言うなあ」

「いけるき!旦那やったら、あの百万取れるがよ!わしは信じゅうきね!」


ヤキは患者のリハビリに少し立ち寄っていた。自分が手術した患者の様子が気になるのはどこの医者もそうだろう。リハビリを積み、一週間もしないうちに自主歩行が可能になるだろうと、看護師も医者も、そう思っていた矢先の出来事だった。

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