第5話 選択の箱
「鍵……か」
話の半分以上は意味が分からなかった。
それでも気になることが一つある。
――これから、俺はどうなるのか。
その疑問を待っていたかのように、空気がわずかに震えた。
ふと視線を戻すと、テーブルの上に見慣れない箱が置かれていた。
気配も音もなかった。けれど、それは確かに「そこにある」。
思わず眉を寄せる。
片手で持てるほどの大きさ。
木目のような模様が浮かんでいるが、金属のような冷たさが視覚越しにも伝わってくるようだった。
縁に留め具や鍵穴はない。
中央に小さな円形のくぼみがひとつだけある。
「これは……?」
「君のための箱だ。開けることで旅が始まり、開けなければ元の世界に戻って、君の人生が続いていく」
「……俺が決める、ということですね」
「そう。これは君の選択だ。どちらを選んでも正解ということはない。どちらにも意味があり、どちらもひとつの人生として成立する」
しばらく箱を見つめた。
「選ぶのは、今ですか」
「うん。この箱を前にした瞬間だけが、人生で一度だけの“分かれ道”だ。次はないよ」
俺は箱に手を伸ばしかけて、ふと――
指先が止まった。
見たことがある気がした。
いや、そうじゃない。
違う、けれど似ている。
そんな気づきかけてまた消えるような、微細な違和感。
……デジャブ。
そっと手を引いた。
メモリは何も言わなかった。表情も読めない。
「……正直、情報が少なすぎて選べません。旅の内容も、戻ったあともわからなければ、どちらが良いのか判断できない」
「もっと判断材料がほしいと?」
「……はい」
「でもね、全てを知るまで迷いは消えないよ。たとえ全てを知っていても迷うかもしれない。迷うことそのものが選択だから。
それに――さっきも言ったけど、答えが分かってから旅するなんてつまらないじゃないか」
「じゃあ、答えを知った上で“面白く”旅する方法はないんですか」
その問いにメモリは楽しそうに笑った。
「あるよ。しかも、その質問をした君には特別にそれを用意しよう」
そう言って、懐から白い紙とペンを取り出す。
「ただその前に、君が“今”どちらを選ぶかここに書いてほしい。君の心がどちらを向いているか確認するだけだよ。私には見せなくていい」
「……いや、まだ選べないって言ったばかりです」
「難しく考えなくていい。直感で選べばいいんだ。
そしてその選択は――決して間違いじゃない。その理由はこのあと分かる」
俺は紙とペンを受け取る。
どうしても釈然とはしない。
けれど、手が自然と動いていた。
何も考えずには書けなかったが、ある感覚に従って、俺は一言書き記した。
「ワクワクって素晴らしいよね」
メモリが共感するように呟く。
そう、好奇心と心が湧き立つようなこの感覚。
それが俺を動かすものなんだと今は思う。
紙を折りたたみ、メモリに手渡す。
彼はそれを丁寧に受け取る。
心なしか微笑んでいるような気がする。
「ありがとう。では、君に特別なものを見せよう」
わずかに間をおいて彼は続ける。
「――それは、君の未来だ」
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ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
メモリ
「この箱の選択は、読み手の君にも開かれている。次の物語を“観測”したいと思ったなら、★とフォローで旅の続きを共に歩もう」
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