第三章 カフェオレと二人の物語
第17話 ミルクコーヒーとブラックコーヒー
「うん・・・」
カーテンの隙間から朝日が差し込む。
「朝,か・・・」
身体を起こすと隣には,産まれたままの姿のまどかさんがスヤスヤと寝息を立てていた。
僕も同じだけど・・・。
「・・・っ!」
起き抜けなのに,自分の胸に情欲の灯がともるのを感じて,慌てて目をそらした。
ベッドの下に散乱している二人の衣服から,自分の物を選別して急いで身に付けた。
「・・・すう」
まどかさんはまだ目を覚まさないようだ。
ホテルの部屋は空調が効いているが,風邪を引かないようにシーツをかけ直してあげる。
ホテルに備え付けの湯沸かし器に,水を入れたステンレスのポットをセットする。
サーバーはここに来るまでの途中の街の雑貨屋で手に入れた。
フィルターとコーヒー豆はスーパーで買った。
自分でブレンドした物よりは雑味はあるけど,細引きのが手に入るのは有り難い。
「豆,買い足さなきゃな・・・」
できればミルも欲しかったが,サーバーだけでもかさばるので諦めた。
しばらくすると,お湯が沸騰してので,ドリッパーにセットした豆の上から,回すように湯を注ぐ。
部屋中に,コーヒーの香りが充満する。
「う,うん・・・」
まどかさんは,その香りにつられて目を覚ましたようだ。
「おはよう,まどかさん」
「おはようございます・・・」
まだ寝ぼけてるのか,そのまま起き上がる。
身体を包んでいたシーツがずり落ちた。
「・・・」
「・・・はっ!?」
僕のなんとも言えないような顔を見て,自分の状態が分かったようだ。
慌ててシーツを身体にまとわせた。
「・・・夜は平気なのに,朝はまだ恥ずかしいです」
「・・・僕は夜でも恥ずかしいよ」
二人で旅を始めてから一週間が過ぎた。
最初はお互い自制していたが,ここ数日はそれも効かなくなっていた。
「・・・私,自分がこんなにエッチな子だなんて思いませんでした」
「・・・っ!」
飲み物を飲んでいたら吹き出していただろう。
「・・・僕もだよ」
「聡二君,あまりこういうこと,興味なさそうでしたもんね」
「そう見えた?」
「はい。私とか真里花って,その・・・」
「ああ,そうだね」
「男性からはそういう目で見られること,多かったもんですから」
「そういうの分かるんだ?」
「女の子は,そういう視線に敏感なものですよ?」
「僕は違った?」
「そう,ですね・・・。少なくとも私には」
「そうだったかな・・・?」
「自分に魅力がないのかって,ガッカリしてました」
「・・・」
「聡二君?」
「・・・僕だって,意識しないように努力してたんだよ?」
「そうだったんですか?じゃあ,その分も取り返さないとですね。何なら今からでも?」
「まどかさんっ!?」
「冗談です。そんなことしてたら,チェックアウトに間に合いませんもんね」
「・・・はあ,心臓に悪い」
「じゃあ服を着ますから,向こう向いててくれますか?」
「・・・うん。コーヒー入れてる」
「ミルクたっぷりでお願いします!」
「温くなっちゃうよ?」
「いいんです!」
「かしこまりました・・・」
僕はテーブルの下にある,備え付けの冷蔵庫から牛乳を出した。
カフェオレを作るなら牛乳も温めたいところだが,備え付けのポットではそんなことはできない。
じゃあ別の食器でとも思うが,洗い物が増えるし,そもそもホテルの洗面所では洗えない。
なのでしばらくはミルク多めのコーヒーで我慢してもらっていた。
「・・・着替え終わりました」
「こっちも丁度用意できたよ」
ビジネスホテルの部屋は狭い。
一応ツインの部屋を取っているが,テーブルも椅子も一つしかない。
僕はベッドサイドに座るまどかさんに,100均で買った耐熱の紙コップに入れたミルクコーヒーを手渡した。
「いただきます・・・」
ミルクをたっぷり入れたので,熱くはないはずだが,まどかさんは一口一口味わうように,ゆっくりと飲んだ。
「これからどうします?」
「そうだね。定石から考えると北へ向かうのがいいんだろうけど・・・」
僕はブラックコーヒーを飲みながら答える。
あまり美味しくない。
「何時見つかってもおかしくないですからね・・・」
まどかさんは不安そうに言った。
昨日,桜家の家令である島崎さんという方と接触を図った。
追加の資金は,最初に持たされたより10倍。
大金だ。
しかも,どうやって作ったか分からない,まどかさん名義のグレジットカードまで持たされた。
必要ならば,いくらでも用立てるとも言ってくれた。
しかし,それでいいのだろうか?
いくら桜さんがお金持ちとはいえ,ここまでしてもらっていいのだろうか?
だが,今は甘えるより他はない。
それよりも,考えなければいけないことがある。
楢崎家と桜家が,僕達の捜索を始めたということだ。
「これからは,警察にも追われる身というわけですね・・・」
「そうだね。捜索願いを出されてしまったらからなあ」
「どうしますか?本当に」
「うん,一応出歩くときは,変装はした方がいいだろうね」
そういう小物も,島崎さんが用意してくれた。
「・・・それだけで,逃げ切れるでしょうか?」
「無理だろう。笹宮本家はどうかは知らないけど,楢崎は,あの女なら警察にだって手を回すだろうしね」
「・・・なんで,なんで好きな人と結ばれたいだけなのに,なんで犯罪者みたいに追われなきゃならないの!?」
まどかさんが慟哭の涙を流す。
僕は優しく彼女を抱きしめた。
「まどかさん,ゴメンね」
「・・・聡二君は悪くないっ!うちの家だっておかしいもの!今時,家柄が,跡継ぎが,なんて時代錯誤もいいところだわっ!」
「それは・・・」
「聡二君は,お祖父様の遺産を継いだだけでしょ?ちゃんと遺言状の通りに!法律ではなんの問題もないわっ!」
「そうだね・・・」
問題はない。
確かにそうだが,桜さんや島崎さんが予想している通り,成人した途端に命を狙われる。
もし,その前にまどかさんと結ばれて子どもができても,今度はその子に危害が及ぶ可能性はある。
もちろんまどかさんにも。
あの女は狡猾だ。
父を言葉巧みに操って,韮川温泉グループの全てを手に入れた。
きっと母が身投げするように,なにか手を打ったに違いないと,最近は考えるようになった。
あの女から,まどかさんを守るにはどうすればいい?
「・・・聡二君?」
「え?・・・あ,何?」
「何を考えてるの?」
「ああ,これからのことだよ」
「本当?」
「本当さ」
多分。
「・・・真里花が,島崎さんが言ってた児相の相談員さんが,見つかれば,本当にどうにかなるのかな?」
「畑前さんか。正義感が強くて熱心な方だったから,彼からの証言がとれれば,交渉のカードとしては大きいものだろうね・・・」
「本当に,真里花はやるつもりなのかしら・・・」
「期待はできないけど,可能性はゼロじゃない」
「うん・・・」
どうすればいい?
「・・・まどかさん。一つ考えがある」
「なに?」
「このまま逃避行を続けていてもジリ貧でしょ?」
「うん」
「だから,どこかに潜伏しよう」
「潜伏?どこに?」
「・・・僕には頼れる大人はあまりいない」
「宗宮先生やカフェのマスターさんに頼むの?」
「いや,あの街に戻ると,君が危ない」
「・・・うん」
桜家でも匿いきれないだろう。
「僕が頼れる大人はあと1人,いや2人かな?かなり迷惑掛けるけど,お願いすればなんとかしてくれそうな気がする」
「誰なの?」
そう,頼れるのは彼らしか残っていない。
「韮川の街に行こう」
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