第15話 ミルクティとブラックコーヒー

 カタンコトン。

 電車が揺れる。

 カタンコトン。

 窓の外の風景が流れていく。

 カタンコトン。

 窓際には駅の売店で買った缶のミルクティとブラックコーヒー。

 カタンコトン。

 隣で彼女は眠っている。

 カタンコトン。

 手を繋いだまま,お互いに離さぬよう祈りを込めて。


『まずはどこに向かうの?』

 家を出るとき彼女が聞いた。

 僕はしばし考えて言った。

『・・・行きたいところがあるんだ』


「まどかさん,もうすぐ着くよ」

 車内のアナウンスが次の駅を告げたので,彼女を起こす。

「う,ん・・・。もう着くの?」

「うん。目的地はまだ先だけど,泊まるところを探すなら,次の駅で降りなくちゃ」

「うん,分かった・・・」

 立ち上がって網棚から荷物を降ろし,ドアの前に移動する。

 もう一度,しっかり手を握る。

 電車はゆっくりと駅のホームに到着し,ドアが開いた。

「行こう」

「うんっ!」


 そこは片田舎の小さな街だった。

 駅前のアーケード商店街はほとんどがシャッターを下ろしており,人通りも少ない。

「あっちの方にビジネスホテルがあるはず」

「そうなの?満室じゃなきゃいいんだけど」

「ここにはネットカフェもないからなあ・・・」

「ネットカフェでお泊まりって,すごい興味があるけど・・・」

「けど?」

「エッチなことできないものね?」


「・・・」

「・・・」

「まどかさん,自分で言って真っ赤になるなら言わなければ良かったんじゃ・・・」

「もうっ,聡二君の意地悪っ!」

「ははは,とにかく行こう。多分ホテルは空いてるよ」

「うん・・・」

 二人で手を繋ぎながらアーケード街を歩いて行った。




「ふう・・・。落ち着いた」

「うん」

 飛び込みだったけど,意外とあっさり部屋は取れた。

 現金前払いが功を奏したらしい。

 一応偽名で,年齢も偽った。

 身分証の提示を求められなかったのも幸いだった。

「とりあえず,ここでは2泊しよう。あとで桜さんに連絡しないと」

「そうね・・・」

「これからも,すんなり宿が取れるといいんだけど・・・」

「難しいの?」

「一応,僕達未成年だからね。バレてたのかバレてなかったのか分かんないけど,この先もこう上手くいくとは思いがたい」

「じゃあ,どうするの?」

「あ・・・」

「何?」

「ラ,ラブホテルとか?無人受付って聞いたことあるなあ・・・なんて」

「ラっ!・・・私はそれでも構わないです。聡二君がお望みなら」

「まどかさん,大人ぶるなら顔も表情作んないと」

「もうっ!今日の聡二君は意地悪ばっかりっ」

「はいはい,とりあえず夕食に出よう。ここは朝食しかサービスないからね」

「うんっ!」




「・・・飲み屋さん,ばっかりだね」

 寂れた街には,いかにも場末のスナックという店構えの店舗が多い。

 あてゃチェーン大衆居酒屋ばかりだ。

 コンビニは1軒だけ見つけた。

 どうしようもなければコンビニ弁当だな。

「ラーメン屋とかないかな?」

「聡二君,あそこ!」

 まどかさんが何やら見つけて指差す。

「大衆食堂,だね。結構古いな」

「こういう所,意外と美味しいらしいかも?」

「・・・それ,どこ知識?」

「ドラマ!」

「そう・・・」


 まどかさんに引っ張られるようにして入ったその店は,まあまあの味だった。




「お腹いっぱい!・・・でも,昨日の聡二君のご飯のほうが美味しかったな・・・」

「それはどうも」

「聡二君,いい匂いがします・・・」

「コーヒー入れてるからね」

「それってドリッパー?」

「うん,用具はかさばらないし,豆も家から挽いたものを持ってきた」

「すっごーい!」

「電気ポットが使えるは有り難い」

「うんうん!」

「けど,コンビニで買った牛乳は温められないから,あんまり美味しくないかも」

「大丈夫。きっと美味しい!」

「あはは・・・。さ,かなりぬるめだけど,どうぞ?」

「ありがとう!」

 彼女はいつもより多めの一口を飲む。

「美味しい!」

「そう?ドリッパーで煎れるんなら,もう少し細かく挽いた方が美味しいんだけど。それに牛乳も冷たくて・・・」

「十分美味しいです!最近砂糖無しのカフェオレばっかり飲んでたので,昼間電車で飲んだ缶のミルクティが甘すぎて・・・」

「カフェオレもミルクティも,缶では無糖ってあまりないからね」

 彼女は一気に飲み干した。

「?」


「さっ!シャワー浴びたら・・・します?」

「・・・っ!」

 上目遣いはやめて欲しい。


「今日はしません。長旅で疲れたろうから,ゆっくり寝ないと」

「・・・むう」

「そんな顔してもダメ」

「わかりました。・・・一緒に寝るのはいいですよね?」

「ツインなのに?」

「ツインでも,です」

「分かったよ。それぐらいなら譲歩します」

「やたっ!」

 情欲に身を任せすぎたら,お互いダメになりそうだし。

「我慢しなくていいですからね?」

「・・・善処します」




 その夜は宣言通りぐっすり眠った。

 彼女の方が先に寝息を立てていたけど。

 彼女の身体はとても温かだった。


 もう,悪い夢を見ることは,ないだろう。

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