閑話 笹宮まどかの初恋~その1~

 私の家は旧家と呼ばれる家柄でした。

 父は実業家としても成功していたので,経済的にも豊かでした。

 一人娘だったので,将来は婿をもらって家を継ぐ,そんな風に周りから言われていたし,納得もしていました。

 物心ついたときから,茶道や華道など,いろいろな習い事をさせられました。

 習い事自体はいろいろ勉強になり面白かったので,別に嫌々というわけではありませんでした。

 亡くなった祖母はイギリス人で,金髪碧眼の美しい人でした。

 そんな祖母譲りの金の髪と白い肌。

 一見外国人と間違われそうな容姿は,むしろ自慢です。


 小中一貫校の女子校では,遠縁の真里花,桜真里花と一緒に通えたので,困ったことは何もありませんでした。

 名前もよく似ているので,すぐに仲良くなれました。

 小さい頃から長い黒髪が素敵な子でした。

 まるで日本人形のよう。

 彼女は家のことも,家業のことも全部背負っていても堂々としていて,ものすごくく憧れました。

 そんな彼女も小3の時に弟が生まれ,重責から解放されました。

 『良かったね』と,その時彼女には言いましたが,別の気持ちが生まれました。

 羨ましい。

 彼女のようになりたいといつも思っていました。

 でも,私にはそれができないと諦めていました。


 中学を卒業して,真里花と一緒に黄梅学園高等に進学しました。

 ずっと勉強は頑張っていたので首席合格でした。

 内部進学なので,そんなに頑張らなくても良かったんですが。

 ただ,嬉しいとは全く思わなかったのは,なぜだか分かりませんでした。

 黄梅学園は高等部から共学だったので初めての男子との学校生活にすごく緊張しまた。

 普段は真里花が守ってくれたけど,いろんな男子から告白されるのには,ちょっと面倒でした。

 まだ入学して1ヶ月も経ってないのに,彼らはなんで私を好きになるんだろうと不思議でしようがありませんでした。

 人を好きになるということもよく分かりませんし。

 入学してすぐ友達になった君島仁美ちゃんに,その彼氏の大川拓也君を紹介されました。

 二人は幼馴染みで,小さい頃からいつも一緒だったそうです。

 中学生になって,お互いの恋愛感情に気が付いて,どちらかと言うこともなく付き合い始めたのだと教えてくれました。

 羨ましい。

 私もそんな恋愛をしてみたいと思いました。

 でも。

 それは願ってはいけないことだと自分を納得させました。


 そんなある日。GWの最終日に両親に話があると言われました。

 そこで父から語られた内容は,いつか言われるだろうと思ってはいたこと。

 でも,実際に言われると私の心を打ち砕きっました。

 高校卒業後の進学先。

 いずれ良い縁談を結び,家を継ぐこと。

 喜々として語る父の隣で,母が申し訳なさそうな顔をしていたのが,せめてもの救いでした

 私,まだ高校に入学して1ヶ月なのに?

 初恋もまだなのに?

 その思いは翌朝を迎えても拭い切れませんでした。


 翌日。

 いつも通り学校に登校した私は,いつも通り明るく過ごしました。

 いつも通りに。

 真里花は私の様子に気付いたのか心配してくれたようでした。

 けれど,今や自由な彼女には理解できないと思い込んで,何も話せませんでした。

 友達がみんな部活や帰宅して教室からいなくなった後。

 がらんどうの教室で一人になりました。

 自分の席に座って,ただ宙を見つめていました。

 目頭が熱くなり,頬を何かが伝います。

 泣いている。

 自分が泣いていることが分りました。

 泣かなくていいのに。

 これが私の定められた人生なのに。

 そう思えば思うほど,涙が溢れました。


 私という存在は何なのだろう?


 分かりません。

 誰も教えてくれません。

 両親の期待に応えるため勉強を頑張りました。

 高等部にも首席で入学しました。

 習い事も休まず頑張りました。

 上流社会でもやっていけるぐらいの教養を身に付けられたと思います。

 自分磨きも頑張りました。

 髪やお肌の手入れも欠かさず,化粧も覚えました。

 体型も太りすぎないよう,間食も我慢して理想的な容姿を心がけました。

 中学生の頃から胸も大きくなり,肩が凝ることもしばしばだったけど,下着選びに気を付けるように気を付けました。


 私という存在は何なのだろう?


 答えが分かりません。

 誰か教えて下さい。

 父にとっては,いえ,笹宮家にとっては跡継ぎを産むための母体に過ぎないのではと,そんな考えがよぎります。

 人工子宮,と言えば言い過ぎかもしれませんが,似たようなものだと思わざるを得ません。


 私という存在は何なのだろう?


 涙が溢れて止まらなくなっていました。


 どれくらい泣いていたのか分かりません。

 気が付けば窓の外は夕焼けでした。

 綺麗だとは思えませんでした。

 ふと,誰かに見られているような気がしました。

「誰?」

 そう言って振り返ると,気まずそうな表情をしている男の子が立っています。

 確か,楢崎君。


 それが,楢木聡二君と私の出逢いの始まりの物語。

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