第2話 声優として、妹として
冴島が我が家に来て一週間が経った。
ある程度一緒に過ごし、冴島も勝手がなんとなくわかってきた様子。
時間が経つにつれ、凛も落ち着くかと思いきや……、
「えへへ〜、桃華さんはいつでも可愛いなあ〜」
そんなことはなかった。
いや、寧ろデレるようになったから、余計に夢中になってるなこれ。
冴島のやつ、ずるい。
俺がそんな嫉妬を抱いた対象の冴島はというと、
「ありがと〜。凛ちゃんも可愛いよ〜」
こいつも凛にデレデレだった。
くそ、凛が可愛いのは当たり前だが、あいつばっかり凛に構ってもらってずるい。
俺は幼稚さ全開の嫉妬を抱き、キッチンから冴島を睨む。
二人が戯れ合う中、俺は一人で夕食の準備をしていた。
「誠くん、ごめんね。ご飯の準備任せっきりで……」
「気にするな、お前はそこに座ってろ。あと凛に軽々しく触れるな」
「私から桃華さんに触れてるから良いんです〜」
睨み付ける俺に気付き申し訳なさそうにする冴島を制止し、俺は準備を続ける。
正直人手は欲しいが、この前冴島をキッチンに立たせたら、奴は混沌を作り上げた。
料理は出来る、と冴島が俺に強がったせいで、その日の夕食はカップラーメンになった。
仕方なくカップ麺という選択を取ったが、正直な話、凛に不健康なものを食べさせる事態になったので、俺は内心少し怒っていた。
とりあえず、そのような経験から、夕食は変わらず俺と凛が作ることに決まった。
ただ、凛が冴島に夢中で、俺が作ることになるのが多く、今日がまさにそれだ。
まあ、凛の幸せそうな顔を見れるから、冴島のことは許そう。
そんなことを考えていると、いつの間にかある程度の調理が終わったので、皿に料理を盛り付けながら俺は二人の会話に耳を傾ける。
「は〜、桃華さんは可愛い上に声もいいんだもんなあ。まさに無敵って感じ」
「そんなことないよ〜。でも、褒めてくれるのは純粋に嬉しい」
冴島に笑顔を向けられ、凛が照れくさそうにする。
凛、お兄ちゃん以外にそんな顔見せるのか……悲しい……。
どうやら二人の話題は冴島についてのようだ。
確かに、凛のことばかり考えていたが、冴島は人気声優だ。
あいつには、数々の人を魅了するほどの素晴らしい才能があるということだ。
でも、こうやって近くで見てるとそんなオーラは感じない。
俺は冴島の出演する作品を知らないので、あいつの演技の迫力や魅力はわからない。
でも、なんかそれって失礼かもな……。今度凛に教えてもらって見てみようかな。
俺が少し冴島の出演作品に興味を抱き始めていると、
「桃華さんは、演じる時とかに気をつけてることとかあるんですか?」
凛が冴島に質問をした。
質問の内容的に、冴島が答えるか不安に思ったが、俺の不安は杞憂だったのか、冴島が答え始める。
「そうだなあ……演じるキャラがそのシーンで思ったことを知ったら、私はすぐに演じたい。だから、台本は収録前にしか読まないし、それ以外では絶対見ないようにしてる。もちろん、ある程度のキャラの設定とかあらすじは説明されるから、そこは仕方ないけどね」
「なるほど……! より演技に深みが増します……!」
凛が目を輝かせ、冴島を見つめる。
俺は冴島の回答を聞き、内容に驚いた。
普通、あらすじや台本を熟読し、その過程で演技の仕方が浮かぶものだと思っていたので、瞬間抱いた感情で演じるというのは、非常に興味深い。
俺はもう少し聞きたくなり、
「それって、詰まったり、浮かばなかったりした時大変じゃないか?」
と、一般的な疑問を投げかけた。
俺からの問いかけに、冴島は少し考える様子を見せ、まとまったのか、語り始める。
「私は、その『間』や感情が浮かばないのも、演じるための大事な要素だと思います。私が答えに詰まったら、きっとそのキャラも私みたいに『なんとも言えない感情』を抱いたと思うんです。それって、演技に活かせるじゃないですか。感情的でも理性的でもない、『なんとも言えない感情』を抱いてる演技に」
語り終え、凛が拍手を送り、照れくさそうに冴島が笑う。
俺はその内容に感銘を受けた。
心を大きく動かすのが、演技の醍醐味だと思っていた。
重要なシーンでカタルシスを感じさせるためだったり、些細なことにも大きな意味を見出すためだと。
でも、冴島は演じる側だからこそ、もっと深い、キャラの『感情』という面に目を向けた。
些細なことだからこそ得られるもの、重要なシーンだからこそ始めに抱いた、刹那の感情。
その重要性を理解して、そして演技に用いる。
俺は冴島の演技を見ずとも、多くが彼女の演技に惹かれる理由の一端を理解できた気がした。
感銘を受けていたところで、手元で無意識に行っていた料理の盛り付けが終了に近づく。
俺は冴島を呼び、食事で用いるテーブルに料理を持って行かせる。
その様子を見て、凛がこちらに向かってくる。
俺たちは食卓の準備を終わらせ、夕食を食べ始めた。
桃華Side
「桃華さんと毎日夜を共にできる日々……これ以上の幸せはない……」
凛ちゃんが隣でそんなことを言う。
何故か私に抱きついて、上から見たらナマケモノにでも見えるんじゃないかと思う程くっついている。
私たちは夕食と入浴を各々済ませて、少しリビングで寛いだ後寝室に向かった。
私が二人の家にお邪魔することになった日は誠くんと凛ちゃんが予定通り一緒に寝たけど、次の日からは私と凛ちゃんが一緒に寝ることになり、そして毎回この様子。
凛ちゃんが可愛いのと、私自身が凛ちゃんが好いてくれることに嫌な感じはしないから
、なんの問題もなく受け入れている。
ただ、一つ気になることがあり……、
「凛ちゃんにそう言ってもらえるとすごく嬉しいんだけど、私のせいで誠くんと凛ちゃんの仲を悪くさせてないかな……?」
会話の流れを遮って、私はつい聞いてしまった。
凛ちゃんに好かれるのはすごく嬉しい。
けど、そのせいで誠くんとの仲を悪くさせてないかが心配だった。
私はこの一週間二人と過ごして、二人の仲の良さをよく知ったし、元々学校での二人の様子からも仲の良さは感じとれた。
お互いがお互いを大切にし、信頼しきっているような関係。
そんな二人だから、私は——、
「全然そんなことないです! お兄ちゃんのことは心配いらないです!」
否定の声が聞こえ、意識を会話に戻す。
「お兄ちゃんは何があっても私を大事に思って、好きって言ってくれます。それは桃華さんが来た今も変わらないです」
優しい笑顔を浮かべ、私にそう語る凛ちゃん。
その表情に私は安心したが、
「でも」
と、逆説の接続詞が入り、少し身構えてしまった。
やはり何か二人に変化があったのか、そう考えてしまう。
勝手な憶測で怯えていると、凛ちゃんが口を開ける。
「お兄ちゃんが私を大事にしてくれてるのは嬉しいですけど、軽い束縛に近い感じは今になってもやっぱり苦手です」
こぼした言葉は、予想以上に重要な内容だった。
語り終えた表情は、いつもの可愛らしい要素を残しつつも、どこか暗い。
「それは……私が聞いて良かったのかな……」
気持ちが言葉となって、無意識に外へ出ていた。
二人には、私には理解できなかったり、私が今後知り得ないかもしれない、何か大事なものがあるはず。
同居人とはいえ、私には立ち入れない二人の領域があるような気がする。
凛ちゃんの言葉は、その領域に自ら他者を触れさせるような、そんな言葉だった。
だから無意識に聞いてしまったんだと思う。
「桃華さんだから、話したかったんです」
私が後悔にも自責にも近い感情を抱いていると、凛ちゃんがそう答えた。
「誰かに話したいって、ずっと思ってました。桃華さんにはこの気持ちを伝えていいって自分が思ったから話したんです。だから桃華さんは悪くないです」
そこまで言うと、抱きしめる力がちょっと強くなる。
私は自由に動かせる片方の手で凛ちゃんの頭に手を伸ばし、軽く撫でた。
凛ちゃんは笑顔を浮かべて嬉しそうに受け入れてくれた。すごく可愛い。
「もしかしたら今ので、私が『お兄ちゃんのこと実は苦手だけど言えない……』みたいに思っちゃうかもしれないですけど、そんなことは一切ないです」
私に撫でられながら、凛ちゃんはそう補足した。
少し思っていたので一瞬心臓が跳ねた。
「苦手な部分もあるけど、それも全部お兄ちゃんが私を大事にしてるからっていうのはちゃんと分かってます。私もお兄ちゃんが大好きですし、その気持ちは変わらないです」
確かな気持ちが籠った、強い声。
私はそう感じ、二人の関係に尊敬と羨望を抱く。
気づけば私から凛ちゃんを包み、抱きしめていた。
「も、ももかさん!?」
「凛ちゃんは可愛いだけじゃなくて、強くてかっこよくもあるんだなあ……」
私は抱きしめながらそうこぼす。
「凛ちゃんの気持ちが、誠くんに届くといいなあ……」
「桃華さん……。そう思ってくれるなんて、嬉しいですっ」
私たちはお互いの体温を確かに感じながら、眠りについた。
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