突如告白してきた同級生を振ったら、まさかの妹の最推しで何故か同居が始まりました。

和泉

第1話 俺と妹とあいつ

「好きです、付き合ってください!」

 六月の頭、夏が顔を出し始め、暑さが本格的になる前の梅雨を目前にした時期。

 いかにもな告白のセリフが響き渡る。

 場所は体育館裏、ここへの呼び出し方は机の中に手紙を一通。なんともベタ。

 何もかもがシンプルで、告白のマニュアルなんかがあったら、一ページ目に、

『注意! こんな告白はダメ!』

 なんて一文とともに掲載されてそうだ。

 そんなシンプルな告白を受けた俺は、

「申し訳ないが、断らせてもらう」

 丁重にお断りした。

 俺の返答に、目の前の女生徒は考えるでも、泣き始めるでも、怒りを露わにするでもなく、

「ですよね、ごめんなさい……」

 と言い、納得の表情を見せた。

 俺はその表情に違和感や疑問は抱かなかった。

 ふとスマホの電源をつけ、時刻を確認する。

 十七時五十五分、もう少しで本来の下校時刻から一時間が経つ。

 そのことを知った俺は、

「じゃあ、時間がないから失礼する」

 女生徒に軽く頭を下げ、急いで家に向かって走り始める。

 去り際、彼女の顔をよく見たら、同じクラスの生徒だったことを思い出した。

 確か、『冴島桃華さえじま ももか』だったかな。

 かといって、特に思うことはない。

 強いて言えば、この場面を誰かに見られてしまい、噂として流されでもしたら可哀想だな、なんて思うくらいだ。

 まあ今後関わる機会も少ないだろうし、こちらが困ることはあまりないので、俺は気にせず走り続けた。

 と、ここまでの流れである疑問を抱いた方は一定数いるのではないだろうか。

『何故冴島は告白を断られて、納得しているのか』

 浮かび上がる疑問はこれに近いものだと思う。

 では、その疑問について、この俺『才賀誠さいが まこと』が答えよう。

 まず、時は今から少し遡り、二ヶ月前である四月の話。

 俺は、高校一年生から進級し、高校二年生へと上がった。

 そして、進級と言うことは当然新入生もいるわけで、今年も多くの新入生が入学してきた。

 そんな中、一際目立つ女生徒がいた。

 彼女の名は『才賀凛さいが りん』。

 周囲の女生徒達が『国宝級』と認めるほどの美貌、艶やかな黒髪を長く伸ばし、仕草は品がありつつも可愛らしい反応を見せることもあるという、まさに敵なしの完璧美少女。

 そして、俺が世界で一番愛する『妹』だ。

 凛はその可愛さ故、入学当初から悪い虫を何匹呼び寄せてしまった。

 俺は凛のため、近寄る虫どもを片っ端から凛に近づけないようにし、我が最愛の妹の安全な学園生活を守ってきた。

 そしてその内、俺には『護衛人の誠』と言う異名がつけられた。

 その名と俺達の様子は学園内ですぐに広まり、気づけば凛にも『千年に一度のお姫様』なんて呼び名がついた。俺が護衛人で、凛がお姫様ということか、悪くない。

 そんな呼び名が付けられる程、俺は凛を愛し、大切にしているし、そのことは校内のほとんどの人物が知っているのだ。

 少し長くなったが、ここまでの説明である程度は理解できたであろう。

 俺が告白を断ったのは、最愛の妹が居るからであり、断られた冴島が納得していたのは、俺には妹という大切な存在が既にいるというのを知っていたからだ。

 これで先ほどの疑問は解消できたはずだ。

 俺は愛しの妹が待つ我が家へ向かうスピードを少し上げた。

 

 

「ただいま」

 家のドアを開け、帰宅したことを伝える。

 俺は洗面所に向かい、まず最初に手洗いとうがいを始めた。

 自身の健康な生活と、凛に病気などを移さないためにも、日頃の行動から俺は気をつけている。

 一通り帰宅後のルーチンを済ませ洗面所を出て、リビングのドアを開ける。

「あ、お兄ちゃんおかえり!」

 あ、幸せ……。

 俺は最愛の妹に迎えられ、軽く昇天しかけた。

「っと、危ない。凛が可愛すぎて一瞬危なかった」

「またそんな冗談をー。褒めても何も出ないよ?」

 可愛くて危なかったのは冗談じゃないが、そこは伝えずにおいた。

 俺が凛のことを愛しているのは、本人が一番知ってるはず。

 凛の座るソファに向かい、隣に腰掛ける。

 隣を向くと、凛が笑顔を浮かべこちらを見つめるので、あまりの可愛さにまたも三途の川に向かいかけた。

 凛は俺の知る限り、この世界のどの生き物よりも可愛い。

 この妹を授かれた幸運とともに、今後も凛を守り続けようという何度目かわからない覚悟を決めていると、

「あ! しのかさんがSNS更新した!」

 凛がスマホの通知を確認した後、急いでスマホを操作し始める。

「凛は本当にしのかさん好きだよなあ」

「うん、大好き! お兄ちゃんと同じぐらい!」

 スマホの画面を見ながら元気に返事をする凛。

 しのかさん、とは、今注目の人気声優で、凛の最推しだ。

 凛の話を聞く限り、芸名は『篠崎百香しのざき ももか』で、愛称は、『しのか』『しのもん』など様々。

 女性ながらも主に人気の役はかっこいい系で、キャラを演じる声や、そのキャラを演じる際の声と普段のギャップが推しポイント、なんだとか。

 俺は凛経由で存在は認知しているが、出演する作品や普段の様子などの詳しいところはよく知らない。

 まあ、凛が幸せそうなら何でもいいが。

「あれ、しのかさん今日は元気ないのかな……」

 凛がそんなことをこぼす。

「元気ないとか、わかるものなの?」

 気になって質問すると、

「まあ、ファンですから」

 と、ありもしない眼鏡をくいっと上げ、誇らしげにする。

 そんな仕草も可愛いのが、俺の妹。

 とはいえ、人気声優が『自分今元気ないです……』って分かるようなことを発信していいのだろうか、ファンたちの反応が地獄絵図にならないか心配だ。

 などと考えている時だった。

 ピンポーン。

 家のチャイムが鳴った。

 俺はソファを立ち上がり、インターホンで来客を確認する。するとそこには——。

「ごめんくださーい」

 大荷物を持ち、先ほど俺と対面していた人物が映っていた。

「冴島……?」

 インターホンを押したのは冴島桃華であり、俺は突然の再会に動揺する。

 そんな俺を不審に思ったのか、

「お兄ちゃん、大丈夫?」

 凛がソファを立ち上がりかけながら、そう聞いてくる。

「だ、大丈夫。ちょっと来客の相手してくるから、凛は待ってて」

 俺は凛を座らせ、玄関に向かう。

 向かう途中、何通りか桃華を追い払うイメージを考えた。

 だが、とりあえずは理由を聞くことにし、俺は玄関のドアを開ける。

「あ、どうもこんばん……って、ま、誠くん!?」

「よお……」

 対面するなり、冴島は元気に挨拶をし始めたかと思えば、俺に驚き目を大きく見開く。

「なんで誠くんがここに……」

「それはこっちのセリフだ」

 俺が抱いていた疑問を口にするので、すぐさま俺もそんなことを言う。

「私は、その……親が出張で長いこといなくなるから、今日からここの人と一緒に住めって言われて……」

「なんだそれ。俺はそんなこと一言も聞いてない」

 訳のわからないことを言う冴島に、そんなこと聞いていないと伝えるが、冴島は、

「私だっていきなりだからよくわかってない……」

 と言う。なんでお前もよく知らないんだよ。

「ともかく、そんなこと言われたって入れれる訳ないだろ。早く帰れ」

 そう言ってドアを閉じようとするが、冴島がそれを止め、

「わ、私にも生活がある! 入れてもらえないと帰る場所がない……」

 強く声をあげ、食い下がる。

 こいつ、割と力あるな……。

 とはいえ、俺にも凛との生活があるので入れるわけにはいかない。

「俺にだって、大事な家族との生活が——」

「お兄ちゃん、何してるの?」

 冴島と一悶着起こしていると、凛が俺を見て訝しげにする。

 そして、俺のもとに近づいてくる。

「り、凛! お兄ちゃんは大丈夫だから!」

 急いで歩みを止めさせようとするが、凛が止まることはなかった。

 玄関の隙間から外を覗き、凛は外に人がいるのを認識する。

「ちょ、お兄ちゃん、何してるの!?」

 俺はこの状況の説明を求められたが、力を込めるのに精一杯で言葉を紡げない。

 どうにか凛に伝わらないか祈っていると、

「誰かいるの!? お願いしますドアを開けてください!」

 なんと冴島が声を張った。こいつまじかよ……!

 俺は凛の目を見て訴えるが、何かに気づいたような仕草をして、凛は俺に抱きつく。

 凛に抱きつかれた俺は、幸福感に包まれ、全身の力を抜いてしまった。

 俺が力を抜けば、力を入れる冴島の方にドアは動く。

 俺は掴んでいたドアハンドルごと体を持っていかれ、大きく前に転んだ。

 凛は俺が転ぶ前に離れたため、巻き込まれなかった。

 上を向くと、突然のことに驚いたのか、冴島が唖然とした表情で俺を見ていた。

 やばい少し下着見える……。

 急いで俺は視線を下に戻し、次は地面とガチ恋距離で対面した。

 そんなことをしていると——。

「あ、あの、もしかして、しのかさん、ですか!?」

 凛が興奮気味に問う。

 え、しのかさん? どこに?

 俺が凛の質問に理解できずにいると、

「え……は、はい……そう、ですけど……」

 冴島がそう答えた。

 は、え? 本当にどう言うこと?

 俺が完全に取り残される中、

「で、ですよね! そんな気がしたんです!」

 凛が更に興奮した様子で冴島に言う。

 え、えっと、冴島が、しのかさん、ってこと?

 本人たちの様子から、状況を掴み始める俺。

「あ、すみません、兄がこんなことしてしまって! ささ、中入ってください!」

 凛は俺を無視して、しのかさん(冴島)を中に招く。

「あ、あの、誠くんは……」

「ご、ごめんなさい! ほらお兄ちゃん、そんなとこで寝てないで早く起きて!」

 差し出された凛の手を取り、俺は立ち上がった。

「あ、ありがと、り——」

「さ、しのかさん! 早く中へ!」

 俺の言葉を遮り、凛は冴島の手を取って急いでリビングに向かう。

 待って、すんごい悲しいんだけど……。

 取り残された俺は、今まで見たことのない凛の対応に、驚きと悲しみを覚えながら追いかけるようにリビングに向かった。

 

 

「どうぞ、お茶です」

「あ、ありがとうございます」

 普段食事の際に使うテーブルに冴島を座らせ、凛がお茶を出す。

 凛は最推しのしのかさんを前に、緊張なのか期待なのか、体を震わせている。

 冴島がしのかさんなのは驚いたが、俺としてはさっき言ってたことが気になるので、凛には悪いが早速質問する。

「さっき、『ここの人と一緒に住めって言われて……』とか言ってたよな。それはどう言う意味だ?」

「え!? しのかさんが一緒に住む!?」

 冴島が反応する前に、凛が秒で反応した。

 え、もしかして凛、まじでこいつのこと好きすぎ系? 反応からして、結構ガチだよな……。

 俺が凛に驚いていると、冴島が、

「あれは、その」

 と喋りたそうにするので、大人しく聞きの姿勢を見せる。

「本当にその通りの意味で、さっきも説明した通り親が出張で二年ぐらい居ないんです。だからどうしようってなった時、私の親の友達が私の面倒見てくれるって話になって——」

「それでなんで俺の家?」

 話している最中の冴島に割って入り、俺は抱いた疑問を即座にぶつけた。

「俺はそんなこと聞かされてないし、準備も何も——」

「お兄ちゃんストップ。これ見て」

 今度は凛が俺の話に割って入り、スマホの画面を見せてくる。

 そこには、

『お母さん、私たちのお家に誰か呼んだ?』

『あ、ごめんごめん伝えてなかった! 今日から私の友達のお子さんが二人の家に来るから、ちゃんと仲良くするのよ?』

 とのやり取りが交わされていた。

「あのバカ親……!」

 俺はこの場にいない母親を睨んだ。

 俺たちの親は自由人で、両親共に基本家にいない。

 我が子を置いてどこかに行ったり、今回みたいに面倒を持ってきたり、実に迷惑だ。

 だが、両親ともに稼ぎがあり、そのおかげで俺たちもこのような生活ができているので、迷惑ではあるがちゃんと感謝はしている。

 ただ、今回ばかりは俺も黙っちゃいない。

 凛との生活のためにも、譲るわけには……。

「と言うことで、しのかさん、今日からよろしくお願いします!」

「よ、よろしくお願いします……」

 おいおいおいおい、何勝手に話進めてるんだ凛。

 俺にだって都合が——、

「いいよね、お兄ちゃん?」

 凛が上目遣いで俺に確認してくる。。

 くっ! 凛に可愛くお願いされたら、負けそうになる!

 だけど、ここは心を鬼にせねば。

「凛、悪いがこればっかりは——」

「良いって言ってくれたら、今日はお兄ちゃんと一緒に寝てあげるよ……?」

「よしいいぞ、冴島。今日からよろしくな」

「え、ええ……」

 俺は予想以上に弱い男だった。

 まあ、凛と寝れるならいっか。

 そんなことを考え、凛との貴重な一夜を妄想していると、

「よかったね、しのかさん! 明日からはしのかさんと一緒に寝よっと! あ、というか、家でもこの呼び方嫌ですよね! なんてお呼びすれば……」

「あ、冴島、か、桃華、で良いですよ」 

「分かりました! じゃあ、桃華さんで!」

 そんなやり取りを二人は交わす。

 え、明日から冴島と凛が一緒に? ずるいんですけど?

「よしお兄ちゃん、パパッとご飯準備するよ!」

「え、あ、うん……」

 冴島に嫉妬していると、凛に夕食の準備を急かされ、一緒にキッチンに向かう。

 勢いで冴島が住むことに決まったけど、これから一体どうなるんだ……。

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