再会
洞窟の入口から歩み出る影を見て、俺はさらに息をのんだ。
薄暗くなった洞窟、それでもその姿ははっきりと目に映る。
俺たちの記憶に刻まれた、あの人だったーー。
「父様ーー!」
「お父ーー!」
俺と
「……」
お父は何も言わず、ただ俺たちを見つめる。
その目に懐かしさは――なかった。
「都へ行ったんじゃなかったのか……?」
「父様……本当に父様なの?」
しかし、父の目には戸惑いの色が浮かんでいた。
「すみません。どなたでしょうか……? 私に何か用が?」
その言葉は、刃のように胸を突き刺した。
しかし、目の前のお父は二人を覚えていない——それは、最も残酷な再会だった。
「本当にーー俺たちのことを捨てたのかよ!?」
怒りとも悲しみともつかない感情をぶつけるように叫んだ。
「……私のことをご存じなのですか?」
父は丁寧に返答する。
「……お父……まさか、記憶がないのか?」
息を詰め、震える声で言った。
「……お父。剣舞は……まだ覚えているか?」
「剣舞?」
お父は、俺の「剣舞」という言葉に手がピクリと反応をした。
剣舞は、お父がかつて俺たちに教えてくれたもの。
それが記憶の扉を開く鍵になるのではないか――そんな願いを込めて。
静かに呼吸を整え、ゆっくりと構えを取る。
剣の刃が薄闇に鈍く光り、舞の始まりを告げるかのようだった。
その舞の一振り一振りに、幼い頃の思い出と愛が込める。
幼いころ、父の動きを必死に真似し、何度も稽古した記憶が蘇る。
その剣舞には、俺たちの過去と父との絆が刻まれていた。
父の瞳が揺らぎ、額に手を当てる。
「それは……私が……教えた舞だ……」
お父は額を押さえ、断片的な記憶が蘇り始めているようだった。
龍梅が懐からお母の金糸の髪飾りを取り出した。
「父様、これ…母様の形見よ。ずっと持ってたの」
その形見を目の当たりにし、お父の瞳から一筋の涙が零れ落ちた。
「そうだーー子供たちだ!」
涙とともに、彼が失ったものが少しずつ形を取り戻していく。
「お父、会いたかったよーー」
「私たち、ずっと待っていたのよ!」
記憶は完全に戻り、お父は自分が子供たちを守れなかった後悔とともに真実を思い出し話し始めた。
お父は、あの大雨の夜、翡翠蘭を摘みに崖へ降りた――。
「突然だった……なんの前触れもなく、ロープが切れたんだ」
激しく地面に叩きつけられた衝撃で、記憶が霧のように消えてしまったそうだ。
それ以来、身体に染みついた剣舞の技術だけを頼りに、名も知らぬ土地を渡り歩いていた。
記憶をなくしたまま彷徨う中、ある日、一人の旅商人と出会った。
「旅商人に雇われ、用心棒として旅に同行することになった」
それがこの郷に来るまでの出来事だった。
「私は用心棒だったのにも係わらず、自分の命を守るようにと『逃げろ』と言ってくれたんだ」
幽魂となった彼らを弔っていたのはお父だった。
洞窟を出て、山賊が住みついていた
今朝まで、人がいたとは思えないほどの家屋の荒れ具合だ。
自分たちの借家は、荒されていたが他の家とは違い多分山賊が俺たちの物を漁ったのだろう。
「幽魂か……、私も見たことがないが。やはり、死者というのは陰を纏う。その恨みが強ければ強いほど、生を蝕む力があるのだろう」
郷長だった幽魂は「山賊を滅ぼした」と言っていた。
しかし、彼らの死体は郷のどこにもなかった。
お父は少し考え「崖だろう」と言い、その崖について教えてくれた。。
滝と反対には台地がパックリと割れたような渓谷があり、そこだろうと。
万が一、生きていても這い上がる事ができない。
そのまま餓死するしかない、そんな場所なのだという。
「お父、これからどうしよう……」
再会の余韻に浸る暇もなく、俺たちは次に進むべき道を考えなければならない。
お父は腕を組み、しばらく沈黙した。
「そうだな。都にでも行くかーー」
そして、龍梅の服装を見て申し訳なさそうに。
「龍梅に綺麗な華服を買ってやらねばな」
それが己を守る術であると分かっていても、お父は娘の心の奥底にある憧れを察していたのだろう。
「私はこれでいいわ。動きやすいもの」
龍梅は、身に纏う
口では強がるものの、ほんの一瞬、その瞳の奥に揺れる想いが見えた。
都に行けば、普通の女性として着たい物を着れるはずだ。
それに都行きは、元々目指していた道ーーそれが今、お父を加えて新たな旅の形をなそうとしていた。
「都行きは、決定だな。ところで、お父。この剣ありがとう」
「剣? その剣がどうしたのか?」
お父は少し眉をひそめた。
俺が持つ剣に、まるで見覚えがないような表情だった。
「お父が、俺たちの誕生日に用意したものだろう?」
俺は当然のように問いかけた。
この剣の持つ紋――それはお父のものとそっくりだった。
だからこそ、疑う余地はなかった。
「ーーその剣は見たことがない」
「いや、だって、この紋、お父が持っていた
「……確かに、似ているな」
お父は剣をじっと見つめ、目を細めた。
だが、お父の表情にはまだ困惑の色が残っていた。
「これは、私の父から貰ったものだ。『この紋を子孫に伝えよ』って言ってな」
しかし、剣についての記憶はないらしい。
どういうことだ……?
「この剣は、
あの日は俺たちの15歳の誕生日の日。
お父は剣を見つめたまま、しばらく沈黙する。
「そうか……。まぁ、もう
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