祭祀は突然に

 カンに薪をくべる。

 パチパチと乾いた薪がはぜる音とともに、床からじんわりと冷え込む部屋の空気に伝わり温めていく。


「ねぇ、お兄……俺たちには剣舞がある。また、二人で旅に出て、自由に生きればいいじゃん!」


 俺は「な? そうだろ?」と努めて明るく言った。

 俺たちを捨てたお父が教えた剣舞とこの剣さえあれば、生きていける。

 どこへ行っても戦えるし、金だって稼げるはずだーー。

 それだけは感謝している。

 双子のことだって、広い世界のどこかでは、それは〖ただの双子〗として受け入れられるはずだ。


「考えさせて……今から、厳しい冬がやってくるもの」


「確かに、冬の旅は危険だよな。なら……さ。春が来たらすぐに出発しよう!」


「そうね。では、春に向けて保存食を用意しなくてはいけないわね」


「お兄どこへ行きたい? 俺はさーー」


 ドンドンドンッ!

 

「わっ!!」


 木戸が壊れるかと思うぐらいの強い力で叩かれた音。

 扉が揺れ、心臓が跳ね上がった。

 木戸が今にも吹き飛びそうなほどの勢いで叩かれ、衝撃音が室内に響き渡った。

 俺は警戒しながら木戸の小窓をそっと押し開ける。

 外には、赤々と燃え盛る炎ーー松明を掲げた郷民キョウミンたちの影が、不気味に揺らめいている。


「うわっ!? 人がいっぱい……。郷民キョウミン全員じゃないか? 何だよ……。ろくでもないことに違いない」


「多分、そうね」

「多分、そうだ」


 なんで、双子って言葉のチョイスが同じなんだろうな?


「でも、緊急なことかもしれないわ」


「緊急ってキョウを追い出されるとかか? それだったら願ったりでもあるけどさ。せめて朝まで待ってほしいよ」


 時刻は亥時ガイジン、夜の22時頃。

 普通の田舎のキョウでは、この時間には誰もが家にこもり、静寂が支配するはずだ。

 このキョウには酒場もなければ娯楽もない。

 ただ生きるための郷で、こんな夜更けに人が騒ぐ理由などあるはずがない。

 剣を腰に携え、俺は慎重に木戸に手をかけたーーその瞬間、轟音とともに扉が押し開かれた。

 木片が舞い、冷たい外気が部屋に流れ込んでくる。

 

「うわっ! あっぶねぇ!! 何するんだよ!!」


 ほのかに酒の匂いを漂わせた郷長キョウチョウが、じっと俺たちを見つめる。

 薄暗い松明の光が彼の顔を浮かび上がらせると、影が一層険しくなった。

 

「明日ーー祭祀サイシがあるのじゃ」


 俺は思わず眉をひそめた。

 祭祀サイシ? この異様な雰囲気で、それを告げに来たのか?


「え!? 突然祭祀サイシが行われるのですか?」


 お兄の声には驚きと警戒が混ざっていた。

 それもそのはず、昼間は、誰ひとりとして祭祀サイシの話をしていなかった。

 郷の広場にも、準備の気配はないし、祭祀の装飾すら見ていない。

 それなのに、今になってーー亥時を過ぎたこの時間に、唐突に告げるなんてーー。

 

 〖祭祀サイシ

 どんなに貧しく、荒れ果てたキョウであっても、祭祀サイシだけは人々の心をつなぐ大切なものだ。

 収穫を祝うもの、神々へ感謝を捧げるもの、そして時には災厄を払うためのものーー郷民キョウミンにとって祭祀サイシは、ただの行事ではなく、生きる上での拠り所だ。

 何も準備もなく祭祀サイシが行われることはない。


「なんの準備もないみたいだけど?」


「祭祀の準備はい、いまからーー。その為のいけにえ……あ、いや神姫シンキが必要なのじゃ」


 今……生贄って、ハッキリ言ったぞ!

 郷長キョウチョウは言葉を濁しながら続ける。


「その神姫シンキ龍剣ロンジエンが選ばれたのじゃ」


「え? 龍剣ロンジエンが? 神姫シンキですか? 龍剣ロンジエンは男ですよ?」


 お兄は動揺しながらも、とりあえず事実を指摘する。

 お兄……そこじゃない! 一番気になるところは〖生贄〗だろ!? いや、もちろん神姫シンキってのもおかしいけど……。


「いや、なんでだよ! なんで俺なんだよ! それに……今、確かに生贄って言ったよな?」


「いやいや、神姫じゃよ。神への供物として……名誉あることじゃろう?」


 供物? その言葉の意味を俺は咀嚼する。

 つまり、〖生贄〗じゃなくて〖神のための贄〗ってわけか……同じだろうが!

 郷長キョウチョウは「言い間違いじゃ、ガハハハッ……ゴホン、ホッホッホッ」とちょっと間違えただけと言うが俺は騙されないぞ。


「その、生贄にーー」


 俺の言葉を郷長キョウチョウはかぶせてくる。


「神姫じゃ……あるいは、花嫁!」


「あ~、ハイハイ。神姫ね! じゃあ、その神姫にならなければ何が起こるんだ?」


 俺はじっと郷長キョウチョウのその目を見た。

 

「そ、それは……滅ぶかもしれんし、滅ばないかもしれんが……昔からそういうことになっておるのじゃ!」


 郷長の声が揺らぐ。


「そもそも、このキョウ……キョウとして機能していないだろ!?」


 俺は続けて叫ぶように言う。

 

「誰も畑仕事をしていないし、家畜の飼育もしていない。こんな山賊みたいな暮らししといて!」


 俺の言葉に、郷民キョウミンたちの間に微かな動揺が走る。

 誰かが息を飲み、誰かが視線をそらす。

 俺の指摘が図星だったことを、郷民キョウミンたちの反応が証明しているようだった。

 〖山賊〗だったの? マジで!?


「あ、そう、そうじゃ。山を5つ向こうの郷が廃郷になったのじゃが、神姫を捧げなくて、郷民が病にかかり一人残らず死んだんじゃ。怖いじゃろう?」


「そんな話、5つも向こうの山郷の出来事だろ?」


 俺は半ば呆れながら答えた。

 そんな話、信じると思っているのか?

 5つも向こうの郷?

 赤月哭セキゲッコクキョウなわけないよな? 


「いや、その話は、つい1か月ちょっと前に殺したーーえっと……殺した熊の毛皮を売った旅商人が言っていた! だから間違いない!」


 大刀を腰に携えた郷民が、不満そうに口を開く


「バカ者! それを言うな! お前は酒場で聞いただけじゃろうが!」


 郷長の声が甲高く響く。

 郷長が、「酒場で聞いただけ」そう言うが、この郷には酒場など存在しない。

 いや、前にはあったのかもしれない。

 怒りに支配された郷長は、次々と余計な言葉を吐き出しはじめた。

 郷民たちも「そのまま、贄にすればよかったんだ」とか言ってる。

 俺は、剣の柄をすぐ握れるように意識を集中した。

 お兄だけは逃がさないと……。

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