赤月奇譚ー俺と姉貴の絆は前世から続いていた件ー

ヴィオレッタvioletta

名無しの郷

 季節は秋も深まる頃。

 白い靄が立ちこめる谷間にひっそりと佇むこの名無しのキョウは、まるで時が止まったかのように異様な雰囲気を醸し出している。

 瓦屋根の家々が竹林の陰にひっそりと並び、キョウの中心には龍の彫刻が施された古い石柱〖封凶祠フウキョウシ〗が佇む。

 これまで通り過ぎてきたどのキョウにも封凶祠フウキョウシキョウの中心にあるのだが、俺たちが生まれ育った赤月哭セキゲッコクキョウでは見たことがなかった。


「なんだろうな。これ……〖凶〗って文字が刻まれているのに、不吉な気配は感じないんだよな」


 風雨に晒され、かなり風化した石柱だが、微かに残った彫りを見つめると、一瞬、龍の鋭い目と視線が交わったような錯覚を覚えた。


「この龍が何か悪いものを封印してくれているんだな。それにこの〖紋〗。俺のと同じか?」


 自分の腰に携えている剣を抜き、柄に刻まれた紋と見比べる。


「やっぱり……全く同じ紋だ」


 この剣は、直接ではないがお父から貰ったものだった。

 紋について教えてもらうにも、そのお父は失踪し、どこへ行ったのかも分からない。


 俺たちが赤月哭セキゲッコクキョウを出たのは、2か月前の夏。

 ーー血のように赤い月昇るーーが名の由来だというそのキョウを離れ、食料を求めながら幾つものキョウを通り抜け旅を続けてきた。

 そして数日前、辿り着いたのがこの名無しのキョウだ。


「このキョウに長居したくないんだよな……」

 

 だってさ、絶対、ここはおかしいって!

 ほら、今も見てる!

 木戸の隙間から覗く郷民キョウミンの目つきーーそれはただの好奇心ではなく、獲物を狙う狩人の眼光だった。

 のんびりした田園風景なんてどこにもない。

 

 前世の俺の記憶が警鐘をならしている……ってレベルじゃない!

 

 菜刀が、キョウの広場でズバズバと的に突き立てられるか?

 りんご農家のオヤジが、刃に鳳凰の紋様が輝いている大刀を背負って収穫するわけない!

 よぼよぼのジジイが関刀を杖に……なんでそんなものを日常使いしてるんだ!

 あっ! お兄だ!


「お兄、ただいまーー、チッ」


 お兄は、郷長キョウチョウ邸から木の盆に鍋を持って出たきたところだった。

 郷長キョウチョウの姿が視界に入った瞬間、体が反射的に拒絶反応を示し、俺は気づかぬうちに舌打ちしていた。

 お兄を見送るためなのか、郷長キョウチョウは、ゆっくりとキョウ道まで出てきていた。


「あら、龍剣ロンジエン! 早かったわね」


 郷長キョウチョウは、さりげなくお兄の腰に手を伸ばそうとしていたが、俺の声にピクリと動き、ゆっくりと手を引っ込めた。

 その手はなんだよ!

 くそエロジジイめ!

 お兄は「それでは」と郷長キョウチョウに礼をして別れた後、俺と借家までの道を歩き始めた。


龍剣ロンジエン? 茸は採れたかしら?」


「お兄!! また、あのジジイに粥をあげたのか? どうせ夜になれば酒飲んで騒いでるんだから! 飯なんか食べずに早くくたばればいいんだ!」


 片足が木の棒で作成された義足が歩くたびにギシギシと不吉な音を立てる郷長キョウチョウ

 その足のせいで「働けない」とか「金がない」「食べ物もない」とか呟いてはいるが、夜な夜な郷民キョウミンを集めては酒盛りしている。

 俺らは呼ばれたことがないから実際はわからないんだけど、間違いない。

 だって、夜な夜な凱旋宴のごとく派手に騒いでいるんだ。

 そのうち、俺らに〖舞え〗と言ってくるはずだ。


「ええ? この子は本当に口が悪いわ……龍剣ロンジエンいいこと、そうーー」


「また、その話? それより! こ・の・キョウ・は・イ・ヤ・だ。嫌だ! 無理だ! というかこのキョウに永住しないだろ? な?」


 俺は足を止め、お兄の腕を掴むようにして強く念押しする。


龍剣ロンジエン……そんな事いってはいけないわ。ここに来て、まだ1週間よ? よく聞きなさい。このキョウで暮らしていけるのも、郷長キョウチョウさまのおかげなのよ? 感謝しなくてはーー」


「感謝!? 何に? それに、前世持ちの俺が言ってるの! このキョウ、おかしいって! まずさ、名前がないキョウって普通ありえないだろ?」


 どんな小さな集落にも、誇りを持った名がある。

 けれど、このキョウはどうだ? ただ、無名のまま存在している。

 それが何を意味するかを考えたくなかった。

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