第12話「静まり湖」
東北の空をめざして、ユラリ丸は高く舞っていた。
けれど、湖が近づくにつれて、また空気がどんよりと重くなっていった。
「……風が、止まってきたね」
胸の羽がほとんど反応していない。
それだけ、このあたりの風は弱っているんだ――きっと。
笠松さんが空の色をじっと見つめて言った。
「“静まり湖”と呼ばれている湖じゃな。
本来は、湖面を渡る風が美しい波をつくる場所じゃが……いまは、名のとおり静まりかえっているようじゃ」
「湖にも、風は必要だもんね……」
「きゅっ」
ハクも同意するように小さく鳴いた。
* * *
しばらくして――
大きな湖が見えてきた。
まるで鏡のようにぴたりと静まり返り、波ひとつ立っていなかった。
「ほんとうに、風がない……」
湖のまわりの木々も動かず、鳥の声も聞こえない。
なんだか、息苦しいほどだった。
ユラリ丸を湖畔のそばにとめて、わたしたちは歩きはじめた。
* * *
湖の村に入ると、村人たちはみんな元気がなかった。
漁師のおじさんがぽつりと話してくれた。
「……風が吹かんようになって、もう十日あまり。
船が出せんし、湖の水もよどんでしまってのう……」
「……やっぱり、風が止まって困ってるんだ」
わたしは胸の羽に手を当てた。
(急がなくちゃ……)
「この湖に風を通していた“風渡し石”ってのがあるんだが……
いまは、石のまわりに妙な霧がたちこめて近づけんのじゃ」
「霧……?」
わたしは顔を上げた。
(もしかして――また“ぬれ影”や“霧の妖”のしわざかも)
「行ってみます!」
* * *
湖の南のはずれに、その“風渡し石”があった。
でも、たしかにそのまわりは白い霧にすっぽりとおおわれていた。
ひんやりして、空気がぴたりと動かない。
ハクがしっぽをふわふわさせ、笠松さんは風笠をそっと持ちなおした。
「これは……“ぬめ霧”の妖かもしれん」
「ぬめ霧……?」
「水と風の気をぬるぬるとからめ取り、止めてしまう妖じゃ。
この湖にたまり、風を閉じこめているのかもしれん」
(だったら――わたしが、風を届けなくちゃ!)
* * *
「風よ――この湖にも吹いて!」
わたしは羽に強く願いをこめた。
けれど、霧はとても重たく、風はすぐに飲まれてしまった。
「くっ……!」
そのとき――
霧の中から、低い声がひびいた。
**「……静けさこそがよい……
波も音も……いらぬ……」**
「違うよ!
湖は風といっしょに生きてるんだ。
水も空も――流れがなきゃ、だめなんだよ!」
わたしはさらに羽に願った。
ハクが「きゅっ!」と鳴き、笠松さんも風笠をまわしてくれる。
ふわっ……
小さな風が生まれた。
「もっと……!」
「……がんばれ、夢乃どの」
その声に、わたしは大きく息を吸いこんだ。
「風よ――湖をわたって!」
ぱあっ!
呼び羽が大きく光った。
その光が霧を貫き、風が湖面をすーっと走った!
しゅわっ……
霧がほどけ、湖にさざ波が立ちはじめた。
“風渡し石”が青白く光り、湖じゅうに風が戻ってきた!
「やった……!」
ハクはしっぽを高くあげ、ぴょんと跳ねた。
笠松さんも、にっこりとうなずいていた。
* * *
村に戻ると、船がまた湖へ出られるようになっていた。
村人たちの顔にも、すこし明るさが戻っていた。
「ありがとうよ、お嬢ちゃん。
湖も、風を取り戻したようじゃ」
わたしは胸の羽をそっと撫でた。
(でも、まだ風を待っている場所がある……)
ユラリ丸に戻ると、新しい便りが舞い降りた。
**「西南の峠、風とざされし」**
「次は峠だね……。
また、がんばろう!」
ユラリ丸はふたたび帆を張り、西南の空へ――。
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