第32話 最後の戦い



 古の時代。

 ハクが死んだ後、魔王は復活のための方法を模索していた。


 ほとんど死んだも同然で、仮の肉体を酷使しながらだったが、彼はその方法を見つけ出す。


 未踏大陸でその方法を見つけた彼は、リシャール村に体を横たえ、甘言で惑わしたその村の者たちに祠を作らせた。


「お前たちは選ばれた人間だ」「特別な存在である」と囁き、ちょっとした奇跡を演出してみた後、村人たちはすぐに洗脳された。


 リシャール村の地下には、国を囲う七つの大樹のエネルギーが集まっていた。


 そのため、魔王の本体はそのエネルギーを少しずつ、長い間奪い取りながら、復活までの時間を眠って過ごすことにしたのだった。


 眠りの中でも魔王は、自らの魂の一部が転生し、何度も生きては死んでいくことを把握しながら、復活の時を待っていた。





 シャックス達は、立ち寄る村々や町々で死霊モンスターが大量発生している事に気づく。

 それは、かつて昔に魔王が生きていた時と同じような事柄だった。


 何か恐ろしいことが起きているかもしれない。

 そう考えたシャックス達は、王都に緊急で手紙を送り、返事を待たずに調査を始める。




 死霊系のモンスターがやっかいなのは、物理的な攻撃がほとんど効かない点だが、それだけではない。


 生きていた者の記憶や言動を模倣するモンスターもいるため、惑わされた者たちが成すすべもなくやられてしまう点にある。


 そういったモンスターはかなり力が強く、並大抵のものでは対処できない。


 シャックス達は、力の強いモンスターの対処に忙しくなった。


 シャックス達がいたその近辺が比較穏やかで、普段モンスターの被害があまりない事が災いし、冒険者など退治する者の数が少ないのも原因だ。


 多忙な日々をおくる事になったシャックスは、数日後、思わぬ情報を耳にした。


 それは、レーナやフォウ、ニーナの目撃情報だ。


 生きているはずがないため、彼らはモンスターとして復活したのだと推測される。


 その知らせを聞いてシャックスが傷ついていると思ったセブンは、彼の分のモンスター退治まで引き受けるが、無理をして怪我をしてしまう。


 このままでは対処が追いつかなくなる。

 そう危惧していたシャックスの下に、思わぬ助っ人がやってきた。


「大変そうじゃない。命を助けてもらった恩をまだ返してないし、力貸してあげるわ」


 隠れて未踏大陸を出なくて済むようになった影響なのか、流暢に人間の言葉を喋れるようになったその相手は、赤い鳥フェニックスに乗ってやってきたミザリーだった。



 



 異変を聞きつけてやってきたミザリーと、そして他のエルフ達は、大陸の主を討伐する時に協力した者たちばかりだった。


 彼らは早速手分けをして、死霊系のモンスターを退治にあたる。


 物理攻撃の効かないモンスター達だが、エルフ達には秘策があった。


 長い間未踏大陸で暮らしていた彼らには、なくなった者たちの魂を慰める特別なまじないがあった。


 その呪いが、モンスターの行動を弱める事ができるため、他の冒険者などと協力して倒すにはうってつけだったのだ。


 現地の冒険者たちは、急遽加わったエルフ達に戸惑ったが、ミザリーが架け橋になる事でコミュニケーションをかわせるようになった。


 そっけないところもあるエルフだが、命をかけて共に戦った相手を仲間と認めればそれからは、強い絆を結ぶため、冒険者たちも彼らと接する事に徐々になれていった。


 一般的なモンスターの対処を彼らに任せたシャックスは、レーナ達の目撃情報があった場所へと向かう。




 そこは、冬でもないのに雪が降り続ける不思議な地下洞窟だった。


 至るところに小さな湖があるその洞窟は、ところどころ局所的に暖かくなっていたり、冷たくなっていたりする。


 風の流れは複雑でどこから入り込んでいるのは分からない風が、ひっきりなしに吹きすさんでいる。


 そんな洞窟の中に向かったシャックス達は、そこで、懐かしい顔を見た。


「母さん、ニーナ、フォウ」


 それは想像通りの面々だった。


 モンスターのレイスになった彼らは、シャックス達に攻撃してくる。


 その攻撃は、生前よりも強くなっていた。


 赤く燃え盛る炎、冷たい水の攻撃、不可視の痛みの攻撃。


 シャックスはそれらに苦しめられる。


 しかし、セブンが囮になることによって、シャックスは彼らを倒したのだった。


 生前より強くとも、鍛えていたシャックスの敵ではなかったからだ。


 レーナの攻撃をセブンが受けていれば、シャックスは動きやすく、手こずる事がなかった。


 だが、トドメを指す一瞬のためらいが、シャックスを危機に陥らせた。


 予期せぬ方角から雷の魔法が飛んできたのだ。


 シャックスは倒れてしまう。


「俺からまた奪うのか、貴様は」


 恨みがましい視線と言葉でその場に現れたのは、ワンドだった。






 死んだと思われていたワンドは生きていたらしい。


 おそらく屋敷では替え玉を使って、焼死を偽装したのだとシャックスは考える。


 セブンがやった死体の偽装は見破られており、ワンドは逆にその技術を応用したのだった。


「ワンド、あなたは何が目的なの? 自分の子供たちを傷つけて、レーナを、奥さんも殺したくせに」


 レーナと言う友人を殺されたセブンが、咎めるような声音で言葉を放つ。


 ワンドは、「最初に奪ったのは、そいつだ」とシャックスを指差す。


 シャックスはワンドが、身にまとうオーラを見て、転生した魔王だと気づく。


「父さん、いやワンド。お前が魔王だったのか」

「魔王? 本当に?」


 シャックスの言葉にセブンが聞き返す。

 ワンドの禍々しいオーラを見て取ったシャックスは、迷う事なく頷いた。


 ワンドは食事や睡眠をろくにとらず弱り、心身ともに消耗していた。

 そのため死が近づいた事により、前世の記憶を思い出していたのだ。


「そう。でも前世で何があったとしても、これ以上あなたが悪事をするのを野放しにはできないわ」


 セブンが魔法で攻撃をする。


 彼女は、シャックスにこれ以上家族を殺させたくなかったからだ。


 シャックスはまだ倒れていて動けず、体がしびれていた。


 セブンは、実力者としてワンドを追い詰めていく。


 しかし、魔王の転生体として何らかの変化があったのか、ワンドの方が一段強かった。

 

 同時期に、国の周囲にあった大樹の一本が急速に枯れていたのだが、その場にいるセブンやシャックス達は知ることができない。


 ワンドの手で追い詰められたセブンは、そのうちに雷の魔法を受けて倒れてしまう。


 シャックスは、また親しい人をなくしてしまうのかと愕然とする。


 あがいてなんとか体を動かそうとするがうまくいかない。


 やめてくれ、とそう言いたいがシャックスののどは言葉を紡がなかった。


 テレパシーで「セブンを殺したら絶対にお前を許さない」と告げるが、ワンドは視線を攻撃対象以外の余所へは向けない。


 ワンドがセブンを殺そうとした時、シャックスに声をかける者達がいた。


「まったく世話の焼ける弟ね」

「ずっと昔からそうだったよな」


 それは、クロニカ家でよく聞いた声だったが、耳になれた嘲笑を含んだものではなく、温かい感情を感じさせるものだった。


 その言葉を聞いた途端、シャックスは動けるようになっていた。


 疑問はあったが長々と考えている暇はなかった。


 シャックスは、ワンドに突撃した。


 二本の剣で彼に斬りかかる。


 シャックスは、「馬鹿な。なぜ起きて動ける」と驚く。


 ワンドが、シャックスが直前まで倒れていた場所に視線を向けると、幼い姿のアンナとサーズが経っていた。


 その姿は透けていて、生きていないように見える。


 二人を見たワンドは激しく動揺し、その場から後ずさる。


 その場に現れた幼い子供たち。

 それは魔王の呪いでできたーーシャックスに敵対する攻撃的な人格ではなく、本来の人格のアンナとサーズだった。


 2人を見たワンドの心は重い衝撃を受けていた。


「なぜだ。なぜ、誰も彼もが俺を裏切る。俺の下から離れる」


 ワンドはすがるような視線をレーナやニーナ、フォウの姿をしたモンスターに向ける。


 モンスターたちは、ワンドを守るように彼の前に立ったが、その表情に感情はなかった。


 シャックスは自分が倒れていた場所に視線を向けるが、そこにはもう誰もいない。


 セブンが起き上がるのを見て、シャックスはワンドのこれまでの言動を思い起こす。


 そして、シャックスは自分たちの関係の断裂について結論をつけた。


「お前が魔王だから、俺が英雄だから、じゃない。共に生きられる道もあったはずだ。母さんと兄さんと姉さん。みんなに囲まれて、尊敬される父親になれたはずだ。そうならなかったのは、お前がワンド・クロニカとして間違えたからだ」


 まったく前世の関係が影響していないというわけではないだろう。

 しかし、道を選ぶ余地はあったはずだとシャックスは考える。


「お前はただ、自分に逆らわず、自分にとって都合の良い家族を求めていただけだ。俺達を愛していたわけじゃない。ちゃんと見ていたわけじゃない。だから、そうなった」


 絶望の表情でその場に膝をつくワンド。

 

 その彼にシャックスは剣を振りかぶる。


 ワンドの手によって、倒された家族達の顔が浮かび、歪められた人生の、クロニカ家の出来事が脳裏に再生された。


 しかし、そんなシャックスの肩に手をおいたセブンが前に出る。


「これ以上弟子の手を汚させるわけにはいかないわ」と言いながら。


 顔を上げたワンドは、何かを吹っ切ったような顔で、魔法を暴走させる。


 直後稲光が周囲に走った。


 暴れ来る雷の魔法は、水の満ちた洞窟と相性が悪かった。


 シャックス達はすぐに感電して動けなくなる。


 魔法の暴走を引き起こしたワンドは、その場で乾いた笑い声を上げながら、黒焦げになっていく。


 このままではまずいと感じたシャックスは、動けずに焦るしかない。


 しかし、レーナの声が聞こえて体の不調が消え去る。


「これが私達がしてあげられる最後のこと」


 直後、不純物のない水の膜が出現し、シャックス達にまとわりついて、雷の影響を遮断した。


 そして更に、その場に出現した炎が荒れ狂い、暴走するワンドの頭上で固まっていた氷をとかして、彼を押し潰しそうとしたのだった。


 シャックスは、最後の力ろ振り絞って、ワンドに剣技を見まう。


 ワンドはその場で力尽き、巨大な氷塊に押しつぶされた。


 数分後。シャックス達は、その洞窟から無事に抜け出せる事ができた。


 それからしばらくしないうちに、洞窟は粉塵をたてて、崩れ去ったのだった。


 本当にすべてが終わったのだと、シャックスはその時に沿う感じた。


 そして、長い間でなかった声がゆっくりと、たった一声だけ出て、空気にとけていく。


「あ り が と う」


 それは助けてくれた家族達へのお礼の言葉だった。





 一方、今までシャックスの内部で、魂に干渉する魔法を行使していたハクは、リシャール村に残り、大樹のエネルギーの分断を行っていた。


 それで彼は、自分の役目が終わった事を悟る。


 シャックスはもう大丈夫だと思い、彼は眠りについたのだった。


 優しい夢の気配はすぐに訪れ、彼はその世界でたくさんの家族に囲まれて幸せに過ごすのだった。



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