侵蝕世界のネオンスレイヤー

@holystock

序章 ネオンの夜、暁の夢

「おい、アカツキ!お前ちゃんと飲んでるか!?」


サイケデリックな音楽がやかましく鳴るバーのテーブルで、チームリーダーでヒスパニックのオーク、ガルシアが巨大なジョッキを筋肉の塊のような右手に持ち、喧騒に負けない大声で叫んだ。

その口からは獰猛な牙が生えている。

ネオンピンクと青い看板がチカチカと光るバーでは、多種様々なヒトの喧騒で溢れていた。


「ああ、飲んでるよガルシア。いい加減僕も酒は飲み慣れたさ。」


白のタンクトップとショートパンツに身を包んだ長い銀髪の少女がそういう。

手元のグラスには、彼女の紅い瞳が映り込んでいた。

年齢的にアルコールを口にすることが許されるのか危うい外見をしているが、この場にそれを気にするものなどいるはずがない。

顔に呆れるほどピアスを刺したバーテンダーがサイボーグの腕でカクテルを振るい、爬虫類の尻尾を尻に移植した半裸のウェイトレスが魅惑的な笑みを浮かべながらジョッキを運んでいる。


「ハハ!アカツキは相変わらずね、いつも寝てるみたい!故郷のドライアドがあなたみたいだったわよ!」


虹色に光る羽を振動させながらポテトにかじりつく彼女はフェアリーのミューだ。

だがその頭部の半分は鈍く輝くサイバーパーツに換装されており、機械系のネオンに干渉する力を持つ。

そして大きな声では言えないが、このチームで最もヒトに強い。

銃もサイバーインプラントも、彼女にかかれば鉄くずになる。


「ミューの故郷にはいつか行ってみたいね、フランスだっけ?まあ僕は確かにいつも寝てるようなものさ。」


アカツキはこのバーでは最もアルコール度数の低いカクテルを胃に流し込みながら、銀色の髪の毛を左手で弄んだ。

隣のテーブルではトロールと耳が切り落とされたエルフがカードゲームにいそしんでいる。


「お前はおかしなやつだよアカツキ、だがお前がいないと今回もやばかった。あのネオン、まさかガルシアの貫通弾を弾くとはな。」


そう呆れたように呟くのはチームのドライバーでこの世界では珍しいノンサイバーの黒人男性、ドラムだ。

均整の取れた細マッチョで、頭髪はドレッドヘアにしている。

『どいつもこいつもサイバーリグで運転するが、俺はハンドルさ。もちろん誰も俺にはおいつけねえ、ノンサイバーの俺がこの街のトップさ!』

それが彼の口癖だった。


「そうだな、お前が俺のチームに入ってくれて本当に助かってる。最初見たときは大丈夫かこいつと思ったが、東洋の神秘にはまいったぜ!お前がネオンのアームをたたっ斬ってなかったら、俺の頭はミンチになってたからな!次もネオン野郎を潰してやろうぜ!ヴァモス!」


笑顔のガルシアは上機嫌だ。

彼らはこの日都市内に出現した誰もその正体を理解できていないモンスター、ネオンの討伐に成功し、都市管理局から大金をせしめていた。

彼らはネオンハンター、このアメリカ西海岸の都市で最も危険で最も金になる仕事を生業にしていた。


「神秘って…僕はただカタナを振りまわしてるだけだよ。剣道をやってるわけでもないし。まあ…斬るのは嫌いじゃないかな。」


アカツキはその腰に下げた鞘に収まったカタナを撫で、少し笑った。

カタナはありふれた金属塊で、彼女の顔にはタトゥーもピアスも入っていない、見るものが見れば彼女の体にはサイバーも入っていないことに気づくだろう。

そんなヒトはよほど貧しいか、あるいは鉄を嫌う魔法使いか、そしてそんなものが必要でないほど強いかのどれかだ。


「なーに言ってんのよ!そんな棒切れでどうしてネオンの硬化装甲が真っ二つになるわけ?絶対バグってんでしょ!ずるいどうやってるか教えなさいよ!」


食べ物から離れたミューがアカツキの顔の横に浮かんで腕組みをする。

その半分残った髪の毛が白く発光するのは、どうやら怒っているようだ。


「そう腹を立てるなよミュー、俺はな、多分アカツキはマジで自分でもわかってねえんだと思うぜ。」


オキアミから作られた合成肉を飲み込んだガルシアがそうとりなす。

緑色のスキンヘッドの彼は暴力的な荒くれ者と見られがちだが、実は温厚な知恵者だ。

彼はサイバーリムの左手でアカツキの頭をガシガシと掴む。

アカツキは迷惑そうにしたが、彼女はそれを我慢した。


「アカツキ、てめえの力、魔法使いのハズレみてえだな」


アカツキはガルシアがそう言ったとき、ドラムが少し顔を伏せたことに気づいたのだが、余り気にしなかった。

彼女の表情はいつも夢を見ているようで、浮世離れしている。


「ガルシア、悪いがそろそろテーブルを空けてくれねえか。もう何時間飲んでるんだお前ら。景気がいいのは羨ましいが、銀髪のお嬢ちゃんがそろそろ眠たそうにしてるぞ。」


顔ピアスのバーテンダーが、彼らのテーブルに近寄るとそう話しかけてきた。

どうやら街の景気はいいようだ、バーの店先に客が並んでいる。


「ち、上客にふざけやがって。仕方ねえ、会計だ。へへ、金ならたんまりあるんだ。」


ガルシアは懐から電子ドルが入った端末を取り出す。

どうやら彼は仲間の分も払うつもりらしい。


「なーに偉そうにしてんのよ!あたしとアカツキが飲んだのはあんたらに比べればほんのちょっとでしょうが!」

「うるせえなあ文句あんのかよ!」


ガルシアとミューが言い争う。

アカツキとドラムは生暖かい眼で二人を見ていた。

彼ら二人は古い付き合いで、チームも彼らから始まったのだ。


「ち、雨が降ってやがる。」


通りに出たドラムがそう呟く。

汚染物質が含まれた雨が降り注ぎ、サビの浮いたサイボーグの浮浪者が屋根を求めてさまよう。

そして上空には金持ちが乗るホバータクシーが行き交っていた。


「俺とドラムは次の店に行くけどよ、お前らはさっさと帰れよ。」


重量級のアサルトライフルを肩に担いたガルシアに言葉にフードをかぶった

アカツキは素直に頷いた。

この街で一人で歩くのはあまりうまくない、たとえどんなトラブルも処理できる力があろうが、トラブル自体を避けるのが賢明だ。

アカツキはまだ長いとは言えないこの街の暮らしでそれを学んでいた。


「はー!あいつらどんな店に行く気なのかしら。まあいいわ私も今回得たデータの解析がしたいしね!」


ミューはアカツキの周辺をくるくる回ったあと、どこへともなく消えていった。

彼女の虹色の光がネオンとホログラムの中に消えていくのを見守った後、アカツキはゆっくりと歩き出す。

ホログラムに映し出された黒髪のバーチャルアイドルが、何故か目に止まった。

どこかで見たような…。


「まあいいか、じゃあ目覚めるか。」


そう言って彼は通りを抜けていく。

中国語や英語、日本語で書かれたネオンの看板がチカチカと光る中を、彼女はゆっくりと歩いていった。


________________________


ガチャリと指紋認証のキーを開けると、アカツキは古ぼけたアパートの一室にもぐりこんだ。

スラムと言っていい下層のエリアにあるその部屋は、しかしガルシアが見つけてくれたしっかりとしたセキュリティに守られた隠れ家だった。


「ただいま…。」


誰にとも無く彼女は呟いた。ドアを開け、リビングに入る。

カタナとフードを部屋の隅に置くと、ライトを付ける。

その部屋には…何もなかった。

セキュリティのためだろう、窓もない、固定式のベッドだけがおかれ、その上に申し訳程度のマットと毛布がおかれている。

換気扇の隙間から街のネオンが差し込み、コンクリートの壁を青く染めていた。


「ふう、働くってのは大変だな。夢の中でも…。」


そう言うと、彼女はシャワーも浴びずベッドに仰向けになった。

普段なら身を整えるくらいはするのだが、アカツキは頬の火照りに気づき苦笑した。

酔ったらしい。


「お酒が飲めるのは、少し楽しいかな…。」


そう呟くとベッドに横たわり目を閉じる、そうすると目が覚めるはずだ。

そしてそうなった。


チチチチ…雀の声が響く。

都市の猥雑な騒音は何も聞こえない、遠くで車が走る音が聞こえる程度だ。

体の感覚が、違う。

細い体の少女ではない、筋肉のついた男の肉体を感じる。

リュウジは、天井を見つめて呟いた。


「帰ってこれたか。」


そこは関東の、東京の隣の衛星都市だ。

最寄り駅はそれなりに人が多く、いつも混雑している。

もっとも彼は自転車通学だからあの地獄のようなラッシュに混ざる必要はない。

階下では人の気配がする、おそらく母が朝食を作ってくれてるのだ。

最近卵が高いといつも文句を言っているが、この匂いはおそらく目玉焼きだろう。

男子高校生のリュウジはこれから始まる一日に思いを馳せた。


「学校についたら、小テストの予習をしなきゃな。」


そう、これが現実なのだ。

さっきまでのサイバーパンクに溢れた世界はただの夢で、気にする必要もない。

アカツキという少女は存在しない。

でも、彼は夢の中での生死を分かつ一瞬を思い出していた。

腰にあるはずのないカタナに意識を向ける。


血と硝煙に溢れたあの都市に、早く行きたい。




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