ホワイト・ギルド


 薄暗い洞窟内を進む、大所帯の一団がいる。


 先頭の男が松明を持ち、炎で先の道を照らしているが、それでも一寸より先は闇だった。


 近くを照らしているため、仮に足場がなければ気づくことができるが、敵襲となれば反応は遅くなるだろう。


 実際、過去二回の探索では、死角からの敵襲により大ダメージを受けている……。


 怪我や行方不明により、メンバーは入れ替わりを繰り返し――


 今のところ初期メンバーはリーダーを務める先頭の男を含め、三人だ。


 その三人の中には、まだ子供もいる……。


 十三歳の少年だ。


 子供ゆえに優先的に守られてきたのだろう。


 彼がいる限り、彼を守る冒険者が次々と倒れていくため、裏では『疫病神』なんて呼ばれていた。


 少年の名はナックル……


 まだ一般的な大きさの剣も振り回せないため、持っている武器はナイフのみだ。


 戦闘では一切、役に立たないメンバーである。


 どうしてそんな彼がこの一団にいるのかと言えば……、

 彼の『瞳』は、ダンジョン破壊には必須の才能であるからだ。


 大人には見えないもの――


 子供の瞳にしか映らない『鍵』がなければ、このダンジョンは破壊できない。



「なあ、『りーだー』……あの人、本当に強いのか?」


「うおっ!? ……ナックル……、後ろから急に出てくるんじゃねえよ、魔物かと思って剣を抜きそうになったじゃねえか」


 上げた手をゆっくりと下ろすリーダーである。

 しかし、斬るかどうかはともかく、抜くべきではあっただろう……、仲間の声で油断させ、斬りかかってくる魔物は過去にいたのだ――

 守るべき相手の声だろうと、とりあえず剣を抜いておく意識を持っていても損はしないだろう。


 斬るかどうかは、躊躇った後でもできる。


 斬らなくとも防御に転じることもできるのだ――


 抜く、という選択肢を斬り捨てるのはもったいない。


「怖がり過ぎじゃ……、でもないよね。敏感過ぎ、くらいでもまだ足りない――そういう油断で、みんな、死んじゃったんだし……」


「そういうこったな。お前も、迂闊な行動をするなよ。間違っても背後から不用意に近づくな。間違って斬っちまうだろうしな。

 俺たちはテキトーに進んでいるようで、お互いの距離感は維持してる……、お前だけは、周囲をよく観察してほしいから少しの自由を許してはいるけどな――」


 ナックルの瞳が必要だ。


 なのに彼の行動を制限してしまえば、重要な『鍵』を見逃す可能性がある。


 どこになにがあるか分からないのだ、彼だけは特別扱いだった――。


 子供なら誰でもいいわけではない。

 最低限、戦場に場慣れしている必要はあるわけで……実績もある。


 ナックルを好んで連れ回しているのは、彼が鍵を見つけ、いくつものダンジョンを破壊してきた結果を持っているからである。


「十日か……そろそろ、ダンジョンが地上に出ちまうよな……、早いとこ、破壊しねえと――」


「魔物が地上に出ちゃうね」


「分かってるならお前も注意して鍵を探せ。……鍵がなくとも、ダンジョンの『ボス』を倒せば、ダンジョンは破壊されるとは言えだ……、できれば戦いたくないのが本音だな。

 わざわざパーティが半壊するかもしれない戦場に立ち向かうのは――」


「ッ、りー、」


 だー、と最後まで言う前に、ナックルの重心が真後ろへ引っ張られた。


 ――服を掴まれたわけではない。

 ナックルの頭の上、そこを、まるで足蹴にしたみたいに……――いいや、みたいではなく、実際にしているのだ。


 まるで首根っこを掴まれてぐっと後ろへ引かれたような感覚で――


 実際はナックルの額に着地し、前方へ飛び出した人影がいる。


 一瞬、灯りに照らされたその影が、腰から二本の剣を抜き、闇の中に紛れる。


 そして聞こえてくる、


「ぐぎぃぁ!?」


 という断末魔。


 飛んできた生温かい液体がナックルの頬に付着し、そのまま濡らす。


 手の甲で拭えば、想像通りの赤だった。


 ……魔物の血も赤なのか。


 赤、ということは……、ゴブリン?



「……、さすがですね、ミカドさん……」


 闇の先から戻ってきたのは、長い黒髪、赤縁メガネの女性だった――


 彼女の名はミカド・スタイリング……、大手ギルドから紹介された実力者である。



 二刀流の剣士であり、積み重ねてきた実績も豊富だった。


 雇うには多少、高い金額を支払う必要があるが、ダンジョン破壊に時間がかかってしまっている現状、出費にとやかく言っている場合ではなかった。


 節約できても死んでは意味がない。

 大切な町を、ダンジョンから溢れた魔物に襲われてしまえば……、

 お金どころではないのだから。


 今はお金よりも命を優先する。


「助かりました。我々は誰も、ゴブリンの存在には気づけませんでしたから……」


「その子は、気づいていたみたいですけどね」


「? そうなのか、ナックル」


 少し遅かったが、それでも一団の中でゴブリンの奇襲に気づいていたのはナックルだけだった……、そしてこの『見えた』ことこそが、攻略の糸口となる。


 ほんのりと青く光った気がしたからこそ気づけたのだ……、本来なら、ナックルでもゴブリンの奇襲には気づけなかったが……


 その青く光った気がしたのは、気のせいではなかった。

 ナックルの瞳はダンジョン内の『青色』を捉える……、


 ゆえに、彼が守られ、こうして危険地帯にいるのだから。


「……ゴブリンの体内に、鍵があるかも……」

「なに?」


「おねーさん、探せる?」

「ちょっと待ってね」


 ゴブリンの死体へと戻った女剣士が、掻っ捌いたゴブリンの体内から鍵を探している(先が闇で良かった……、どんなことをしているのか、想像はできるが、見えていないからこそまだ堪えられる……。カバンの中を探すように、彼女はゴブリンの体内に手を突っ込んでいて……)。


「これ? なのかな」


「うん、それだ。はっきりと青く光ってるのがよく分かるよ」


 女剣士が、ナックルの元へ。


 それは、鍵、と呼ぶには、姿形は想像していたものではない。


 鍵、とは言ったが、ダンジョン破壊のための『重要なアイテム』というだけで、誰もが想像する『鍵』の形であるとは限らないのだ。


 ゴブリンの体内にあった、骨と呼ぶには不要な形のそれだった。


 綺麗な球体である。


 これが、鍵……?


「ナックル、これでダンジョンが破壊できると思うか?」


「…………ううん、これだけじゃ、まだ足りない気がする……。

 もしかして、このダンジョンの鍵は、複数あって、散らばってる……?」


 分解されている?


 そして、組み立てる必要があるのか?

 なんにせよ、見つけたこれだけでは、鍵としては機能しないのだ。


「あの、」


 と、両手と頬が真っ赤に染まっている女剣士が手を挙げた。


 もしかして、経験上、今回のダンジョンの仕組みを、過去に解いたことがあるのだろうか?


 誰もが彼女の意見アドバイスに耳を傾けている中。


 彼女は首にかけていた時計を見ながら、こう言った――


「休憩、入れてもいいですか?」


 休憩は大事だ。


 彼女からすれば、決まった時間に休憩を入れているだけなのだろうが……、

 一団は、新しく得た手がかりと、これからの指針が定まってきたところだ――


 このまま勢いで、無謀に進むよりは、一旦、頭を冷やして考える方がいいだろう。


「さすがはミカドさんだ、俺たちの逸る気持ちを察して、事故を起こす前に冷静にさせてくれたんだろう……――ですよね」


「いえ、単純に時間通りに行動して――……いえ、まあ、それでいいですよ」


 歩き疲れていた者が多かったらしく、そういう意味でもちょうどいいタイミングだった。


 彼女からすれば、計算された上で設定した休憩時間なのだろうけど。



 一人、洞窟の隅っこで食事を取る女剣士――


 彼女が膝の上で広げている食事に、ナックルが興味津々に覗き込んだ。


「なにそれ」

「パンにハムを挟んだだけの簡単な料理ですよ……、もちろん、野菜もあります」


「へえ……」

「食べてみますか?」


「いいの?」

「ええ。あなたのその石ころみたいな食事を見ていたら、重要なあなたが最後まで体力が持つのか心配になりますから」


 ナックルが持っているのは、手軽に栄養が取れる食べ物だ。

 味はないが、栄養だけなら充分に摂れる。だが、栄養不足で倒れることはなくとも、味がないことで精神的なストレスが溜まってしまえば、別の理由で倒れてしまうこともあり得る。


 彼女が持参したようなサンドイッチで、栄養の偏りこそあっても、満足感を得るのは生きる上で必須とも言えた――。


 まあ、長期間の冒険には合わない食事だが、彼女の場合はそれでいいのだ。


 長居する気はない。


 今回のダンジョン破壊を最速で終わらせるから――ということでもないのだが。


「…………(あのリーダー……きちんと契約内容を理解しているのかしら)」


「なあなあっ、おねーさんっ、本当に食べていいのか!?」

「ええ、一口ね。二口めに手を出したらその首を斬り落とすわ」


「怖っ」


 ナックルが遠慮しながら一口かじる……、

 味わったことのないソースの味に、ナックルの目が輝き出した。


 ゾッとする悪寒がなければ、きっとナックルは二口めをがぶりといっていただろう……。

 女剣士の殺意が、彼の命を繋ぎ止めたと言えた。


「どう? 他の鍵、見つけられそうかしら?」

「うんっ、ただ……もう一口くれたら、もっと見つけられると思う!」


「一口食べて知恵が回るようになったのね……、仕方ないわね、あと一口だけならいいわよ」


 一人分のサンドイッチを二人で分け合い、充分に休憩も入れ、再び、一団が動き出す。


 出発してから、既に五時間が経っている。


 ダンジョン内は暗いので、時間感覚が狂ってくるが、空腹や睡魔でなんとなく分かるものだ。


 出発時間が遅かったので、現時刻は恐らく、夕方くらいだろう……。

 残り六時間ほどで切り上げなければ、ダンジョン内で睡眠を取ることになる。


 当然、交代制で見張りを立てるものの、睡眠時間には、魔物も『分かって奇襲を仕掛けて』くる……、できれば避けたい時間帯だ。


「ナックル、夜までに鍵が揃わなければ……『ダンジョンの主』に勝負を挑む。

 今回はミカドさんがいるんだ、無謀な挑戦じゃないはずだ」


「いえ、私は――」


「頼りにしてますよ、ミカドさん!」


 肩をぽんぽん、と叩かれ、曖昧に「はあ、はい」と愛想笑いを浮かべる女剣士。


 説明することを諦めた溜息が出た。



「(……どうせ自業自得。

 痛い目を見るのはこの人たちだから……好きにやらせてしまいましょう)」

 



 それから、ダンジョン内を探索したものの――


 ナックルの瞳でも、残りの鍵を見つけることはできなかった(そもそも鍵が複数あるのかどうかも――、謎である。見つけた球体を特定の場所へ持っていくことで条件が揃うタイプの可能性だってあるのだ。そうだったとしても、怪しい場所さえもまだ見つけていないままだったが)。


 時間切れである。


 当初の予定通り、リーダーが先導し、ダンジョンの主がいる部屋へ――


 ここに関しては、早い段階で見つけていた。できれば入りたくはないが、助っ人の実力者がいるのだ。せっかく、大金を払って雇ったのだ、最大限、利用するべきである。


 十人以上の力で押し、重たい鉄の扉が開かれる。


 ボスの部屋。


 五階分の高さの吹き抜け――、その大部屋に佇んでいたのは、手を伸ばせば天井に指先が届きそうな巨体の……ゴブリンである。


 周囲に炎が灯った。


 巨大なゴブリンの姿が、よく見える。



「ッ、全員、剣を握れ!! ナックルは下がっていろ…………、ナックル?」


「リーダー……――ナックルがいません! あと、あの女剣士も!!」


「は――なんだとッ!?」


 重たい轟音を響かせ、鉄の扉が閉まる。


 最後尾の冒険者たちが慌てて開けようとしたが、重たい扉が、びくともしなかった……。


「なん、で……っ、あの女ッ、俺たちを騙したのか!?」


「リーダーッ、ダンジョンの主が、動き出しましたッ!!」


「ッッ!? クソ、無理だ!

 助っ人なしで俺たちが『主』に勝てるわけがねえだろうっっ!?」


 冒険者が束になったところで。

 その束をまとめて薙ぎ払う強さを持つのが、ダンジョンの主である。


 今の彼らに、巨大なゴブリンを倒す手段はなく――


 逃げて隠れて応戦しても、結果は変わらない。


 待っているのは理不尽な蹂躙である。


 ……仮に、実力者の彼女がいたところで、その結果が変わっていた、とも限らないわけだが。



「あの女……ッッ、大金だけ貰って、逃げやがってぇッッ!!」



 ――ごおぅいんっっ!! と。


 巨大なゴブリンに殴り飛ばされたリーダーが、鉄の扉に激突した。


 人の型で凹んだ、鉄の扉。


 もちろん、その扉が開くことはなかった。


 …

 …


「……なんだか、遠くで『まるで私が悪い』――みたいな、負け犬の遠吠えが聞こえたような気がしたけど……」


 女剣士はナックルの手を引き、ダンジョンを引き返していた。


 ナックルを連れているのは、彼女の良心である。

 恐らく、この一団は壊滅するだろうけど――

 その中にまだ子供のナックルを置いていくのは、彼女が納得できなかったのだ。


 それに、彼はダンジョンの鍵を視認できる、貴重な子供である。


 ……世界で数をぐっと減らした子供のことを考えれば、見殺しにしていい人材ではない。


「急に帰るって……、おねーさん、用事でもあったの?」


「君も知らないか。いやまあ、さすがに雇われた私の契約内容まで、君が知っているわけないでしょうけど……。

 言っておくけど、約束を破ったのはあなたのリーダーだから、私は悪くないわよ」


 私は悪くない。


 そう言うと、彼女が『悪かった』みたいに聞こえるのだから不思議なものだ。


「休憩を含め、九時間しか助っ人はしないって、契約書に書いていたのに、時間オーバーを当然のようにしたから……。追加で金額を払ってくれるならまだしも、後払いで納得させようなんて、私には通用しないわ。

 こっちも仕事だし、危険な場所まで足を運んでいるのだから、約束は守ってもらわないと――でないと、信用に関わるわ」


「じゃあ、最初からおねーさんは、この時間に帰るつもりだったの?」


「そうよ。だからタイムリミットは深夜じゃない。出発してから九時間……、たとえ九時間後、どんな状況であろうとも、私は中断して帰るわ――そういう契約だもの」


 女剣士は一切、妥協しない。


 揺れない、惑わされない――だからこそ、強いのかもしれない。



「私、サービス残業はしない主義なの」




 ▼ おわり ▼

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