脳筋ドミネーター



「――これにて議会を終了します。

 今回、決定した議題は国民からの徴収料の増加であり――」


「異議ありだ!!」


 大きな声が広い部屋に響き、一人の男が立ち上がる。

 細く、高い身長を持った男だった。


 常識ある服装を身に纏い、埃の一つも許さないような潔癖に見える。


 そんな彼は額に汗を出しながら――得意の涼しい顔は、今はできていなかった。


 この場において、彼はそれなりに上の立場なのだが……

 しかし、申し立てた異議はあっさりと否定された。


 進行を務めていた女性が冷たい眼差しを彼に向ける。


「……認められません。既に議題は可決となっています。今更、あなたの発言で決定が覆ることはありません」


「そうだが、しかし待て……――国民からの徴収料を増加すれば、さらに貧困化するぞ……っ、今だって満足に払えていない家庭が多いんだ!」


「分かっていますよ。だから食べられない家庭に食べ物を供給するためにも、多くの国民から税金の徴収額を上げなければ助けることもできないわけです。散々、これまで意見を出し合っていたではないですか。居眠りをしていたわけでもありませんでしょう?

 あなたは積極的に意見を発言していましたし、肯定も否定もしていました。その上で決まった増加です。一体、なにに不満があるのですか?」


「ああ、あるね……っ、どうして俺の意見が通らない……っ」


「あなたが提案した内容によるものなのでは?」


「そんなわけがあるか!! 俺の意見が間違っていたとでも!? 確かに、自分のことを頭が良いと言うつもりはないが、それでも『そこの女』よりはマシだ――――

 武器を振り回すだけで生計を立てている、脳みそまで筋肉になったバカな女よりも、知識と知恵で納得を固めた意見を言ったはずだ……――なのにッ! どうしてそこの女の一言が認められるんだ!!」



「あー、ひどいこと言われてるーっ」



 この場には似合わない少女がいた。


 真横に、大きな斧を突き立てるように置き、椅子にあぐらをかいて座っている少女――

 肩にかかった赤髪を揺らし、大胆に見えている褐色の肌――


 議会に出席するには褒められた格好ではないだろう……露出が多過ぎる。

 それでも、女性の色気が見えないのは、細いながらも体は引き締まっており、隆起している『見えている筋肉』のおかげか……。

 出席した男性は、彼女を見ても会議そっちのけ――になることもなかった。


 女性の色気よりも、男性のような格好良さがある。


 目を引かれても、男の本能を釣られることはなかった。


「なーんか、難しく考えてるけどさ、ようは国のお金がないんだから、みんなから集めればいいわけでしょ? だーからー、それを提案しただけだよ?」


「ついこの間、物の値段を上げたばかりだ……っ、さらに徴収料を上げれば、多くの家庭が崩壊するぞ……ッ。高所得者にとっては痛くも痒くもないかもしれないが、貧困家庭からすればもう限界だ……、簡単に料金を上げない方がいい……ッ!」


「だからさ、その貧困家庭を助けるためなんでしょ? 少ないお金の中で、個々の家庭が自力で生計を立てようとするより、全国民から集めたお金で貧困家庭を狙って助けた方がいいと思うけど……」


 バカなりに考えているのか? と思えば、彼女は会議の内容を覚えていて発言しただけだ。


 彼女の意見ではない……誰かの意見だ。


 しかし、今の発言が彼女の発案であるかのように周りは感銘を受け、声を上げた男の異議など完全に忘れてしまっている――。


 またこれだ。


 彼女の発言は、なぜか強い力を持っている。


 まるで彼女が黒だと言えば、全員が白を黒だと誤認するように。


「徴収料を上げないなら、どうするの? 助けられたはずの家庭が助からないままでいいの?」


「徴収料を下げる。とにかく支出を下げればいいんだ……、貧困家庭にも余裕が生まれるように……。

 国の金を派手に使い過ぎているんだよ……、無駄なことに金をかけ過ぎだ――だから予算の見直しだ。上級国民の給料を下げたり、イベントを縮小したり、パーティで使う食材の制限や、質を一段下げたりなどだ……、たったそれだけでも、積み重なれば大きな金額になるだろ。

 貧困層から金を巻き上げるんじゃない、国が金を使わないことで浮かせる方が全員のためになる……――高所得者には少し『がまん』してもらうことにはなるが、」


「そこがダメなんでしょ?」


 気づけば、周囲の大人たちの目が敵意に変わっていた。


 ……ここにいる全員が、高所得者だ。


 つまり貧困層のためにがまんを強いられようとしている事実に、不満が出ているのだ。


「がんばった人ががまんをする社会なんて、嫌じゃん」


「……だけど、下がいるからこそ上が活きるものだ……、下がいなくなりそうになっているなら、上が少しがまんしてでも、下を活かさないと……! いずれ上にいる俺たちが痛い目を見ることになる!!」


「それは近い将来かね? それとも孫の代か?」


 と、最年長と言える男が発言した。


「……それは、まあ……遠い、話になるでしょうね……」


「なら、現状のままで構わない。我々が死ぬまでは、今の状況を望む…………今更、がまんなどできんよ」


 五十年以上も甘い蜜を吸い続けてきたなら、その価値観を変えることは難しいだろう……――弱者を救うためにがまんをすることを許容できる者は、ここにはいない――。


 自分だけが幸せならそれでいい……そういう考えの集まりだ。


「……あんたらが幸せな生活を送れているのは、過去の偉人のおかげだっ! その人たちは自身を犠牲に、あなたたち世代のために変えようと、現状を壊してきた……――なのに、救われたあなたたちがどうして、未来の子のためにがまんすることができないんだッッ!!」


 男の叫びが響く。


 しかし、顔色を変える者は一人もいなかった。


「君の意見は響かんよ――なぜなら君の『レベル』は――『6』だからだ」

「…………」


「さっき言っていたな?

 自分の意見は通らず、どうしてそこのお嬢さんの意見が通るのか――と」


 赤髪の少女が、自分のことを指差し、「わたし?」と首を傾げていた。


「簡単なことだ。彼女はレベル『28』、君とは違う――桁違いにレベル差があるのだ。

 レベルとは、戦闘能力だけを指すわけではない。高レベルの者が発した意見には、説得力と信用が備わっていくが、低レベルの人間が言った意見は、どうしたって疑って聞いてしまうものだ。君がどれだけ正しいことを言っていたのだとしても、我々に届く意見は信用がなく、説得力もない――

 脳みそまで筋肉なのは、結構なことじゃあないか。そこまで鍛え上げたなら、獲得した経験値も膨大だ。それが自身のレベルを上げてくれる――人として、肉体的にも精神的にも成長し、そして発言にも大きな力が宿る。

 知識と知恵だけでは、人を説得することはできないのだよ、小僧」



 ……それから。


 男の意見は誰も聞いておらず、異議は認められずに議会は終わってしまった。


 広い部屋で一人、残された男は……――崩れるように椅子に倒れる。


 全身の力が抜けた……、脱力して、背もたれに全体重を預ける――。



「人から信用されたいのなら、戦って勝てばいいよ。戦闘能力とコミュニケーション能力は同じカテゴリーで強化されるものだから」


「……お前……」


 斧を肩に担いだ少女が、男の背後に立っていた。


「最初は荷物持ちからだけど、やってみる? わたしの後ろをついてくるだけで、だいぶ鍛えられると思うけど……、一回の遠征で、そうだね……たぶん、問答無用で意見を通すことは難しいけど、異議ありが認められるくらいには、発言力がつくんじゃないかな?」


 ステータスは嘘をつかない。


 レベルは絶対に裏切らない……。


 人から信用を得るのもまた、レベル次第である。





 ▼ おわり ▼

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