それを受け止めた精霊術士は、決意を固めました。

「それじゃあ、そろそろ出発するね。」

「え〜……もう行っちゃうの?」

「リアも新しい装備に慣れたからね。それに、そんなにのんびりしてる余裕はないからね。」

「……む〜……。」

「大丈夫。これが終わったらまた戻ってくるから。」

「……分かった。でも、絶対無事に帰ってきてね!」

「うん。約束する。……それじゃあ、行ってきます。」

「行ってらっしゃい!」


家の玄関でそんなやり取りを交わした後、僕は外で待っていたリアの元へ歩いていく。


「ごめんね。待った?」

「ううん、全然。アイリさんは?」

「少しゴネたけど、絶対に無事に戻ってくるって約束したら送り出してくれたよ。」

「……じゃあ、絶対に帰ってこないとね。」

「うん。アイリを怒らせたくはないしね。」


そんなやり取りを交わしつつ、僕たちは街を歩いていく。


「この街でもいろいろあったね。」

「うん。なんだかんだで賑やかだったし、少し寂しくなるね。」


そんなことを話しつつ、僕はリアと神癒の湯に向かった日のことを思い出していた。


── あの後、この家に戻ってきた僕たちは、


「……おかえり。」

「それで?どうなったんだ?」


と、入り口に立っていたどこか不機嫌そうなアイリとニヤついている師匠に声をかけられた。


「どうなった、とは?」

「あんたらの関係に決まってんだろ?」

「僕たちの関係……ですか?今までと特に変わってないですよ?」

「……は?」

「今までと同じように、パーティーの仲間として冒険することにはなりましたけど……。」

「それだけ……なのか?もっとこう……年頃の男女らしい関係とかは……。」

「僕の事情にリアを巻き込むわけにはいかないでしょうって。」


そんな僕の言葉に、師匠は少しつまらなさそうな顔に、アイリは明らかにホッとしたような顔になる。その様子を見て、僕は何となくの概要を悟り、


「……リア、ちょっと先に行っててくれる?」

「え?」

「ちょっと用事を思い出したから、それだけ終わらせてくるよ。」

「そ、そう?……というか、事情って……?」

「それは後で、関係者皆が揃ってるところでね。」

「わ、分かった。」


どこか腑に落ちない様子ではあったものの、僕の言葉に頷いたリアが家の中に入っていくのを見て、僕はゆっくりと師匠の方を向く。


「さて……師匠、何のつもりですか?」


そして笑みを浮かべながら僕がそう聞くと、師匠が明らかに焦り始める。


「い、いやな?流石にそろそろお前も例の問題をなんとかしないといけないだろ?その点、彼女なら問題ないと思って……。」

「それで、リアを焚き付けたと?」

「か、彼女もあんたに好意を持ってそうだったしな?」

「はぁ……。……アイリ。」

「うん。」


僕がアイリに声をかけると、待ってましたと言わんばかりにアイリが無詠唱で氷魔法を発動し、師匠の動きを封じる。


「ゆ、ユーリ?アイリ?何を……?」

「そんなの、師匠が一番分かってるでしょう?」

「お兄ちゃん、一応後で何があったか教えてもらっていい?」

「いいよ。どうせ師匠に有る事無い事吹き込またんだろうしね。」


そんなことを話しつつ、僕たちは家の中へと戻っていく。


「ユーリ!私が悪かった!だからこれ、溶かしてくれ!」


── 後ろからそう呼びかけてくる師匠をその場に残したままで。




「── ってことがあって、そのうち本家むこうに行かなきゃいけないんだよ。」


その後、僕の家族や家の使用人たちの中でも本家の家督問題に関わっているじじょうをしっている人たちのそろった場で、僕はリアにそう真実を打ち明ける。


「精霊王様からの依頼が終わるまでは無視しててもいいとは思うんだけど、その後はどうなるか分からないんだよね。無理やり連れていかれる可能性もあるし、最悪パーティーを解散する必要も出てくるかもしれない。」

「そんな……。」

「……これが、僕の一存じゃ答えられなかった理由だよ。この問題は、下手に動くと影響が大きすぎる。それに、選択によっては、リアも本家の柵に囚われることになっちゃう。……改めて聞くね。それでも、リアは僕と一緒にいたいの?」


僕がそう問いかけると、リアはしばらく考えるようなそぶりを見せた後、こう口にする。


「私は……。……私はそれでも、ユーリと一緒にいたい。」


そう言い放ったリアの目は真っ直ぐで、強い光を宿していた。


「……そう。分かった。……じいちゃん。」

「ああ。分かっとるわい。儂としても、昔は彼女をユーリの相手として考えとったしな。」

「アイリは……。」

「……あんなのを聞いたら、反対できないよ……。でも、私はまだリアさんを完全に信用したわけじゃないから!もしお兄ちゃんを困らせるようなことをしたら、許さないからね!」

「でしたら、信頼してもらえるように頑張らないとですね。」


どこか意地になったようなアイリの言葉にリアがそう返す。その頃には、さっきまでの張り詰めた空気は弛緩し、朗らかなものへと変化していた。


「── でも、ユーリが貴族の家督争いに巻き込まれてるって聞いた時は驚いたなぁ。」

「正直、僕も面倒だなって思ってるけどね。……でも、よかったの?」

「何が?」

「このままだと、リアもいろいろと言われることになっちゃうけど……。」

「いいの。私がそうしたいんだから。」

「そっか。……それじゃあ……。」


街の中心部にある広場の、大きな噴水の前で、僕は歩みを止める。そして、リアの前に膝をつき、虚空から一つの指輪を取り出す。シンプルな魔法銀ミスリルのリングで、彼女の瞳のように透き通ったアクアマリンが輝きを放っている。


「これからも、よろしくね?」


そのままリアの左手の薬指に指輪それを通しつつ僕がそういうと、彼女は花が咲いたやうな笑みを浮かべて


「こちらこそ!」


と言うのだった。

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