第9話 収穫祭⑤


 それからどのくらい経ったのだろうか

 数分かあるいは数十秒だったかもしれない、だが無限にも感じる時間だった


 アシュは強化を掛け直してから動ける時間が徐々に少なくなっていく

 化け物も再生速度が徐々に遅くなっている

 どちらも限界が近い


 そしてついに化け物の腕の再生が止まった

 エネルギーを使い果たしたのだろう


「次で最後だな・・・・!」


 アシュは最後の力を振り絞り軋む身体を無理やり動かす


 全身が痛みで熱い

 既に節々の感覚はない

 何万回と繰り返してきた動きを気力だけで繰り替えす


「うあああああああああああああああ!!!!!!!」

「グガアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」


 最後はお互いの気力がぶつかり合う

 衝撃音の後、ドサッと何かが落ちる

 その数秒後に崩れ落ちる巨体


 化け物の首が飛び、身体は地に伏した


「勝・・・・った・・・・」

「・・・・アシュ!」


 全身の力が抜けその場に倒れる

 様子を見守っていたミリアが駆け寄ってくる


「はは、こんなんじゃ師匠に合わせる顔がないな・・・・」

「・・・・ごめん、私のせいで・・・・!」

「ミリアを守るのが俺の役目だよ・・・・」


 安心したのも束の間

 周囲に不気味な声が響く


「ゲロゲロゲロゲロゲロ!」


 ドォン!


 地響きとともに現れたのはラージトードとそのしもべたちだった



「各地の戦況は?」

「キングトードは上位冒険者たちのおかげで何とか抑え込めてます」

「それはいい知らせと思いたいですね・・・・」

「ただ・・・・防衛線の限界が近いです、やはりラージトードとマッドトードの数が多すぎます」

「仕方ありません、防衛ラインの範囲を狭めましょう

 スケリーの街からの応援は向かっているでしょうし、多少通過させても後続に対応してもらうことにします

 伝令を出しておいください」


 キングトードの出現から3時間が過ぎた

 一般人の避難はあらかた完了し、残っているのは冒険者とギルド職員くらいだ


 観光客の物見台となっていた丘の上に仮拠点を設置し状況の確認にあたる

 隣に設置した救護室には負傷した冒険者が絶えず運ばれてくる

 目視できる範囲にもマッドトードが現れ始めている

 この拠点を崩されては残っている冒険者たちの退路が断たれてしまうため、多少範囲を狭めてでも防衛線を厚くし、拠点を維持することを選んだ


 拠点の周囲にいるのはEランク以下の冒険者たちだ

 DランクとCランクの冒険者は防衛線を構築してもらい、Aランク、Bランクの冒険者はキングトードの対応を任せている

 マッドトード程度であればEランク冒険者たちでも対処ができるため、防衛線を抜けてきたとしてもさほど脅威ではないが、ラージトードが来てしまうと対処が難しくなる


 目撃情報ではラージトードはすべてキングトードの側にいると聞いているが油断は禁物だ


 すると屋台の瓦礫が立ち並ぶ方から冒険者が現れた

 どうやら1人は負傷しているようだ


「あれは・・・・トラガリの2人ですか・・・・?」

「遠くてはっきりとわかりませんが、恐らくそうかと」

「なぜ、向こう側から・・・・?」


 防衛線縮小の指示は出したばかり

 まだ沼地を抜けたマッドトードはさほどいないはず

 トラガリほどの実力者がなぜボロボロなのか・・・・


 ハンツが感じた違和感を考察する間もなくギルド職員が拠点に飛び込んできた


「報告します!防衛線の東側にてラージトードが現れて防衛線が決壊した模様!

 その場で防衛にあたっていた1パーティが全滅したとのこと!」

「なんですって!

 手を打つのが遅かったか・・・・!」


 ハンツは一瞬後悔するがすぐに切り替える


「まずは今ラージトードがどこにいるか確認してください

 くれぐれも無茶はしないように!

 それから防衛線に参加しているCランク冒険者を何名か呼び戻してラージトードの討伐に向かわせてください!

 負傷者の中で動ける者は戦闘準備を!」


 職員たちは慌ただしく動き始める

 ラージトードがここに現れたらひとたまりもない

 ハンツ自身も拠点防衛のため戦闘準備をする


 ハンツは元Bランク冒険者だった

 現役であればラージトードを倒す自信はあったが引退して数年経つうえ、ハンツは魔法職だった

 ハッキリ言って魔法耐性の高いトード種とは相性が悪い

 1対1ならまだしも物量で攻められると防衛は難しい


 そしてふと思い出す

 そういえばトラガリの2人は・・・・


 2人の方向に視線を向けたときだった


 ドォン!


 着地と同時に伝わる地響き

 トラガリの2人が小さく見えるほどの巨体

 そのさらに後方には飛び跳ねる無数のマッドトード

 そして何より目を引いたのはその赤い肌巨体


「変異種・・・・だと・・・・?」


 慌ただしかった拠点が静まり返った

 通常焦げ茶色の肌を持つはずラージトードが燃えるような赤い肌をしている

 この場の全員の視線が釘付けとなった


 変異種の出現は極稀に報告される

 年に1度あるかないか程度の出現率である

 通常種と異なる特徴を持つ個体を総じて変異種と呼ぶ


 特徴は様々だが、共通して言えることは通常種よりも強力である

 感覚的には討伐ランクが1ランク上がると言われている


 つまり、上位種、変異種、マッドトードの群れを加味したときの討伐ランクは

 『Bランク』



「・・・・アシュ、もうちょっと!」


 再び【魔力変換】使い、ラージトードたちから何とか逃げ延びたものの魔力も体力も尽きてしまった

 全身の筋肉は千切れ、動かすこともできない

 ミリアの華奢な肩を借りてはいるものの、ほぼ引きずられている状態だ


ドォン!


 「ゲゲゲゲゲゲ!」


 真後ろにラージトードが現れた

 こいつ俺たちが人の多いところに行くまで泳がせてたな

 もう用済みってか


「ミリア、もういい、ミリアだけ逃げてくれ」

「・・・・アシュ!だめ!」


 ミリアの肩から手を放し地面に倒れる

 だがミリアはそれを許してくれない

 悪趣味なラージトードはニタニタした顔でその様子を眺めている


 頼む、ミリアだけでも・・・・

 視界が徐々に暗くなる

 ミリ・・・ア・・・・


 視界が閉じる寸前

 懐かしい感覚に包まれる


 何だろうこの感覚は

 すごく安心する


 あぁ、思い出した

 良く知ってる魔力だ―――



 絶望的だった

 討伐ランクはBランク

 現状の戦力でどうこうできるレベルじゃない


 トラガリの2人を助けに行くこともできない


 情けない

 何のための力か

 何のためのギルドマスターか


 情けなさが胸を満たす


 この距離ならハンツの射程距離ではあるが、2人も巻き込んでしまう

 ハンツはアシュとミリアそしてラージトードを見つめながら唇を噛むことしかできなかった

 何もできない。この無力さが、ただただ重かった


「せめて・・・・せめて後続のマッドトードだけでも・・・・!」


 元冒険者として、ギルドマスターとして少しでも後続につなげる

 覚悟を決めた時だった


 一陣の風が吹いた

 その風は暖かく、不思議と絶望に支配されていた心を和らげるかのような優しい風だった

 それが魔力の余波だということに気付くのにそう時間はかからなかった


「・・・・デザートテンペスト!」


 ラージトードの足元に、巨大な魔法陣が発現する

 瞬間、砂塵の大暴風が巻き起こった

 砂塵の渦はラージトードの巨体を軽々と巻き上げ、周囲のマッドトードを巻き込み巨大化していく

 中には鋭い岩が混じっており、ラージトードたちを容赦なく切り刻む


「あれは上級魔法・・・・!?」

「上級魔法だって!?」

「上級魔法って言ったらBランクの魔法職がやっと使えるもんだろ!?」

「俺初めて見た・・・・」


 絶望に沈んでいた周囲の冒険者たちが、声をあげた

 どよめき、歓声、驚嘆

 戦場の空気が、一瞬で希望へと変わる


 興奮している周囲とは裏腹に同じ魔法職のハンツは、そのの異常さを誰よりも理解していた


 ここからでは見にくいですが、別の魔法を使っている?

 ただ上級魔法を行使しただけじゃない

 あの規模、その圧倒的な魔力制御

 わかっていたことだが、一見して痛感させられた


 彼女はただ者じゃない。


「やはりユニークホルダーですか・・・・」


 感嘆と驚愕が入り交じったつぶやきは周囲の歓声にかき消された


 ドスン!


 数秒後、地面が揺れる。

 砂嵐が晴れた先にラージトードの巨体が無残に横たわっていた。


「うおおおおおお!!!!!」


 冒険者たちの歓声が、爆発した。


 だが、ハンツはただ立ち尽くし、目の前で起きた現実を噛み締めていた。

 自分の絶望を、少女の才覚が軽々と吹き飛ばしていったのだと。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る