第11話 さよなら

朝。

屋敷に差し込む光が、いつもより淡く見えた。


まるで、何かが終わることを知っているかのように。


 


悠真は、旧書から引き出した儀式の手順を丁寧に並べていた。

蝋燭、塩、古びた短冊、そして──願いを書いた紙。


 


「……蓮。お前を、自由にする」


 


静かに呟いた言葉は、部屋の中で誰に返されることもなかった。


蓮の姿は、もうどこにもない。

声も、気配も、ない。


けれど、悠真は感じていた。

すぐ隣にいるかのような、あたたかな気配を。


 


──願いを、ほどく。


自分の中に縛られていた、幼い頃の“こわかった”と“いてほしかった”を。

そして、蓮への、今の想いも──すべて、解き放つ。


 


「……ありがとう。お前がいてくれて、俺、ちゃんと強くなれた」


 


蝋燭に火を灯し、紙に火をつける。

ゆらりと揺れる炎が、黒い灰になって舞い上がる。


 


それは、過去との決別。


でも、それだけじゃなかった。


 


「蓮──」


 


灰が風に舞い、光の粒となって空へと昇っていく。


その中に、確かに見えた。


笑って、手を振る蓮の姿。


 


「……バカ。笑ってんじゃねえよ……俺、泣くじゃん……」


 


涙が止まらなかった。


でも、悠真は顔を上げた。

泣きながら、笑って。


 


「またな──蓮」


 


 


屋敷の空気が、ゆるやかに変わる。

長い長い時間、そこにいた気配が、静かに消えていった。


 


本当に──いなくなった。


 


蓮は成仏した。


悠真の願いを解いて、自由になった。


 


でも──


 


それで終わりじゃなかった。


 


 


 


──数日後。


 


朝。目覚ましの音。


ぼんやりと目をこすりながら、悠真はキッチンへ向かった。


 


……そして、そこで固まった。


 


「──おはよ、悠真」


 


エプロンをつけて、フライパンを振っている見覚えしかない後ろ姿。


振り返ったその顔は、間違いなく──


 


「……蓮……!?」


 


「なんか、戻ってきちゃった」


蓮はあっけらかんと笑った。


「ほら、俺って未練がましいし? しかもお前、俺のこと好きすぎだし?」


 


「いや……え? は? はあああああ!?!?」


 


悠真は絶叫する。


蓮はふふっと笑って、卵焼きを悠真の皿にぽとりと置いた。


 


「ただいま」

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