13

 どうしようもない沈黙があった。草平は、多分本気だった。別に好きでもない俺を、なんならうっすら嫌いなのであろう俺を、抱こうとしていた。ただ、ここに引き留めて一緒に死ぬために。

 俺だって、冗談でこんな田舎の温泉街までやってきたわけではない。俺は、いつだって本気だった。草平が本気になったのは、今日がはじめてだとしても。

 ここに来る前に電話をかけた、李緒さんの言葉を思い出した。

 『ノンケに惚れるとろくなことにならないんだから、気をつけなさいよ。』

 その通りだ。言われたときは、気を付ける、なんて時期はもう過ぎてしまったな、と思ったのだけれど、そんなことはなかった。ずっと今まで、気を付け続けなければいけなかったのだ。草平に子どもができたとき、こうやって彼に引きずられてしまわないように。

 「……離して。」

 「なんで。」

 「なんで?」

 「お前、俺のこと好きだろ。」

 学生時代、草平に寄せていた思いを言い当てられた時を思い出させる、傲慢な台詞だった。けれど、その傲慢さの底に、草平の不安を見たような気がした。お前は、俺のこと好きだろ、お前だけは。

 草平は、俺のことなんか全然好きじゃないくせに、俺に好かれてはいたいのだろう。菜乃花さんがいるくせに、恐らくは彼女からの好意を信じ切れていないのだ。だから、子どもができてこんなふうに混乱しているのかもしれない。

 「……好きだったよ。好きだった。でも、もうおしまい。」

 草平を好きだ、と、口に出したのはこれがはじめてかもしれないな、と思った。態度で草平には鬱陶しいほど分かっていただろうけど、こうやってはっきりと口に出すのは。これまで口に出さなかったのは、俺の最後のプライドだったのかもしれない。

 「死ぬなら、ひとりで死んで。草平にはできないことだけどね。できないんだから、菜乃花さんのところに戻って、父親やりなよ。案外向いてるかもしれないよ。」

 突き放したつもりの言葉だったけれど、冷たくは響かなければいいと願った。これで最後なのだから。もう、彼には会えないのだから。

 「……守也?」

 迷子になった子どもみたいに、草平が心細げに俺を呼ぶ。俺は、なんとか彼に微笑んで見せた。

 「少し酒でも飲んで、明日の朝帰ろうか。」

 短い無言の間の後、草平が目を伏せて頷いた。俺はそのことに、心の底から安堵した。もう一回。もう一回だけでも縋られたら、きっと俺は、草平に落ちていた。

 

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