第7話 ナイルへの道!遺跡と文明の兆し

緑のオアシスを後にし、隼人とケプリは再び砂漠へと足を踏み入れた。

オアシスの緑はすぐに後方に霞み、再び見渡す限りの砂と空だけの世界に戻った。

しかし、心持ち、足取りは軽い。

オアシスで得た水と食料、そしてこの世界の大きな流れを知る情報が、確かな力となっていた。


ナイル川を目指すこの旅は、オアシスへ向かう道よりも少しだけ、しかし確実に景色が変化していった。

単調な砂丘だけでなく、岩がちな丘や、かつて水が流れたであろう涸れ川の跡(ワジ)が現れるようになった。

地面の色も、場所によっては赤みを帯びた砂利が多くなる。


ケプリは変わらず頼れる相棒だった。

砂漠の地形を読み、太陽や星を見て方角を確認する。

ラクダの世話も全て彼がやってくれる。

隼人は、彼の持つこの世界での生きる知恵に、改めて感心した。


言葉の練習も続けた。ケプリは辛抱強く隼人の発音を直し、新しい単語を教えてくれる。


「ハヤト!あれ!『イワ』!」


ケプリが指差すのは、大きな岩だ。


「イワ…オーケー!ロック!」


「ロック?…イワ!」


「イワ…うん!イワ!」


少しずつ、覚えられる単語が増えていく。日常生活、旅に必要な単語から、簡単な形容詞や動詞へ。コミュニケーションの幅が、ほんの少しだが広がっていくのを感じた。


旅の途中で、他の旅人たちとすれ違うこともあった。オアシスを行き来する商人や、別の集落から来たらしい人々。彼らもラクダやロバに荷物を乗せている。


遠くから彼らの姿が見えると、ケプリは注意深く様子をうかがった。中にはあまり良い雰囲気でない者たちもいるらしい。幸い、危険な目に遭うことはなかったが、この砂漠が自分たち二人だけのものではないことを実感する。


一度、五頭ほどのラクダを連れた商人の一行と近くで野営することになった。彼らは警戒心が強かったが、ケプリがソベク様から預かった信物を見せると、少し態度を和らげた。


隼人は彼らの荷物や装備を観察した。セネト村やオアシスでは見かけなかった、金属製の道具や、模様の入った美しい布などがある。この世界の技術レベルの片鱗を垣間見た気がした。


商人の一人が、ラクダの荷台の車輪の具合が悪い、とケプリに話しかけていた。木製の車輪が軋み、うまく回らないらしい。


隼人は、ジェスチャーと片言の言葉で「見せてください」と申し出た。


商人は怪訝な顔をしたが、アメンやソベク様から聞いた「賢者」の噂を思い出したのか、あるいは隼人の物怖じしない態度に押されたのか、渋々といった様子で見せてくれた。


隼人は車輪を調べた。軸受の部分の木材が摩耗して、ガタつきが大きい。さらに、潤滑が足りないようだ。


(これは…摩擦を減らせばいいんだ。軸受を滑らかにするか、間に何か挟むか…いや、応急処置なら、油か、あるいは硬い木の破片を挟み込んでガタつきを減らすとか…)


油はないが、ラクダの蹄の手入れに使っていたらしい、少し粘り気のある動物性の脂をケプリが持っていた。


隼人は、その脂を軸受の部分に丁寧に塗り込んだ。そして、摩耗して隙間ができた部分に、拾った硬い木の枝を削って作った小さな破片を慎重に嵌め込んで、ガタつきを減らす調整をした。


商人は半信半疑でその様子を見ていたが、隼人が作業を終え、「これでどうだ」とジェスチャーで示すと、恐る恐る車輪を回してみた。


ギシギシ鳴っていた車輪が、先ほどよりずっとスムーズに回る!ガタつきも明らかに減っている。


商人の目が点になった。


「おお!これは…一体どうやったんだ!?」


ケプリが誇らしげに、「ハヤト様は賢者だ!」とでも言うように説明してくれた。


商人は驚きと感謝の表情で、隼人に貴重な水を少し分けてくれた。たったこれだけのことで、感謝される。隼人は、科学知識がここでも役に立ったことに、小さな喜びを感じた。


さらに数日旅を続けると、砂漠の景色はより一層変化していった。涸れ川の跡は幅が広くなり、その周辺には枯れてはいるが、草や木が多く生えている。


そして、ある日、彼らは小さな遺跡のようなものに偶然出くわした。


砂丘に埋もれかけた、人工的な石組み。巨大な石が、正確に加工されて積まれている。崩れかけた壁や、何かを奉っていたような祭壇の跡らしきものもあった。


「これは…!」


隼人の科学オタク兼古代文明オタクの血が騒いだ。ケプリは「古い石だ」というように特に気に留めていない様子だが、隼人は違った。


「ケプリ!ここ見てくれ!」


隼人はケプリを呼び、石組みを指差した。巨大な石と石の合わせ目、その精巧さ!どうやってこの巨大な石を運び、これほど正確に積み上げたんだ!?


「これ…どうやって作ったんだ?すごい技術だぞ!」


隼人は興奮しながら、石の表面を手でなぞり、加工跡を調べた。ノミのような道具で削った跡はあるが、驚くほど滑らかだ。そして、石と石の間に隙間がほとんどない。現代の技術でも、これほど正確に積み上げるのは簡単ではないだろう。


崩れた部分の石の配置を見て、構造を推測する。てこの原理や、傾斜路、あるいは滑車のようなものが使われたのだろうか。それとも、もっと原始的な力任せの方法だったのか?


隼人の頭の中は、古代の土木工学や建築学の疑問でいっぱいになった。


ケプリは、隼人が石を撫でたり、地面に何か図を描いたりしているのを、不思議そうに見守っていた。


「ハヤト様…ナニガ…オモシロイ…?」


「ああ、これか?これはな、昔の人が、すっっごい知恵と力で、このデカい石をここに運んで、積み上げたんだ!どうやったのか考えるのが、面白いんだよ!」


隼人は興奮を抑えきれずに説明する。言葉は通じなくても、彼の熱意は伝わったらしい。ケプリは首を傾げながらも、隼人の指差す方向を興味深そうに見ていた。


遺跡は、かつての文明の断片だ。あの大きなピラミッドも、こうした技術の延長線上にあるのだろうか?それとも、魔法のような力が使われているのだろうか?


遺跡での発見は、隼人の探求心をさらに掻き立てた。この世界の過去の技術レベルを知ることは、現代科学との比較の上でも重要だ。


遺跡を後にし、さらに旅を続ける。


砂漠の景色は、一層緑を増していった。涸れ川の跡はより深く、広くなり、その淵には背の高い草や木が密集している。鳥や、これまでの砂漠では見かけなかった種類の小動物の姿も増えてきた。空気も、心なしか湿り気を感じる。


そして、旅を始めてから数日後。


地平線の、遠くの方に、それまでとは違う、濃い緑色の線が現れた。それはオアシスのような点ではなく、途切れなく続く、壮大な緑の帯だった。


その緑の帯の手前には、畑らしきものが見える。砂漠では考えられなかった、人の手で耕された土地だ。そして、その畑の向こうに…きらめく水面が見えた。


「ケプリ…あれ…あれは…!」


隼人は指差した。


ケプリもそれを見て、顔を輝かせた。


「オオ!ハヤト!あれが…『ナイル』だ!」


「ナイル…!」


ついに、たどり着いた。


過酷な砂漠の旅を乗り越え、彼らはこの世界の文明の母とも言える、巨大な川のほとりに立ったのだ。


地平線の彼方まで続く緑の帯。そして、悠然と流れる大河。


その光景は、隼人の想像を遥かに超える壮大さだった。


砂漠の果て。ここから、この世界の本格的な文明圏が始まる。


ナイル川のほとりに。


隼人の、新たな冒険の舞台が広がっていた。

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