第4話 俺はシスコンじゃねぇ

  ◇



 ……とある月曜日。


「おはよ」

「お、焔か……おっす」

 朝の教室にて。俺は隣の席の男子に挨拶する。その男子は机に突っ伏していたが、俺に気づくと顔を上げて挨拶を返してきた。

「なんか疲れてるっぽいな? 大丈夫か? コー」

「まあ、なんとか……」

 彼の調子が悪そうだったので心配の言葉を掛けるも、コー―――益田幸太郎は力なく頷くだけだった。

「おはよー。……ってあれ? こーちゃん、もしかして元気ない?」

「美由紀……そんなに疲れてるように見えるか?」

 続いて教室に入ってきた女子生徒―――本町美由紀も、コーを見て俺と似たような台詞を漏らした。……俺とこの二人は幼稚園時代からずっと同じ学校、同じクラスの、いわゆる幼馴染である。単に付き合いが長いだけでなく普通に仲も良く、学校ではこの三人でつるむことが多かった。

「いや、朝からねーちゃんと色々あってさ……」

「「あー……」」

 コーの言葉に、俺と美由紀の声が重なる。……コーには、俺たちより一つ年上の姉がいる。その姉というのがかなりの問題児であり、うちの美紅姉とは比べ物にならないくらいヤバい人なのだ。

「それで朝から疲れてんのか……何というか、ご愁傷様」

「おーう……いや、マジでそろそろ勘弁して欲しい。部屋の鍵も平然とピッキングするし」

 俺が労うと、コーは愚痴を漏らしながら再び机に突っ伏す。……こいつの部屋には鍵が取り付けられているのは知っているが、コーの姉はそれすらも開けてしまうのだとか。そもそもその鍵自体がコーの姉の問題行動を対策するために取り付けたらしいのに、その本人に対して機能してないのはヤバいな。

「うちも部屋に鍵つけるか……?」

 コーの話を聞いて、俺も自室に鍵をつけようかと思案する。彼の姉程ではないにしても、我が家にも問題行動を起こす姉、というか美紅姉がいるからな……最近は暖かくなってきたから頻度は減ってきたが、いい加減布団に忍び込まれるのはやめて欲しい。

「おっはよー! ……って、なんかここ暗くない? どしたん?」

 すると、今度は別の女子生徒が教室に入ってきて、俺たちのところにやって来る。

「あ、すみれ。こーちゃんが朝からお疲れなの」

「ほほーぅ。さては昨日の夜にハッスルしまくったなこの猿め。何発ヤッたんじゃい、このこの!」

「やめてくれ……今は割と洒落にならねぇよ……」

 美由紀の説明を聞いて女子生徒―――赤原すみれは、その口から下品な台詞をぶっ放った。……赤原は、テンプレと言わんばかりに見事なギャルの恰好をしている。ガッツリ染めた金髪に、着崩した制服、コテコテのアクセなどなど。そしてその見た目を裏切らないビッチでもある。下ネタ連発なんてまだ可愛いもので、男関係の奔放さは校内でも有名だ。まだ入学して間もないのに、俺とコーを除いたクラスの男子全員と関係を持ったという噂(というか一部の生徒は認めているので半ば事実)を作り出した、これまたヤバい奴である。

「ちょっとすみれ、こーちゃん本気で困ってるんだから、あんまりからかわないの」

「へーい……」

 そんな赤原を、美由紀が窘める。……赤原とは対照的に、美由紀はとても大人しく、外見もかなり地味な女子である。男子と付き合ったという話も聞かないし、そういう関係を持ったということも(少なくとも俺が把握している限り)ないという、これまた見事な芋女である。赤原とはまるで正反対にも関わらず、何故かこの二人は仲が良い。というか、美由紀は割と誰とでも仲良くなれるので、赤原も数いる友達の一人だったりする。―――そのお陰で、俺たちにも絡んでくることが多いというのが困りごとなのだが。

「でもさ、そのお姉ちゃん? って本気でそんなことしてんの? ウチにも弟がいるけど、さすがに弟相手にそういう気は起きないんだけど……」

「生憎と、うちのねーちゃんは常識ってもんを持ち合わせてないからな……」

 赤原の言葉に、コーが力なく答える。……赤原が言っているのは、コーの姉の所業についてだ。コーの姉は彼のことを異性として、しかも性的な意味で好きらしく、家の中で様々なアプローチを仕掛けてくるのだとか。明日香姉の理論を借りるなら、コーに対するベクトル(x(女の子として見てもらいたい度),y(恋愛対象として見てもらいたい度),z(性的に見てもらいたい度))は(100,100,100)ということになる。

「まあ、今朝はまだマシだったよ。ズボン脱がされる前に目が覚めたし」

「「「うっわ……」」」

 コーの呟きに、俺と美由紀、赤原の声が重なる。……コーの話を聞いていると、美紅姉はまだ姉弟としての領分を守っているほうだったんだなって思い知らされる。やっぱり添い寝と首舐めるのくらいは許してやるべきか?

「あ、じゃあさ、ウチと一発ヤるってのはどうよ? さっさと童貞捨てれば諦めるんじゃない?」

「いやそれだけは絶対ねーわ」

「えー? なんでそんなに嫌がるかな……」

 名案とばかりにセクハラ発言をする赤原だが、コーに一蹴されている。まあ、俺もこんなビッチは願い下げである。それに、こいつで貞操捨てたらそれはそれで大事になりそうな予感しかしないし。

「あんたたち二人のせいで、ウチの「校内の男子全員穴兄弟計画」が初っ端から躓いてるんだけど。なんでそんなに頑ななん?」

「「うるせぇ黙れこのクソビッチ」」

「酷っ……!」

 赤原がトンデモ発言をかましたせいで、俺とコーの罵倒がシンクロした。美由紀もいるのになんて台詞を……。

「ねえ、あなきょうだい? って何?」

「それはね―――」

「「美由紀は知らんでいい」」

 案の定、美由紀が変な単語に興味を示してしまったので、赤原が吹き込む前にガードしておく。……別にずっと無垢でいろとは思わないが、少なくとも普通に生きていく上では知らなくていい単語だからな。赤原に引っ張られてビッチになられたら目も当てられない。

「そういや白神もお姉ちゃんいるんだっけ? そっちはどんな感じなん? 普通? それともヤバい感じ?」

「うちは普通だと思うが」

 すると、赤原の興味が俺に移った。こいつと喋るのはあんまり好きではないが、美由紀に変な知識を教えられても困るので、大人しく乗っておくことにする。

「例えばどんな感じ? 全然口利かないとか?」

「いや普通に話すし、仲は良いと思うぞ? 休日は大体一緒に出掛けてるし」

「休日に大体……?」

 姉たちとのデートの話をすると、赤原が首を傾げた。どうしたんだろうか?

「それって、要するに土日はいつも出掛けてるってこと?」

「まあ、そうなるな。昨日と一昨日も出掛けたし」

 姉たちとのデートは、土日であれば基本的にほぼ毎週だ。俺が高校受験で忙しかった時期とか、何かしらの用事が入っている週はないが、特に何もなければ必ずと言っていいくらいには出掛けている。

「ちなみに、どこ行ってんの?」

「昨日は美紅姉と運動公園行ってバスケとかしてたな。まあまあ疲れた。一昨日は明日香姉とゲーセンで色々遊んでた。最後のほうはクレーンゲームで景品乱獲してたな」

「あ、お姉ちゃん二人いるんだ」

 週末の出来事を話していたら、赤原が変なところに食いついた。……そういえば、こいつには俺に姉が二人いるって話してなかったか。姉がいること自体は知られていたんだが。

「お姉ちゃん何個上なん?」

「二人とも八つ上で、今は社会人だな」

「へぇー、結構離れてるんだ」

 なんかいつの間にか赤原との会話が盛り上がってる気がするが、まあ姉たちの話はしていて楽しいし、ちょっと癪だが別にいいか。

「やっぱお姉ちゃんたちも美人なん?」

「やっぱってなんだよ?」

「いや、白神って割とイケメンだし、お姉ちゃんも美人なんかなって」

 なんか唐突に俺の顔面の話になったが、俺って言うほどイケメンか……? 少なくともブサメンではないとは思っているが。まあいいか。

「まあ、客観的に見て割と美人だな。明日香姉とか、学生時代は恋愛絡みのトラブルに巻き込まれまくってたし。今でもたまにナンパされるって言ってた」

 俺の顔面偏差値はともかく、姉たちは普通に顔面偏差値高めだ。明日香姉の恋愛トラブルは当時かなり愚痴を聞かされたし、ナンパの話も聞いてて相手の男に殺意を覚えたが……今は関係ないか。

「へぇー……じゃあ、白神は美人のお姉ちゃんを見慣れてるから、ウチに靡かないのか……」

「いやそれはお前がクソビッチだから」

「酷っ……! そんなビッチビッチ言わなくてもいいじゃん! 事実だけど!」

「事実ならいいだろ」

 教室で穴兄弟云々言い出す奴はクソビッチで十分だと思う。本人も認めてるんだし。

「いやー、でもお姉ちゃんと毎週デートはさすがにちょっと引くかな……ウチなら弟とデートとか、一回だけでも願い下げだし」

「なんで俺引かれてるんだよ……?」

「ほむちゃん、これが普通の反応だと思うの」

 そこまで話して、何故かドン引きの姿勢を見せる赤原。そして彼女を擁護する美由紀。解せぬ……。

「なんかそんな気がしてたけど、白神ってやっぱシスコン?」

「うん。筋金入りのね」

「あー……」

 赤原と美由紀がなんか分かり合っていた。……失敬な。俺は別にシスコンではないはずだ。

「ちなみに、こーちゃんのほうも、こんなこと言ってるけど結構シスコンだからね。ちょっと向こうの度が過ぎててドン引きしてるだけで」

「マジか……シスコン二人はさすがに相手し切れないわ……」

「なんか俺までディスられてる?」

 更には、コーにまで流れ弾が当たっていた。確かにコーは姉に辟易しつつも嫌ってはいないが、それは別にシスコンとは呼ばないだろう。

「シスコン呼ばわりされるの、不本意すぎるな……」

「それな」

「「いやどの口が言ってんの?」」

 俺とコーが頷き合っていると、女子二人に突っ込まれた。……そんな感じで、朝のホームルームが始まるまで、四人で駄弁っているのであった。

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