(17)富士山頂
翌日は、午前四時ごろ起床し、支度をして午前五時前に出発した。八月であっても、早朝の富士山の七合目は寒い。すでに山小屋の前とその前後の登山道は、登山者でいっぱいである。四人は登山者の列にうまく加わり、ゆっくりと登っていった。
登りは順調に、というより、人の流れに乗っていき、気持ちとしては半ば自動的に山頂まで登っていくような感覚だった。無事、昼前に頂上に着く。四人が登って来たのは富士山の北側の吉田口からなので、山頂も北側に出る。山頂に着いたところで振り返ると、富士五湖の一つの山中湖が見えた。
「うわぁ、これや! これが見たかった」
アヤミの眼下には湖がくっきりと見えている。ちょうど昼過ぎなので、太陽は背後にあって、前方の湖の水面が明るく光って見える。アヤミはそばにいるアズサに呼びかける。
「アズサちゃん、これや、これ。ウチが石山で見た琵琶湖とおんなしなんよ。湖が光っとる」
アズサもアヤミの言葉に引かれて、湖を見下ろす。確かにこれまで見たことのない風景が広がっていた。
アヤミがヨウスケと父は、登山道の先を見ていて、あまり下を見ていないのに気づく。
「お父さん、ヨウスケさん、こっち来て見はって!」
と二人にも山中湖を見せる。先にアヤミの横に来たヨウスケが、
「うわ、すげえ」
と素直に驚く。父も、
「まるでホンマの航空写真やね」
と感心しきりである。
四人は、さらに歩いて山頂を回る。北側から西側に行くにつれて、吉田の町と、富士五湖の河口湖、西湖、精進湖、本栖湖もチラチラと見える。アヤミは、ところどころ、山頂の登山道の端に立って、下界を見下ろした。
「なぁ、アズサちゃん、ウチらの地元、なんで『オウミ』言うか知っとる?」
アヤミが、いきなり二人の地元の「近江」地方の語源を尋ねる。
「え、あ、確か『近つ淡海』の『あはうみ』がなまって『オウミ』になったて」
「さすがやな。そうや。琵琶湖が京都から近い淡水湖やから、『近つ淡海』でオウミ、遠い方が浜名湖の『遠つ淡海』でトオトウミ。なんでオウミは『近つ』が抜けたんやろな」
「なんででしょうね。ウチも分かりまへん」
「アハハハ、で、ここにきたら、アワウミが五つも見える」
「そうですね。ホンマ絶景ですね」
この日は天候が良いだけではなく、八月にしては空気も澄んでいて、下界がはっきりと見えている。幸い今日は風も凪いでいる。
「琵琶湖も富士五湖も、こうやって見下ろすと、なんや、不思議な感じしいひん?」
アヤミが何かを感じ取るようにアズサに聞く。
「うーん、はい、うーん、そうかな」
アズサは、本当にきれいな光景というのは十分感じていたが、それ以上の「不思議な感覚」は覚えなかった。その時、不意にそよ風程度の風が二人に吹いた。アズサのさらりとした前髪やアヤミのポニーテールを優しく揺らす。
「アハハハ、そか。ええよ別に。ウチとアズサちゃんは感じ方が違ごうて当たり前や。かんにん」
アヤミは、先日の取材と同じように、アズサに、デジタルカメラで写真を撮るように頼んだ。
「いつもアズサちゃんに撮ってもらってかんにんな。ウチ、自分で撮ってもええけど、それやとアズサちゃんの資料にならんしな」
アヤミはアズサにいつもさりげない心配りをしていた。とはいえ、アヤミも自分のスマートホンで数枚は富士五湖や山頂の風景を撮影した。山頂から下界を見下ろすのを堪能した四人は、もと来た道を戻って、山頂の山小屋で少し休憩をする。
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