第五話『ヒーロー』

「さー……てと。始めますか」



 大剣『エストランザ』を構えるエリックこと大勇者エドワード。ふうっと、軽く息を吐き出し、闘気を地面に解き放つ。



 するとキスタ一味が軽く吹き飛ぶほどの衝撃波が生まれた。



「うわわわわ!!」

「こ……このプレッシャー、本物だ!!」



 こうして『怪物を超える怪物』エドワードと野良ベヒーモスの戦いが始まった。だが、ベヒーモスは既に委縮している。



 大剣『エストランザ』は超重量級の剣だが、そうとは感じさせないスピードで突撃する。本当に人間か?



(まず、狙いは……)



 まずは機動力を奪うため、野良ベヒーモスの脚を狙うエドワード。その横薙ぎ一閃……並の相手なら両断されている。



 しかし、野良ベヒーモスの皮膚ひふには、わずかに傷がついただけ。その様子を見て足元のエドワードを踏み潰しにかかる。



「うおっと!!危なっ!!」



 流石さすがにこれを喰らえばエドワードと言えど、跡形もない。それを難なくかわし、腹部に滑り込む。



「やっぱり並みの剣術じゃさばけないか……。なら!!」



 エドワードは剣を横に構え、目に力を込める。それは何かを見定めているようにも見えた。



「エドワードさん……どうする気だ?」

「あの皮膚ひふは斬れっこねぇよ……無理だ……」

「大丈夫。エドワードならあんな奴、肩慣らしにもならないわ」



 心配そうに見ているキスタたちは、レッドドラゴン……エリザの背中に隠れ、事の顛末てんまつを見守っている。



「エストランザ流解体術……輪斬り!!」



 すると、先程は刃を通さなかった野良ベヒーモスの後ろ足に、するりと刃が通り、見事切り落とした。



 ズドンッ!!と音を立て、脚が地面に落ちる。バランスを失う野良ベヒーモス。だが、エドワードは既に次の手に出ていた。



「うおおおお!!すげえ!!な……何が起きたんだ!?」



 エストランザ流解体術。その生物の筋肉や骨の位置を見極め、その隙間すきまを狙うことで斬る、解体術である。



 だが、本来は料理に用いられるこの技術。それをエドワードは大胆に剣術に応用している。この発想は並の剣士にはない。



 そこにいる皆がエドワードの姿を見失う。エリザですら目で追う事ができない。遥か上空を舞っているエドワード。



 次に狙うのは、野良ベヒーモスの……首だ。



「エストランザ流解体術……斬り落とし!!」



 その一太刀はストン……と音も、無駄な血も出さず野良ベヒーモスの首を斬り落とした。そしてすたっと着地するエドワード。



 それと時間差で、大きな野良ベヒーモスの頭部がズゥンッ……と地に落ちる。命の危険から解放されたキスタたちは大歓喜。



「やっ……」

『やったー!!すげぇー!!エドワード様ー!!』



   ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇  



「エリザと僕の関係?」



 キスタたちは、ドラゴンと友好関係にあるエドワードがいまいち理解できておらず、不思議でしかなかった。



 仮にも『竜王』と呼ばれていることに関係しているのか?だが、その理由は、実に食材調達人らしいものだった。



「僕はこの樹海に時折、食材の調達に来ていてね。僕と、この樹海の主のエリザと協議して、必要以上の食材は獲らないことになってる。でも、この樹海は食材の宝庫でね」



 それはキスタたちも理解した。正に今、この樹海の食材を使ったエドワード特製のお弁当を食べている。



 その風味豊かな食材の味は一流料理店でもなかなか味わえないだろう。そのため密猟者が多発している。



 エドワードとエリザはお互い信頼関係を結び、この樹海を保護しているのだ。それと、エドワードから一つ忠告があった。



「あのさ、僕のことはエリックって呼んでくれないかな?僕のことは大将にしか知られてなくて。……いろいろ面倒でね」



 エドワードの人柄と力があれば、多くの人を救えると思うのだが……。人に求められることは稀有けうな事だ。もったいない。



「僕は料理を学びたくて、この『迷宮学園』にやって来たんだ。勇者はとっくに廃業済みだよ。……それより君たちの処分だな」



 ぎくりとして、背筋が凍るキスタたち。



「ち、ちなみにどの辺でハッタリだとお気づきでした……?」

「ドラゴンの肉でBBQあたり。ドラゴンの肉は強い毒を持ってるからね。毒抜きに三年。その後、熟成に二年かかるし」



   ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇  



「え?ドラゴンの事は口外するな……?」

「そう。彼女には静かに生活して欲しいからね」



 釘を刺されたキスタたち。エリック以外の者では、エリザが住む樹海の最深部までは到達できないだろう。まあ、そのための『食材調達人』という仕事なのだが。



 そしてエリザとの関係は街の者は誰も知らない。知っているのはエリックとその料理の師匠だけだ。



 キスタたちは納得し、約束した。こうして、ドラゴン退治の件は終わった。……いや、何も終わっていないか。



 それよりもエリックはキスタたちの処遇を考えていた。偽物、更には勇者をかたっていたのだ。非難轟々なのは目に見えている。



「あ……!!エリックだ!!お母さん、エリック兄ちゃんだよ!!」

「おう、エリック!!先程、ハンマーポークの肉、届いたぞ」



 さて、どう誤魔化したものやら……。町の者の反応は……。



「勇者様が約束通り、ドラゴンを倒してくれたのか!!」

流石さすが、勇者様だ。エリック、足引っ張らなかったか?」

「かっこいいなー。ねえねえ、ぼくにもけんをおしえてよ!!」



 学生街の者達はすっかり、キスタたちがドラゴンを退治したものと勘違いしている。エリックは否定する気は毛頭ない。



 だが、キスタたちは思いもしなかった行動に出る。



『すみませんでしたーッ!!』



 キスタたちはひたいを地面にこすりつけて、土下座して謝った。その様子に面食らう住人達。あのエリックも驚いている。



「昨日の武勇伝は全部、嘘です!!我々は勇者でも何でもありません!!力も並に毛が生えた程度です!!このエリック君に何とか助けられ、命からがら戻ってまいりました!!」



 土下座したままキスタは続ける。



「ですが、ドラゴンはもう現れません!!我々はどうなっても構いません!!前金もお返しします!!本当にすみませんでした!!」



 そして、ここからが最も驚いた発言だった。



「我々は修行して、食材調達人としてエリック君の弟子になります!!今は役立たずですが、近い将来、この街の力になると公言します!!それでどうか、許していただきたい!!」



 みそぎは少しずつしていけばいい。こうしてエリックに三人の舎弟が出来た。剣士キスタ、魔術師のエミー、戦士のカイザン。



 この三人が将来、『迷宮学園』の東地区の大物戦士団を結成し、その中心に座るのだが、それはもう数年先の話だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る