第四話『偽勇者と大勇者』

 突如現れたレッドドラゴンと、偽勇者キスタを襲った謎の怪物。その二匹は草木の少ない広場で睨み合っている。



『アオオオオオオッ!!』

『ガルルァアアアッ!!』



 二匹の怒号で、『打ち合い』は始まった。一合目。頭と頭のぶつかり合い。その衝撃は目視できるほど辺りに響き渡る。



 その威力は、お互い全くの互角。頭をこすり合わせながら、両者、一歩も引かない。だが初手は様子見だ。



 二合目。怪物の尾の薙ぎ払いがドラゴンの脚を狙う。衝撃で地面はえぐれ、そのあまりの威力を物語る。



 だが、ドラゴンは空を飛び難なくかわす。あのままもらえば、脚はやられていた。



 三合目。今度はドラゴンが角で空中から怪物に急襲する。それに怪物も応じ、角で受け止める。



 良い間合いを取ったのはドラゴンの方。そのまま、組み返して怪物をねじ伏せる。



 不利な体勢を取った怪物だったが、首の剛力だけでドラゴンを引きはがす。お互い一撃決殺の攻撃の打ち合い。



 読み合いを間違えば、そこには死が待っている。



 四合目。両者口を開き、そこに魔法陣が現れる。上級の魔物は高度な魔術を操るものも多数いる。



 辺りは無数の爆発を起こす。ドラゴンがこの場に怪物を連れてきていなければ、甚大じんだいな被害が起きていた。



 相殺そうさいしあう両者の魔術。しかし、全てを打ち消すには至らない。ドラゴンは右の翼を、怪物は左目二つを負傷した。



 だが、既に再生が始まっている。並外れた生命力だ。そして五合目。再び怪物の尾が、地に墜ちたドラゴンを狙う。



 今度は空を飛んでかわすことは出来ない。そこでドラゴンも尾を薙いで対抗する。交差する両者の巨躯きょくが後方に弾け飛んだ。



 ドラゴンも怪物もお互い、決め手に欠けている。その一撃一撃の衝撃に、遠くにいるキスタたちは恐れおののいていた。



 この地獄から何とか逃れなければ……。だが、打つ手がない。



「おいおいおい……。ど、どうする?早く逃げないと……」

「馬鹿言うな、一歩動いただけで巻き添えを食うぞ」

「でも、何もしなくても死んじゃうと思う」



 あれやこれやと、無い知恵を絞っていたそこに、現れたのが。



「あ、勇者様。こんなとこにいましたかー。探しましたよー」

「お……お前は……」

「どうです?ドラゴンはもう退治できました?」



 それは、食材調達を終えたエリック。樹海中を駆け回ったため、木の葉や泥でまみれていたが、全く息を切らしていない。



「ドラゴン退治どころじゃねえよ!!得体のしれない怪物が……」

「ふむふむ。どんな特徴ですか?その怪物とやらは?」

「えっと……だな……」



 エリックはキスタから怪物の特徴を聞く。そこから確信に至る。そうなるとレッドドラゴンには荷が重いかも知れない。



「……それは間違いなく、魔界の魔獣……ベヒーモスですね」

『べ……ベヒーモス!?』



 ベヒーモス。紫色の肌の巨大な猛牛のような魔獣。ドラゴンよりも格上で、性格は極めて獰猛どうもうで残忍。



 流石さすがにキスタたちが偽物の勇者と言えど、名くらいは聞いたことがあるようだ。



「こうしちゃいられない。助けに行きますよ」

「はえ……?だ……誰を?」

「親友です」



 こうして、エリックはキスタたち三人をひょいと軽々、バランスよく持ち上げると、ぐっと深く踏み込む。



「あ……あの……何をなさってるのですか?エリックさん?」

「ちょっと跳びます。間違えても落ちないでくださいね」

「跳ぶ……?え……?ちょ……う!!うわぁあああ!?」



 そう言うとドンッ!!と轟音と共に、エリック達ははるか上空にいた。単純にジャンプしただけなのに。



 人三人担いでこの跳躍力。とても人間の脚力とは思えない。この男……何者だ?だが、その答えを聞く暇も無く……。



 エリック達は空を切り、『ウラード樹海』を駆け抜け、二頭の怪物が戦う広場の上空に一足飛びで辿り着く。



 ドラゴンとベヒーモス。両者互角に見えていた戦いだったが、徐々にドラゴンが押されていた。



 その間に、エリックとキスタたちが隕石のように落ちてくる。その様子を見て歓喜の声を上げたのは、



「ああ!!エドワード!!来てくれたのね……助かった~」

「エリザ、よく持ちこたえてくれたね。ありがとう」



 先に口を開いたのは何と、レッドドラゴンだった。エドワードって誰……という前に。触れなければいけない点がある。



「え……ドラゴンって……しゃべれんの!?」

「ん?そりゃしゃべりますよ。ドラゴンですから」

「そうそう。失礼な殿方たちね」

「いやいやいやいや」



 ドラゴンは極めて知能の高い種族である。人間の言語程度ならあっという間に習得してしまう。



 そして魔術にも造詣ぞうけいが深く、その知識は並の人間の魔術師の比ではない。それより気になったのは、



「あんた……メスだったのか!?」



 キスタたちが驚くのも無理はない。そのごつごつとした鱗の肌を見る限り、性別の判定は一般人にはできない。



「……エドワード。この子、食べていい?デリカシーがなってないわ。乙女に向かって失礼しちゃうわよ」

「そうですよキスタさん。エリザは立派なレディじゃないですか。いやぁ、今日も美人だね」



 さて、このサプライズ続きの展開。キスタは一通り落ち着いた。……だが、何か忘れている気がする。



「で……エドワード。悪いんだけど手を貸してくれるかしら。この野良ベヒーモス、認めたくないけど、私より強いのよ」

「野良ベヒーモス……」



 このベヒーモス。どこぞの雪原山岳地帯から、転移の魔術に巻き込まれ飛んできたのだろう。



 本来なら人里に現れる魔物ではない。だが、キスタが引っ掛かっているのはそこでもなく。



「エドワード……どこかで聞いた名だな……」



 そんな、談笑をしている連中にけ者にされている野良ベヒーモス。怒りはこちらまで伝わってくる。



 そして、エリック達に向かって、突進してきた!!……だが、



 エリックは野良ベヒーモスににらみを利かせると、野良ベヒーモスは思わず慌てて後ずさりした。



 気迫だけでこの怪物をいなしていた。こんな芸当ができる人間がいるとは……。



流石さすがね、エドワード。やっぱり格が違うわ」

「……思い出した!!大勇者エドワード!!『覇軍の三勇者』だ!!」

「りゅ……『竜王』エドワード!?あなたが!?」



 ようやくキスタたちはエドワードの名を思い出していた。過去に人類と魔族の一大闘争『覇軍戦争』というものがあった。



 その人類の英雄の最たる戦果を挙げた三人の一人が『竜王』エドワードだ。このエリックこそが本物の勇者だったのだ。



「やめてくださいよー。人違いですって」

「いやいや……ええー?なあなあ、あのさ……俺たち」

「……もしかして……とんでもない大物に出くわしてる?」

「……ど、どうやら……そ……そのようね……」



 偽勇者キスタたちは開いた口が塞がらない。飾らない大勇者を見て、恥ずかしくなった。……そりゃあ、格が違うわ。

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