1-18 切り落とされた幕
ファレストロイナが両腕を広げてマントを翻すと同時に、咆哮が轟き街中のガラスが割れ、空が暗雲で覆われ猛烈な風と赤黒い雨が横殴りに襲いかかってきた。
「ウッソでしょ………ッ⁈ちょ、これどうするつもりなんですか…‼︎」
「住民の避難は済んでるよ安心なァ!」
「そういう問題…じゃ、ない…ですよね…っ⁈」
ファレストロイナの右腕から高く空へ向かって魔術の渦を放たれた瞬間、街全体に光が灯ったかと思うと光でできた巨大な槍が嵐の渦中心目掛けて飛来しそこに確かにいるナニカを貫いた。次の瞬間、命中したはずの槍が全て返され着弾地点に巨大な爆発が起きた。そして、嵐の中心から赤黒い雲の球体が降りてきたかと思うと、咆哮とともに晴れ、中からは黒く紅く光る龍が姿を現し、龍の目の前にはまたあのときの少女が現れた。
「あぁーっはは!ソロモン部隊ってすごいねェ!」
燃え上がるスビヤを見下ろしてどこか嬉しそうに叫ぶファレストロイナ。すると、そこへ背後からこちらへ駆けてくる複数の足音とともにウミアの声が響いた。
「ファレストロイナ様!ルディ隊長の命によりアスタロト様とノエル殿をお連れしました!」
「ご苦労だねェ、婆さんと言ったこと見逃してやるよォ」
「ファレストロイナ!これは…どういうことですのっ⁈なにが起こってるんですの⁉︎」
アスタロトの慟哭にファレストロイナは笑顔のまま。
「まぁだ寝惚けてんのかい?エサに釣られてあんたの部下が向こうから会いに来てくれたんだよォ」
「…はっ?エサ…?どういうことですの…?」
「ごめんね、アスタロト様。この数年チステールを脅かしていたソロモン部隊の残滓は、アスタロト様、そしてアスタロト様との縁が深い場所へと頻繁に現れることがわかったの。そして、最近スビヤ付近にたびたび現れるようになった凶暴化した野生のモンスターたちには独特の切り傷が付いていて、だから…」
「囮…てことですわね。─民は、大丈夫なんですの?」
「安心しな。お前らが寝ている間にスビヤの民はルディと第一騎士団が避難させそこで民を護ってくれている」
「隊長を前に出さないのね」
「ああ。当たり前だろう?民が最も信頼できるのは同じ人間さ。神のアタシと残りの部隊は前に出てればいい。それに」
ファレストロイナが龍へ視線を飛ばすと、龍は吼え、嵐の渦を起こし荒れ狂う雲から地へと伸びる大きな竜巻が何個も発生し、同時に咆哮が全方位から轟いた。それは嵐によって傷つけられ、凶暴化したモンスターたちの群れだった。龍は嵐の渦の壁の内に籠り、森の中にある高く聳える崩れた塔のほうへと飛び去っていった。
「いい加減、夜明けを見たくて仕方がないからねェ!─各部隊、倒れちゃあいないだろうね。それじゃあ─最後の鍵を獲るための聖戦といこうかい」
ファレストロイナの声に呼応するようにまた数多の光の槍が放たれ、飛行する竜や地面を這う獣たちに命中し巨大な爆発を起こした。
「各部隊、攻撃の手を緩めず互いに支援しながら防衛ラインを死守するんだよ!お前らはアタシについてきな、群れの中を突っ切るよ!」
「し、正気ですのっ⁈わたくしならともかく、ふたりは人間ですのよっ⁉︎」
「あァ正気さ。だぁい丈夫、人類にはこれを用意している」
ファレストロイナがそう言うと、頭上を空を切り裂いて塔へと向かう機体が陣形を成して高速で飛翔し、カイムたちの前にその機体が二機降下してきた。
「なっ…⁉︎これは、なんなんですの…⁈」
「人類の開発した航空機さ。魔術により機構を動かして人智を超えた速度を叩き出せる。お前らはこれで着いてきな」
「あっちょっと…!待ちなさいな‼︎」
言い終わるとファレストロイナの姿は消え失せ、直後塔から巨大な爆炎があがった。アスタロトも続いて姿を消し、豪速の炎の矢となりて塔へと飛翔した。
「ふふっ、賑やかだね、カイム。今の気持ち、どう?脳の処理、追いついてる?」
「…いや、まったく。操縦、できるの?」
「騎士団員は全員できるよ。大丈夫、いつも空飛んでるように魔術を使えばいいだけだから。じゃ、いこっ‼︎」
スビヤの城壁を飛び越え遥か彼方の塔にて吼える龍へと航空機へと乗り込み、魔法陣を展開、同時に機構がエンジン音とともに動く音が響き機体は宙に浮く。ノエルは本の姿に戻り、ウミアとカイムは頷き合い、機体のエンジンをブーストさせ飛び立った。
「測量騎士ウミアより航空部隊へ!応答願いますッ‼︎」
「───……─…─特別航空部隊アルァーエ隊長、コードネームエイナインより、測量騎士ウミアへ通信接続。どうした?」
「今から私たちもエイナイン殿率いる航空部隊に合流、共にあの塔の頂上へ向かいます‼︎座標位置の転送をお願いします‼︎」
「了解。転送した」
「今すぐ合流します!カイム、こっち!」
そうして二人は方向を切り替え、航空部隊と合流した。
「ウミア、カイム、合流しました!」
「ああ。早速だが情報を共有する。まず竜巻が不規則に出現する。そして───」
赤い光が一瞬伸びてきたかと思うと、直後そこに巨大なビームが放たれ、射線上を飛行していた三機が撃墜された。
「なっ…⁈」
「─あの塔の周囲には強力な結界が、そしてその結界には魔法陣が多重に展開されており弾幕やビームが対空として阻むだろう。各々、対空攻撃と凶暴化した飛竜たちを撃墜、回避しながら塔を目指せ」
「り、了解っ‼︎」
そうして航空部隊は飛行していく。途中あらゆる方向から飛竜が襲いかかり、それを避けられず撃墜される者、空中で二体の飛竜に捕まれ引き裂かれる者、喰われる者など、さまざまな要因で騎士たちはその命を散らしていった。
「ディファイブ、ロスト。アルビン、ロスト。トゥイス、ロスト───。前方より高エネルギー反応、新たに魔法陣多重展開を確認、敵による飽和攻撃と予測。全員、己の限界まで魔素出力を上げ回避せよ」
エイナインの通信が途絶えると航空部隊は赤い光で覆われ、直後数多のビームが前方より放たれカイムたちへと飛来した。全機散開し速度を限界まで高め塔へと向かうもビームも途中で分裂、ファンネルのように動き回り航空部隊を次々と撃墜していき、残されたのは隊長とカイム、ウミアだけだった。それでも前へと進み続ける三人を再び赤い光が包み込み、直後ビームが束に巨樹の幹のような太さで三人へと迫った。
「まずいっ…速度が高すぎて方向が…避けられないっ…!」
「隊長…!私、もう…っ‼︎」
「───。あとは、頼んだよ」
「─ッ⁉︎隊長っ⁉︎」
エイナインは魔法陣を展開、強烈な風波を放ち二人を吹き飛ばして──エイナインはビームに呑まれていった。
「っ、隊長含め航空部隊全機…ロスト…。─カイム!あともう少しだから…っ、耐えて…‼︎」
「─えぇ、繋ぐわよ…‼︎」
そうして、数秒後。二人は音速のまま塔へと突っ込み、機体ごと結界を砕いて塔の頂上へと到達した。ノエルは即座に人の姿に戻り、喉元と両手に魔法陣を展開、頭にある幾何学装置を強く発光させ叫んだ。
「航空機大破。防衛結界プロトコル起動。衝撃吸収演算処理開始。全エア通信システムダウン。範囲内破片方向計算開始。魔術論理回路図設計開始。把握完了………魔素流動管理エイシスへ移行。全計算処理完了。防御結界魔術発動。体内魔素循環率オーバーヒート。出力低下。演算処理再試行…完了…極小防衛結界装置作動………全破片防衛成功。───衝撃吸収結界発動ッ‼︎」
ノエルの超高速演算により突撃した際の砕けた結界や航空機の破片を全て小さな結界を連続で出すことで回避し、勢いを衝撃吸収結界を発動させることで殺すことで、ふたりは地面へと強く身体を打ちつけるだけで済んだ。ふたりは立ち上がり、ウミアが自分とカイムに治癒魔術をかける。
「いぃやー、ノエルちゃんさっすが魔導書だねー。早すぎて何言ってるんだかまったく…てぇあっ⁈ノエルちゃん、大丈夫ッ⁉︎」
「─ノエルっ‼︎」
ウミアが驚いた声でノエルに駆け寄り、倒れたノエルを抱いて支える。瞳が紅く染まり流血、口からはどろっとした血の塊が吐き出されており、幾何学装置も煙を上げていた。ウミアが急いで治癒魔術をかけると、絶え絶えしかった息も落ち着き、ノエルは血の涙を手で拭いながら立ち上がった。
頂上の開けた広場では既にファレストロイナとアスタロトがソロモンの残滓の黒龍と交戦していた。二人の姿は目に見えないが、黒龍もそれに反応し避けている。
「─カイム様、ウミア様。ありがとうございます。…すぐには戦闘に参加せず瓦礫に隠れ息を整えましょう。それと、アスタロト様より魔術を介して黒龍の情報が送られてきています」
「ええ、わかったわ。それで、あの黒龍の中身はなんなの」
「─色情の魔神アスモデウス。かつてアスタロト様の部隊で左腕を務める存在であったと」
「左腕、ね…。あっはは、だからあんな強いってわけ…。…っ⁈」
直後、爆音が轟き、アスモデウスが悲鳴をあげて数メートル後ずさっていた。左脚が凍り付いており、直後豪炎が渦をあげ甲殻を砕き割った。怯んで体勢を崩し倒れたところへアスタロトがアスモデウス上空に現れ腕を龍の顎へと変化し音速で突撃するもアスモデウスは瞬時に身を翻し翼を大きく羽ばたかせ暴風を巻き起こしながら後ろに飛び退き、直後身体を回転させながら二人へと猛スピードで突撃し地面に巨大な亀裂とともに軌跡を残した。二人は咄嗟に避けるも直後立っている地面がボコッという不穏な音とともに龍の中心から円状に直径十数メートルの地面が浮き上がり、アスモデウスが飛び立つとともに地面が抉り取られ空中に放り出された二人にその地面を身体を捻り地面へと叩きつける。さらに全身が淡く蒼く発光、口元に青白い炎が滾り、吐き出された小さな雫は静かに着弾、直後巨大な爆発を起こし周囲の地面ごと丸く蒸発させた。爆発の中心は分厚い氷で覆われており、微かにオレンジ色に発光したかと思うと焔の矢が氷を突き破り龍へと向かい、その焔は巨大な顎へと化けアスモデウスの首に喰らいつきそのまま地面へと叩きつけ、塔の外へと投げ飛ばし嵐の中に浮く巨大な岩に衝突させた。アスモデウスは即座に体制を整えて飛び回り上空から雨のように巨大な焔の塊を降らしていく。焔が散ると中からはアスタロトが、氷の中からはファレストロイナが出てきて、二人は肩を並べながらまるでダンスを踊るかのように舞いながらその焔の雨を掻い潜っていた。
「っ…ついて、いけないわね…」
「これが神とソロモンのナンバーツー…ひゃー、契約者のカイムでも無理なら私には到底追いつけないね」
「しかしながら…これほどの嵐、飛竜などのモンスターでさえもここに辿り着けません」
「雑魚処理で戦闘に集中させる…が無理と。支援攻撃くらいしかできることないのか…」
「仕方ない、戦闘はふたりに任せるとして私たち人類は人類らしく策でふたりを助けよう」
三人は頷き、物陰に隠れながら策を練る。そして暫しの後、再び三人は頷き合いそれぞれ散っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます