1-16 熾燈卿ファレストロイナ
「はぁじめましてェ‼︎アタシはファレストロイナ、ここチステールを統べる神…けど、まぁそんなたいそうなもんじゃァ無い。えーっ…とぉ、あー…なんだっけ?あんたら。かー…えー、かー…あ!がるるとのうむだ!」
「─初めまして、熾燈卿ファレストロイナ様。私はミロナーク聖国より参りました、第一王女のカイムと、従者のノエルでございます」
「うんー!いいねいいねェ、人間の社交辞令ってやつ?フッツーに呼び捨てでいいよォ!っはははは!うん、事情は聞いてるよォ。創造神に謁見するためにアタシに許可を得に来たんだよねェ、いいねぇ、王族の鑑だ。殊勝なことだねェ!でもさァ…。─ひとつ、聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「………はい」
今までの飄々とした喋り方から一変。突如淡々とした口調に変化したファレストロイナにカイムとノエルは生唾を呑みこむ。
「なんでアスタロトと一緒にいんの?てかカイム。お前から感じるその凄まじいほどの生体反応、なんだい?もしかしてだけどさ、契約…しちゃった?」
「…………っ」
「あー、あー。別にいいんだ。アタシは気にしないし。そんなんで創造神との謁見を許さないなんてこたァしないさ。ね、お前はミロナークの王族だ。創造神の治める国の姫君だ。当ててやろう、お前が契約したのは…無理矢理なんだろう?な、そうなんだろう?」
「……それは」
「あーれ。もしかして自分から契約しちゃったの?もしそうなら創造神との謁見はできないかもしれないなー!」
「…カイムは私がついさっき契約、させましたわ。創造神の手によって異形化したわたくしの部下を倒すために戦力となるよう、同時に口封じのために。ですからカイムは───」
瞬間。跪くカイムの視界からファレストロイナの姿が消え、背後から地の割れる轟音が雨音に響きわたった。恐る恐る振り返れば、アスタロトの頭を片手で掴み地面が抉れる勢いで叩きつけているファレストロイナの姿があった。
「が…っ、はっ…⁉︎」
「─へぇ〜。一度は負けた雑魚のくせに、まだ人類を騙す気かい?創造神にまた刃を向ける気だろう。いただけないねェ、破滅の魔王」
「ちょっ…アスタロト…っ⁈」
「あぁ〜カイム。契約しちまったもんは仕方がない。大丈夫、殺さないから安心しな。今は…こう!痛め!つけて!やるだけだから…ねェ‼︎」
何度も頭を地面に叩きつけられ、もはや原型を失うアスタロト。可憐な顔が、今やただの肉塊と化している。
「で。お前は船で来て、難破し流れ着き森を抜けて首都まで来たんだってねぇ。しかも…片脚を失った状態で」
「………はい」
「不思議だねェ、ソロモン部隊の残滓が当時そこにいたはずだけど。そう、お前らがさっき倒したやつらさ。あいつらはそこらの竜や獣よりすばしこいんだ、人間の足で逃げ切れるとは思えないんだけどねェ。それに、大自然のなかだ。残滓に遭遇せずとも脅威があるはず。なぁ─もしかしてだけどさァ。隠し事、してたりしないかな。そう、例えば…もうひとり別の魔王と契約してる、とか」
「…してません。私は、創造神様を心より崇拝しております。ミロナーク聖国は突如謎の光によって滅んだとはいえ人類の代表ともいえる国。その国の王女である私がまさか、憎き魔王と契約するなど…あってはならないことです。…そもそも、契約とは心臓を預け合う儀式。心臓がひとつしかない人類には、とても無理なこと」
「フゥン。そういうことにしとこう。ところで─まあ、これ、ほんとーうにどうでもいいことなんだけどさ」
くるくると髪の毛を指に巻きながら荒れ狂う空を見上げ小さくこぼす。
「魔導士の魔導書はソロモン部隊の叡智だが、同時にアタシら統治する神の叡智でもある」
「それは──。………っ⁈それが…なにか」
「いいや?言っただろう?どうでもいいことだって。たまには役にたつものだねェ、この感知力も。あぁ、そうそう。そういえば、ウミアちゃんがスビヤの書庫で待っていたよ」
「…そうですか、ファレストロイナ様直々にありがとうございます、急いで戻ります」
「聞いた話によると、チステールにずいぶんと溶け込んでるらしいじゃないか。国を統治する者として、創造神の庇護下にある国の姫君に気に入ってもらえてなによりだ。優秀な騎士であるウミアちゃんが、すぐ側にある強大な生体反応に気付かないわけがない」
「………っ」
そして、両腕を広げ飄々とした素振りのまま呆れたような姿を見せながら。
「──今すぐ帰ったら…まだ間に合うかもな?」
その言葉に、一同の目が見開き、血の気が引いていく。
─私たちを帰らせようとしている?この口ぶりからして、恐らくバレているはず。まさか自分の国の民でさえ人質に取るというの…?間に合うとは、どっちの意味なの?いや、それでも…知らないということを通せ、魔王と契約していることがバレてしまった以上なんとしてでもミロナークがエナを匿っていた事実を隠し創造神様との謁見の権利だけを取ることに集中しろ…!
「…もうそんな遅い時間になっていたのですね。明日また…会って話そうと思います」
「へぇ…行ってやんないんだ。ずいぶんと仲が良いって聞いたけど。気の利く姫君、育ちのいいことだ。ま、アタシは気にしないけどさ」
「けほっ…けほっ…!…あなた、今さら何用で来ましたの…?カイムを生かすなんて、あなたらしくないですわね…」
「再生遅かったねェ。疲れてるのかな、アスタロト。っあぁそうさ。アタシは人間が嫌いさ。統治してはいるが、ほとんど関与していない。人類を殺すことに関してなんぅにも、思っちゃいないよ」
「世間話は…いいんですのよっ…、さっさと…本題に入ったら、どうですの…‼︎」
「…ふむ」
顎に手を添え、不敵な笑顔を浮かべて。少しの沈黙の後、口を開いた。
「─ハハっ、うんうん。良い眼だ。じゃ、本題に入ろう。カイム、お前と契約しているもうひとりの魔王。いったい誰だ…なんて、聞かなくてもわかる。隣に良いサンプルがいるからな」
「アスタロト…?」
「ああ。カイム、自覚しちゃいないだろうがお前の生体反応はアスタロト以上なんだよ。普通の人間じゃ気付かねえがな。そして、アスタロト以上の生体反応を示すソロモン部隊なんか、いや…天界全てを含めてもひとりしかいない。─お前と契約しているのは、眠りの魔王エナバラムだろう?」
「───っ‼︎…いつから、わかっていたのですか」
「最初だよ。お前らが国に来た日。アタシはチステール近海にて膨大な生体反応を同座標で三つ感知した。警戒をしていたがひとつは直後に消え、ひとつは沖に流れ着き、ひとつは移動し続けていた。そしてその沖にいた生体反応がスビヤ方面へと動いたものだから驚いたよ。なにせ、アタシを狙いに魔王が来たのかと思ったからさ。だがアタシは悠長に構えていた。─なんでだと思う?」
「…ソロモン部隊は人類に害することができない」
「ほう?知っているんだねェ。そう。ソロモン部隊は人類を傷付けることができない。それこそ大戦の敗因さ。そして関所を監視している騎士はどれも優秀だ。殺すことはできずとも、撤退させることはできるだろう。だがどうだ?ウミアちゃんほどの優秀な騎士が、そいつと共にスビヤへと向かった。二度驚いたよ」
「………」
「チステール騎士団のほぼ全員がお前のその異常に高い生体反応に気付いていたと思うよ。だがなにも言わなかったのはノエルちゃんの存在が大きいだろうな」
「─魔導書は、人類しか使えない…ですか」
「お前は魔導書を少女化させられる優秀な魔導士だ。騎士団で唯一魔導書の少女化に成功している騎士団長のルディも生体反応は人類の比ではない。団員はそういうもの、だと思ったのだろうが同じルディは違った。明らかに『異常』だと。もはや人類ではないと感じアタシに報告してきたよ。そこでやっと気付いた。ああ、契約者なんだと。おおかた、ミロナークのどこかに王族が匿っていたんだろう。それがばれて創造神からの裁きを受け滅んだ…違うかい?」
全部、バレていた。最初から騙し通すなど、不可能なことだったのだ。カイムは強張り、金縛りのように動けぬまま思考を加速させる。
「カイム様を…どうするおつもりですか」
「別に?まだなにもしないよ。なァ、ここまで言ったんだ。アタシの言いたいこと、わかるだろう?」
「───っ」
ファレストロイナが聞きたいこと。だがこちらはそんなの知る由もない。エナの居場所などわからないからだ。ファレストロイナは歩きながら飄々とした素ぶりのまま嬉々とした声音で語るも、その圧に呑まれないようカイムは掠れた声で異を唱えた。
「─わかり、ません。エナのことは、私たちも探している最中なのです」
「なんだなんだい?知らないってそんなわけないだろう?契約者ならば契約相手の位置を把握しているはずだよ。…はあ、仕方ないねェ」
一歩踏み込み。地が割れ。自身の親指の先を歯で噛み血を流し不敵に笑い。
「──殺すか」
瞬間、カイムの眼前には武装したファレストロイナの巨大な拳が迫る。それはまるで永劫の時を過ごしているかのようで、同時に過去の出来事が濁流のようにフラッシュバックする。
ああ、これ死ぬやつだわ───。さようなら、カイムは遠い場所へ行きました。お父様、お母様。約束を果たせず申し訳ありません。探さないでください───
「ぐっ…‼︎なに、してんですのよ…っ‼︎」
「へえ、まだ動けるんだ。度し難いったらありゃしない。さっきの戦いで疲れただろうに…ねェ‼︎」
「自分の命に関わることですもの…っ、そりゃあ、必死になるに決まってるでしょう‼︎」
放心状態となったカイムの目の前には間に割り込み盾となったアスタロトがいた。
結界を張り、ファレストロイナの拳を受け止めるアスタロト。衝撃で地面とともに数十センチほど沈下しており全身の骨が砕けたのか至る所から出血、顔からは眼球が飛び出し肉と骨が剥き出しになっている。
「しかし…いいのかい?このままじゃお前…再生もできないくらいに潰されちゃうよォ?そしたら、大事な大事なカイムも死んじゃうけど」
「が…っ、ご…。でも…目の前で人間を殺されるよりかは…マシ、ですわ。…それに、わたくしは、負けません…ものっ‼︎」
「意気込むのはいいことだけどさァ。限界を識れよ、アスタロト」
「も、もう…やめてくださいっ‼︎」
アスタロトを潰していくファレストロイナに、ノエルは魔法陣を展開し背後に立ち叫んだ。
「殊勝なことだねェ。で?ノエルちゃんはアタシを倒せるっていうのかい?」
「倒せる…なんて驕ってはいません‼︎私は…カイム様をお守りするだけです…っ‼︎」
魔法陣から顕れ、放たれた光を伴う三叉槍。三叉槍とは秘め事や封印を意味するもの。人類を傷付かせず、神やその類のものに対して用いられ、天命大戦でも活躍したもの。ファレストロイナは不気味な笑顔のままマントを翻し左腕でアスタロトの首を掴み、右手で飛来する槍を掴み取ったその勢いで回転しながらアスタロトを遠くの壁に投げつけ、そこを投げた三叉槍で胸部を貫き磔にした。アスタロトの身体は衝撃で跳ねるも、すぐにぴたりと動かなくなってしまった。そしてすかさずノエルへと突進しノエルの首を掴み、強く圧迫する。
「かっ…⁉︎ぁ…っあ…っ‼︎」
強く首を絞められ、ミチミチと繊維が切れ骨が軋む音が響く。同時に脳に送られる血液が増減することで意識が朦朧とし、抵抗もできないまま迫る死という恐怖も相まりノエルは目から出血し、同時に下部から脚を伝う温かな液体が溢れるのを感じた。
ノエルの首を絞め、弄びながら放心状態で動けないカイムのもとへと歩み寄ると、ノエルの腕を掴み、カイムへと向けた。もう片方の手を頭にある幾何学装置に置き、魔術を発動する。すると幾何学装置が激しく回転し、ノエルの腕を覆うように文字が羅列し始めた。そしてそのカイムへと向けられた手のひらからは魔法陣が形成され、凄まじく青い光を放っている。
「なっ…⁉︎や、やめて…ください‼︎お願い…じ、まずっ‼︎やめ…て、ぐだ…い…‼︎」
「魔導書ってのは面白いねェ。人類のように内臓もあれば恐怖で失禁したりする。さて…ノエルちゃんの使う魔術を…大事な大事なご主人様へ向けたら、どうなるんだろうねェ」
「っかはっ…‼︎いや…っ、やめ…てくださいっ‼︎どうして…なん、で、制御が…‼︎カイム様…カイム様‼︎お逃げください…っ‼︎」
「───っ‼︎」
ノエルの叫びに正気を取り戻したカイムは即座に立ち上がり逃げようとするも、
「おっと」
「がぁっ…⁈」
「カイム様───⁈」
ファレストロイナが放った刃が左腕を肩から切り落とし、カイムは倒れその切り口を庇う。ノエルを掴んだままファレストロイナはカイムへと歩み寄り、強く胸部を踏みつけ再びノエルの腕をカイムへと向けた。
「なん…でっ…、なんで…こんな、こと…っ」
「うーん。お前らに頼みたいことがあったんだけどさァ。ま、クソガキの行方を知らないってんならもう殺したほうが良いかなって思っただけだよ。アタシまで叛逆者として見られてチステールに裁きを喰らうのはごめんだからね。護るべき民がいるんだ。利用できないならそれまでさ」
「…ぁっ…く、そ…っ」
「ほらほらァ、さっさと逃げないと、顔が吹き飛んじゃうよォ?良いのかい?」
身体を捩り、脱出しようとするも神と人類では到底抗えない。契約者として身体能力が上がっているとはいえ、それでは覆せないものが数多くある。
「絶対に…させません…っ‼︎絶対に…絶対に…‼︎」
「なら今からでもこの洗脳を解いてみるかい?神に抗うその勇気、褒め称えてあげるよォ」
必死に力を込めて身体を動かそうともがくノエル。しかしその意思とは反して身体は動かず、わずかに動く腕も向きを変えられるほどではなかった。
「動いて…っお願い、ですから…っ‼︎動け動け動け動け動け動け動け動け動け───‼︎」
動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け‼︎
しかし、抵抗虚しく。腕に纏う文字列による詠唱が完了し、光が辺りを青く染め、光線が放たれた。
「ひょいっと」
放たれる直前。ファレストロイナはノエルの腕を空へと向け、放たれた光線は上空で巨大な爆発を起こした。
「ほえー、すごい魔術だねェ。っと…おーい?─からかいすぎたかな」
ノエルは意識を失いぐったりとしており、カイムとアスタロトもまた、失血により意識を失っていた。ファレストロイナが立ち上がると、背後からふたつの人影が姿を現した。
「ルディ、コイツらを本部に連れ帰んな」
「はいはい…あまり手荒なことはしないようにと仰ったじゃないですか。プリア、治療を。それで、どう判断しましたか」
「─こいつらは敵じゃないよ。ただ創造神への忠誠心が厚いだけさ。ま、エナの居場所がわからないのは予想外だったがね。にしても…ノエルちゃんみたいに喋る魔導書は初めて見たよ。人型化は何度か見たが」
「ノエル…古い伝承上で聖夜を意味する魔導書ですか。素敵な名前ですね」
「それで。ルディ、エナの場所はわかったんだろ?」
「ええ。異空間、“五年前に消失したパラヴィエのなか”。霧が特に濃い地域に異常な気象の乱れが観測されたので調査したら─。ファレストロイナ様のお考えの通り、創造神様の裁きで違いないかと」
「そうかい。あれから二千年─いまだに創造神は諦めてないってことか」
プリアが魔法陣を展開させ、切り落とされた腕を患部に付け詠唱を始める。すると数秒後、カイムの腕は傷跡ひとつなく元通りに繋がっていた。ファレストロイナはアスタロトから槍を抜き、ノエルを抱えアスタロトを担ぎながら、カイムを背負う呆れた様子のルディとともにスビヤへと向かうのだった。
「─さあ、いい加減…夜明けを見に行こうじゃないか」
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