1-10 疑問

 肉塊たちに切り込むアスタロトの影に隠れるようにカイムは弾幕を展開しながら円を描くように駆ける。肉塊たちもおぞましい声で吠えながら足元に巨大な魔法陣を展開させそれを足場に使い空中を縦横無尽に駆け回る。切り込むも躱され通り過ぎたアスタロトは鎌を空へ放り投げると、巨大な黒い穴が空に開き、そこから赤黒い焔を纏った何千もの槍が肉塊たち目掛けて降り注いだ。肉塊たちは魔法陣を展開、槍を受け止めるとそれぞれ魔法陣の向きを変え、受け止めた隙を狙ったカイムたちへとその槍を放つ。が、カイムは契約者故の動体視力と身体能力で自身に当たる槍を全て細剣で打ち落とし、再び肉塊へと弾幕を展開しながら片方の肉塊へと突進する。鋭い爪を躱し、噛みつきを細剣で受け流しゼロ距離で弾幕を浴びせながらその顎を切り上げる。肉塊は飛び退き、再び幹の上へと戻った。背後から迫ってきたもう片方の肉塊をアスタロトの振り下ろした巨大な槍が貫き、業火で壁を作る。しかし肉塊は半身を千切り脱出し、身体を沸騰する湯水のように再生させながら肉塊と合流した。三人も背中を合わせ、警戒体制に戻る。


 「フン、なかなかやるではないか」

 「魔王の力ってほんっとえげつないわね…‼︎皮肉にしか聞こえないわよ…‼︎」

 「減らず口を叩けるのであれば上等。─来るぞッ‼︎」


 二頭は口から霧を吐き出しながら三人の周りをぐるぐると高速で駆け回る。弾幕を放ったり槍を飛ばしたりするも当たらず、残像はやがて深い霧の中に溶けてしまった。


 「あぁもう…‼︎なにも見えない…‼︎」

 「あの霧にも魔族の成分が含まれているせいか反応が全く感知できません…っ」

 「─霧を吹き飛ばすしかない、か。二人とも、しばし耐えよ」

 「んな無茶な…ッ‼︎くそっ…さっさとやりなさいよッ‼︎」

 「防御結界張りますッ‼︎多重展開、限界突破出力アインレイクっ‼︎」


 ノエルは地に手をやり、巨大な魔法陣を展開、結界を発動し、魔法陣の五方にまた少し小さな魔法陣を描き結界を多重展開、累計五層の防御結界を張った。

 時々赤い閃光とともに突撃してくる肉塊の衝撃は凄まじく、たった二発でノエルの限界を超え張った結界を一層破壊するほどだった。カイムも斬撃を飛ばし反撃するも当たらず、脂汗が滲んだ。


 「まだなのっ⁈早くしてよっ‼︎」

 「───。─空へ飛べェっ‼︎」


 そして結界の五層目が破壊される瞬間、アスタロトが吼え、それに応じカイムも結界を張り満身創痍のノエルを抱え上空へ数十メートル飛ぶ。

 ─瞬間。

 轟音とともに凄まじい閃光が走り、現れた全身を焔に包んだ巨大な炎龍が肉塊たちに喰らいつき、炎のブレスとともに爆発を起こし炎の柱をあげた。花弁は散り、業火に焼かれていく。


 「なっ…⁈」


 その光景はまさしく、火山が噴火する様に等しいものだった。爆発が終わると次第に霧が晴れていき、肉塊たちがアスタロトの足元で全身がバラバラになり倒れていた。衝撃で花弁が散ったせいか、かなり花の数が増えているように見える。


 「やった…のね…」

 「そのよう、です。これが…破滅の魔王の力…っ」

 「けほっ、けほっ…つかなんであの衝撃で花畑は無事なのよ…っと、アスタロト、なにをぼうっとしているの」

 「ああ。昔を思い出していてな───」


 突然二人はアスタロトに蹴飛ばされ尻餅をつく。なにすんのよと怒りを露わにしたカイムが見たのは、頭だけの肉塊に頭から右半身を噛み千切られたアスタロトの姿だった。


 「ちょ…アスタロトっ⁈」

 「─ヴァアアアァアァァアァァア───ッ‼︎」


 よろけつつもアスタロトは口元に魔法陣を展開させ吼える。その衝撃により怯んだ肉塊の頭は片方の頭を噛み、霧の中に消えていった。


 「待て…待つんだ、待って…ください…ませ…っ」

 「アスタロト⁈アスタロト⁈しっかりしなさい‼︎─あぁ、もう死ぬな!死ぬな死ぬな死ぬなァッ‼︎」


 月の揺籠が煌めく夜空の下で。アスタロトはカイムの腕に抱かれながら手を伸ばし虚ろな視線を肉塊たちが消えていったほうへと飛ばし続けた。


 あっ、アスタロトさん〜。今日も平和ですね〜。

 むっ、間抜けな顔をしているな人類っ‼︎今日も今日とてこき使ってやろう‼︎

 あははっ、お手柔らかに頼みますよ〜。

 ─隊長、また背伸びしとるわ。可愛いやつよの。

 ─龍に変身できるのに猫みたいだよね〜、今度顎の下さすってみようよ。

 ─面白い、ノった!

 なにを変なことを話しておる‼︎隊長に対して無礼だぞっ‼︎

 ─はいはーい、それじゃあてらはこれで〜。行こか、オセ。

 ─隊長またね〜、あたしはアミーとデートしてくるから〜!

 ─ちょっ、こら、ね、ねえ!任務中なのにわたくしをひとり置いていかないでくださいませっ⁉︎


 「…ト。…タ…ト。─アスタロト‼︎」

 「ん…ぐ…。なん…だ…おま…えらか…」

 「良かった…目が覚めたみたいですね」

 「お前らぁ?誰があんたを介抱してやったと思ってんの。身体の半分喰われたときは流石に死んだと思ったわ。あそこから再生できるなんてほんとバケモンね…ん?なに?あんた泣いてんの?」

 「───え。は…ハっ…。わ…わたくし…泣いて、いるの…?あぁ…っ。涙が、出ているんですのね…っ」


 視界が霞んでいると思ったらわたくしは泣いていた。泣くことはあれど、涙が出たなんていつぶりだろうか。懐かしい夢だった。あれは、私の部下の──


 「まだ、どこか痛みますか?治癒魔術をかけましょうか?」

 「─フン、人間が敵である魔王を気にかけてどうする。妾は再生に力を使ったおかげでしばらく動けぬ、殺すなりなんなり好きにするがいい」

 「はぁ…なに強がってんだか。あんたを今殺してもメリット無いでしょ。数少ない情報源だし、なにやらあの肉塊たちのことも知ってそうだし?にしても…泣いてるくせになんだか嬉しそうね」


 ─やはり人間は鋭く、賢い。こんなわたくしの何百分の一にも満たない年齢の小童にでさえ思考をすぐ読み取られてしまう。実力は天と地ほども差があるというのに、人類の知性はわたくしたち完成された兵器をも軽く越えてしまう。


 「………。フフフ…。…人間ってやっぱり、頭がいいですわね。どんな虚勢を張ったとしてもすぐ…バレちゃいます。─少しだけお話を、聞いてくれますか?」

 「ええ、エナの反応も消えちゃったし、休憩がてら聞いてやるわ」

 「…優しいんですのね。…あの肉塊たちはそれぞれ元は…私の部下でしたの。ヒョウの姿のほうがオセ、炎に身を包んだほうがアミーといって…。ふたりはいつも一緒で、わたくしはふたりからダル絡みをされていましたわ。二千年間、この国でわたくしはまだ反応のあった部下を探していたのですが、数年前から突如ふたりが現れここの村を襲うようになって…。…ずっと、ふたりを解放しようと戦っているんですの」

 「崖の村の人たちを守るためにってこと…?」

 「それもありますけれど…私に居場所をくれたことの恩返しが強いですわね。わたくしの結界で覆っていますから村は安全ですわ」

 「─魔王クラスの生体反応を検知した理由がソロモン部隊だったから…ですか」

 「なんであいつらはあんな姿になってあんたと村を襲ってんのよ」

 「明確な理由はわかりませんが…。ですがきっと、創造神の仕業なのだと思いますわ」

 「創造神様が…?慈悲深い創造神様があんな残酷なことをするわけないと思うけど」

 「わたくしたちは戦争で劣勢になり、部下たちは全員捕まってしまいました。オセとアミーの魂には創造神の力が微かに感じられる楔のようなものが見えましたわ。憶測ですが、創造神が彼女らの魂になにか印を刻んだのかと。戒めとしてか、辱めとしてなのかはわからないですけれど…。叛逆者への罰にしては、ずいぶんと悪趣味ですわね」

 「そう…罰、ね」


 人類は創造神を心から信仰しているというのに彼女は私の言葉を否定せず、罰という言葉になにか思い当たる節があるのか、彼女は月を仰ぎ見る。


 「そういえば…あなたはミロナークの第一王女様でしたわよね。…創造神の統治する国の王女が叛逆者の名前だなんて…不思議なこともあるのですわね」

 「るさいわね。この名前に疑問持たない日なんて無かったわよ。やっぱ殺してやろうかしら。…冗談よ。じゃあ、私はもう帰るから」

 「─わたくしのこと…告げるんですの?」

 「…。…今はまだしないわ。私も契約者、気に食わないけどとうにあんたらのお仲間なのよ。必要なら切り捨てるだけ。それに、エナのこと探さなきゃだし。それじゃ、またね」

 「またお会いしましょう、アスタロト様」

 「仮にも魔王ですのよ、まただなんて…。…ええ、また…ですわ」


 不思議な人間。まさかこの時代に契約者が現れるなんて思いもしなかった。彼女は創造神を心から信仰しているのでしょう、それなのにわたくしにまたねと仰った。負けてからの二千年ずっとひとりだった。またねのひと言が心から嬉しく感じた。動かない身体をどうにか腕だけでも動かし、彼女らの背中に手を振る。

 何故カイムがエナバラムの契約者となり国を出て旅をしているのかはわからないが、彼女らの旅路に少しでも幸溢れるようわたくしは祈った。

 ─それにしても。


 「エナ…天命大戦に来なかったあなたがなぜ今さら…契約したんですの…?」

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