1-9 破滅の魔王アスタロト

 ──国が闇に閉ざされるとき。古の魔は呻き、王は神座で涙を流す。あまねく生命は光への渇望に身を焦がし、はるか彼方の明日を願う。古の王の命尽きるとき、新たな秩序とともに、天の光が闇を照らすであろう───。


 「これがチステールに伝わる神話の一節だよ。永夜の国になってからはや百年くらい、この神話が夜明けの鍵になるんじゃないか─て言われてるんだ。でねー、おじいちゃんもこの国でお日様を見たことがないの。だから新婚旅行のとき他国に行って初めてお日様を見たらしいんだけど、とーっても綺麗だったって言ってたの!お日様って黄金の世界を作って、青く彩るんでしょ?これって本当なの⁈」

 「ええ、本当よ。夜明けの太陽なんて、心を奪われるくらい綺麗なんだから」

 「うわぁ…‼︎私ね、初めてのお日様はこの国でって決めてるんだ!期待大だよ‼︎生きてるうちに見れるといいなー!」

 「ふふ、きっと見れるわよ。明けない夜はないもの。夜のない国に、夜ができるといいわね」

 「─およそ百年前に突如海が荒れ狂い、雷が怒った。空は暗雲に包まれ、晴れたとき空には星々が輝き、ついぞ夜明けは来ず、永夜の国となった…ですか、文献資料に残る記録を見てもにわかには信じられませんね。予言とやらも今はあまり信憑性はありません」

 「うん。それに加えてここ数年国中の森や山が物騒でねー、入った人の失踪報告が跡を断たないの。ファレストロイナ様も解決に尽力してるんだけどなかなか解決しなくて。だから絶対に行っちゃだめだよ?私友達に死なれちゃ嫌だよ」

 「ルディ様も昨日仰られてましたね。気をつけるとしましょう」

 「どんなときに失踪報告が多いの?」

 「霧が濃くて、嵐があるときだよ。まあそんな日なんて測量騎士の私ですら森に入らないからね。この国の霧が濃い日は本当に視界真っ暗だし。素人が入ったら道に迷っちゃうよ。なんなら海が青く光ってたーなんて報告もあるくらいだし、嵐のせいかモンスターたちも赤い傷がついた個体も現れて気性が荒くなってるしさ」

 「なるほど…」

 「おかげで最近は外交もできてなくてさー。あぁ、早く本場の外国料理が食べたいよ」

 「本当に食べるのが好きなのね」


 そういえば、自分が目覚めた日はその後の二日間に比べ特に霧が濃かったなと思い出す。もしやあの肉塊たちが失踪の原因ではないかと思うも、すぐに振り払う。

 現在、三人は教会内の資料室にて文献を漁っている。昼と夜を無くし、常に夜にするだなんて、それこそ創造神やその創造物─天使にしかできるはずがない。まさか魔族や堕天使の仕業だろうか─と、想像する。しばらく調べた後、ウミアにしばらく休暇を取ったから案内すると都中を引っ張られた。茶屋や最近流行りのスイーツ店、豪快な肉料理が食べれる名店、絶景スポット…と、数々の場所に連れて行かれ、夜。正確には一日の終わり。ウミアと別れた二人は宿にて地図を見ていた。


 「ノエル、エナの反応は?」

 「─微かに。国の地図を貰い照らし合わせてみましたがどうやら─ここ、崖の村付近に。森を抜けねばなりませんが…如何いたしますか?」

 「明日行ってみよう、自分の命が惜しいし。ウミアにゃ悪いけど…約束があるしね」

 「…そうでしたね。練習、しなきゃですもんね」

 「じゃ、明日に備えて寝るわよ。…おやすみ、ノエル」

 「おやすみなさいませ、カイム様」


 ─わたくし、頑張りますわ。人間に嫌われても、世界がわたくしを許してくれなくても。人を守ることが私の使命だから。の─願いだから。だから人間、待っているといい。世界が終わる時を。現世を妾がぶち壊す瞬間を。


 月を背に、揺籠のなかで少女はひとり、世界へと宣戦布告をした。


 「本当に…こっちで合っているのかしら…」

 「私の探知を信じてください、カイム様。もうすぐです。休憩、取りますか?」

 「いいわ、もう近いんでしょう?だったら─進むわよ」


 そうして霧の中を進み数分後。少し長い洞窟を抜けた先に切り立つ崖に作られた村が姿を現した。空は霧と分厚い雲に覆われ、霧の影響か少し青緑色の光に満ちている。


 「に、してもここ静かね…人いるのかしら」

 「家を見る限り特に損傷や倒壊などはありません。畑も道中にありましたし、住民は生きているのでは」

 「だったら…気付かれない程度に聞き込みしてみましょうか」

 「わかりました。では私はあちらから」


 左右に分かれ、各家を巡る。ノエルの言う通り住民は生きていたが、なにかに怯えているような声音で全員が口々に「帰れ」「そんなやつは知らない」「失せろ」と、住民たちは聞く耳を持たず、門前払いをさせられるだけだった。再び村の入り口に戻り、二人は頭を悩ませる。


 「拠点に空き家でも借りたかったんだけど…できそうにないわね」

 「仕方ないです。今日は野営にしましょう。どこか野営地にちょうどいい場所は…おや?」

 「どうしたのよ、ノエル…ん?なにか亀裂の向こう…光っているわね…」

 「先ほどは気付きませんでしたが、あの亀裂の向こうから魔族の生体反応があります」

 「もしかして…。行ってみましょう」

 「私が先陣を切ります。カイム様は後ろに」


 亀裂の隙間に身体を半ば無理矢理入れて通り抜けた先には。


 「綺麗な花ね…」

 「月の揺籠の花畑です…これが光を反射して光っていたのですね…。揺籠…本当に夢を見ているみたいです」


 大きく開けた空間に、月の揺籠と呼ばれる白く美しい花が月明かりを反射して淡く幻想的に光り輝いていた。

 恐らく飛竜の巣であったのだろう。相当太い大木のなかなようで、上は月明かりが差し込んではいるものの枝葉が伸びており巣には広すぎる気もするが、ちょうど良い環境であることはわかる。枝がたくさん敷かれて恐らく卵を温めていた場所ももう微かな痕跡しか残っておらず、かなり前にこの巣は役目を果たしたのだろうと推測できた。


 「魔族の反応するって言ってたけどんなもんどこにも見当たらない…ん?これは…墓?かしら…?」

 「そのようです。感じた魔族の生体反応はこれ…だったのかもしれません」

 「…そう」

 「カイム様…?…。…そうですね」


 花畑の中心にひとつ、月の揺籠でつくられた花輪が添えられた墓があった。二人は両手を合わせ、祈る。例え創造神の敵だとしても、安寧の眠りを妨げたことに変わりはない。だからせめてもの情けとして、カイムは謝罪の気持ちとともに祈りを捧げた。

 ざっ…ざっ…


 「─⁈誰…っ⁉︎」

「─人間。そこでなにをしている」


 背後から聞こえた足音。振り返ればそこには、水を入れた桶を持った魔族の少女だった。金色の瞳に翠と黒を基調とした絢爛なドレス。雨上がりの稲穂のような色をした長い髪は巨大な一対の角に巻かれたツインテールに纏められており、威厳とあどけなさがみごとに調和した不思議な少女。


 「魔族…ッ」

 「私が気付けなかった…⁈そんな…‼︎」

 「─案ずるな。妾はお前らをどうこうしようと思ってはいない。ただの戦友の墓参りだ。今お前らも祈ってくれていたではないか。心から礼を言う」

 「え、あ…はい」


 少女に敵意が無いことがわかり、多少警戒を緩める二人。それを確認すると少女は二人の間を抜け、桶にいれた水を墓にかけて掃除を始めた。


 「にしても…珍しいな。人間が妾を襲ってこないとは…いや、大きいほう。お前から溢れるその生命力はなんだ?人間にそこまでの力があるとはそれこそ。魔王との契約者でなければ理解できぬぞ」

 「─はは、簡単にバレるのね。確かに、私は契約者よ。…望んでなったわけじゃないけどね」

 「ぬしらの名とその契約相手の名を、聞いてもよいか?」

 「…。私はミロナーク聖国第一王女カイム。契約者は…眠りの魔王、エナバラムよ」

 「私はカイム様の魔導書であり従者のノエルと申します、以後お見知りおきを」

 「─ほう?」


 掃除をする手を止め、少女はカイムたちへ向き直る。


 「エナバラム…か。よもやそやつと契約するとは。お前らも不幸なものだな。それにカイムといったか。懐かしき戦友の名の人間がこの時代にいるとは。─妾の名は『破滅の魔王アスタロト』。契約者と出会すなど、じつに二千年ぶりよ」

 「破滅の魔王…⁈そんな、生体反応が無に等しいあなたが…⁉︎」

 「─だったらあんたはエナのこと、よく知ってるのよね?」

 「ああ、当然であろ?生体反応を隠さねば二千年逃げのびるなど無理よ。妾はエナのことを片時も忘れたことは無い」


 静かな怒りを露わにしたのと同時に空が、地が紅く燃え上がる。紅蓮の如き空模様に揺れ、淡く白い世界は焔の渦に包まれた。そして数秒後、再び静寂が戻った。

 少女は─アスタロトは笑顔から一転。暗い笑顔を浮かべながら告白をする。


 「─妾は…『わたくし』は…いっつも二番目でしたの」

 「─えっなに?急にしおらしくなって…わたくし?てかさぶっ。もしかしてこれ長い感じ?」

 「聞いてみましょうか、カイム様」

 「ゔぇっ⁈…あー。うん、どうぞ」

 「わたくし、誰よりも努力してたの。いちばん人間と触れ合ってたし、いちばん鍛錬してたし、いちばん部隊を纏めてたんですの。でも。どれだけ頑張って努力しても。エナにはなーんにも敵わなかったのですわ。そんな私をエナは欠伸をしながらいっつも見下してきましたの。悔しかったですわ」

 「それは…その、災難ね」

 「そう、だからわたくし…なんにも信じられなくなっちゃっいましたの」

 「さ、才能の壁…はたまた虚無感というものでしょうか。お気持ちお察しします」

 「…‼︎嬉しい…っ。わたくしのこと気にかけてくれるだなんて。ッフフフ、もっともぉーっと気にかけて?かわいそうって思って?わたくしのお話を…聞いて?」

 「え、ええ…わかったわよ。…てかやっぱ人変わってるわよね…?」


 二人の言葉に暗い笑顔のまま喜びの声をあげるアスタロト。こちらが本性なのだろう、先ほどの『妾』とは打って変わって慎ましい口調と声音から本来の破滅とは無縁の臆病な少女としての片鱗が垣間見える。


 「それでね、どれだけ努力したかというとね、二つ名でわかると思うのですけど、破滅の魔王って言われるくらい努力しましたの。なんでもちょんって壊せて、ちょんって無かったことにできましたの。でもねでもね、とても制御が難しかったからとてもとても頑張ったんですの。でもエナは欠伸をしながらと同じことをしてみせたの。おかしいですわよね、眠りの魔王なのに破滅の魔王と同じことができるなんて。ですからね、ムカついてエナに力を使おうとしたんですの。そしたらね、破滅の力...使えなかった。動けずに倒れちゃったのです。眠らされてたんですわ、わたくしの力。そしてエナは地面に伏した私を見下してふって鼻で笑ってこう言ったのです。『やめたら?無意味な努力』...って。わたくし、悔しくてみっともなく泣いちゃいましてね、部下たちにもその姿見られちゃいましてね、みんな慰めてくれたんですけどそのあと広間に戻る時聴いちゃったんですの。『あれが二番隊隊長って、私たちのほうが強いんじゃない?』って。それでねー」

 「っだぁー長い‼︎暗いっ‼︎」

 「…………。ひっ…うっ…」


 俯いて静かにうっうっと涙は出ないが泣くアスタロト。才能の壁とは恐ろしいもので、人間にもどれだけ努力しようがテストで点が取れない人間もいれば、授業中ふざけて怒られてばかりの問題児がテストで高得点を取るときもある。それほど覆せない壁を目の前にしたら、ふざけるなと投げ出し、努力など無意味に思えて仕方がないだろう。


 「なにこれ、これが魔王⁈エナ─いやあいつは中身変わってるけどなんで二人とも尽く魔王らしいイメージ覆してくんのっ⁈え、魔王は多重人格者って決まりでもあるわけッ⁈」

 「落ち着いてください、カイム様。まだ二人ですサンプルが少なすぎます。それに臆病な彼女の努力をそう言ってはかわいそうですよ」

 「そ、そうね、ごめんなさい…じゃなくて、なんで私が魔王に謝らないと、というかそれよりも!あんたはなんでここにいるのよ、まさかすぐにバレるこの場所で二千年隠れることができていたなんて言わないわよね」

 「─それは…」


 ───‼︎


 突如上から響いた咆哮。視線を飛ばせば、獰猛な赤き閃光が四つ。そう、あの巨大な肉塊が二頭、姿を現した。二頭はそれぞれ上から幹の縁を歩き襲う機会を窺っている。


 「あいつらは─ッ‼︎ノエル‼︎─ノエル⁈早く魔術を展開しなさい‼︎死ぬわよ‼︎」

 「か、カイム様…」

 「なに⁈」

 「…対象から魔王クラスの生体反応を検知…。無理、です。私の力では迎撃どころか逃げきることができません…っ」

 「はっ?こいつらが⁉︎─霧深い日、魔族の反応…まさか、こいつらが失踪の原因…⁈」

 「─契約者のくせに軟弱なやつらだ。逃げきれないとわかっているのならば抵抗しろ。お前らは王族だろう、ならばせめて後ろの村の雑魚どもを守ると誓え‼︎」


 アスタロトは焔纏う巨大な鎌を顕現させ、半身を青白い炎に染め、戦闘体制に入った。ノエルも怯えつつ魔術を多重展開させカイムのアシストに回る。それを見ると、アスタロトは頷いて。


 「では──断罪を開始するッ‼︎」


 そうして、戦いの火蓋は切られた。

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