1-3 魔王
─先輩、なにを言ってるんですか。
信じてくれた者を、裏切っちゃだめですよ。だって、先輩は教祖様なんですから。
ですからどうか、手を離してください。私も…明日に逝かせてください。
ね…お願い、です。未練が…残っちゃうじゃないですか。先輩…
「ん…」
「─⁉︎カイム様っ!お目覚めになられましたか⁉︎」
響く雨音にカイムは目を覚ます。どうやらノエルに膝枕をされているようで、背中から下はひんやりと冷たく、濡れていた。視界いっぱいに映る血に塗れたノエルの崩れた泣き顔と、建物の隙間から覗く暗雲立ち込める雨空に、先ほどの巨人が脳裏を過ぎり何処か不穏な気がして身体を起こす。
「ノエル…。…ここは…?兵は?あの巨人は?王都は、大丈夫なの…?」
「…ここは王都内の…路地裏です。民は…。…っ、あちらを」
「どうしたのよ、そんな泣い─は?なに、あの黒い文字の…ヒトガタ…」
「民だったモノ…です」
「…なんて?」
「あの黒いヒトガタは…民だったモノです…。恐らく先ほどの巨人が起こした爆発の光によるものかとっ…。兵達も…光に呑まれたと思えば倒れ、直後全員苦しみながら息絶えました。…すると、あの黒いヒトガタが死んだ兵達から生まれたのです。元凶であろう巨人は…爆発が終わった時には、もう既に魔法陣ごと消失しておりました…」
「そんな…どうして?民が…なんで…?」
徐々に瞳から光が失われていく。なにかを悟ったようにカイムは自身を打ち付ける雨よりも冷たい笑みを浮かべて。
「…っそう。みんな死んで、しまったのね」
「…はい」
「兵たちは置いてきたの?」
「…はい」
「殺したの?」
「…いいえ。…聞こえるでしょう?民たちの、苦しむ声が」
「…そうね。この五月蠅さだけは、いつもの王都と変わらないわね」
「私にはどうも、まだ彼らの魂がそこにあるように思えて…攻撃、できませんでした」
「…そう」
雨天を仰ぎながら立ち上がり、俯き、スカートの裾を掴んで嗚咽を漏らし泣いているノエルの頭にカイムは優しく手を置いて撫でた。一瞬びくっと身体を震わせたノエルは我慢の限界だったのかごめんなさい、ごめんなさいと誰に向けたのかもわからない謝罪をひたすら繰り返しながら涙をさらに溢れさせた。
そんなノエルを見て、カイムはため息ひとつ、撫でる手を止めないまま路地の外へ身体を向ける。
「…ありがとう。民を大事に思ってくれて。大丈夫よ。…私が導くから」
「…⁉︎いけません…!意識を取り戻したばかりだというのにお身体に障ります!カイム様が殺すのでしたら代わりにこの私が…っ‼︎」
「…いいのよ、ノエル。手にかけるのが怖いと思うのなら、私を補助するだけでいい。民の魂がまだあのヒトガタに囚われているというなら、王女の私が解放して、導いてあげなきゃ。城は…崩れているわね。みんな生きてるかわからないけど…行きましょうか。道中の邪魔をする民は導くから。ノエル、飛ばすから魔術かけて」
「…よろしいのですか?」
「ええ。だって、まだ家族が死んでるなんてわからないもの。王族が死んでいたら大変だわ。確認が取れたらそのときは全員、導くから」
「…わかりました。…すみません」
「いいのよ。私がやるべきことだから」
「私も…微力ながら、ご助力致します」
ノエルが目を閉じ詠唱を始めると、カイムの脚に魔法陣が展開され、バチバチと激しい音を出し電流のようなものが迸るのと同時に、カイムの体温が上昇し呼吸が荒く、早くなる。
カイムが手を翳せば身長ほどの細身の長剣が顕現し、それを掴むとゆっくり閉じた目を開き、路地裏を飛び出して王城への道を稲妻のように駆け出した。
●
「お父様!お母様!ロスメルタ!セレーネ!プレーヴィ!アストレア!ファーカレス!みんな無事⁈どこにいるの⁈ねえ、返事してよ‼︎私、帰ってきたよ‼︎…ねえ!ねえっ…!お願いだから…返事してよ…」
玉座の間は天井が崩落し、壁にも衝撃で吹き飛んだのであろう穴が空いており。石と灰の部屋には崩落した瓦礫に巻き込まれて下敷きになった従者たちが倒れており、カイムらは影となった従者たちを斬りながら、いつも玉座の間にいた両親や妹たちの無事を願って叫んでいた。
「カイ…ム…?」
「…‼︎お父様…⁈…んっしょっと…!ああ、そんな…お父様…‼︎」
呻き声が聞こえたほうへ急いで駆け寄り瓦礫をどかすと、そこには国王がなにかの支柱に腹を貫かれて、頭から血を流した状態で苦しんでいた。よく見れば右半身がヒトガタ化しており、すぐ側には既に力尽きた女王が倒れている。国王は女王を庇い貫かれたが、半端にヒトガタ化したために死ぬに死ねなかったのだろう。そんな国王を見るに堪えず、カイムは目を逸らしてしまった。
「…はは、なにを泣いているのだ、カイム。おまえは私に叱られていてもいつも笑顔でいただろう?…無事でよかった。最期に、いつもの笑顔を見せておくれ」
「いやよ…いやよ!ねえ、お父様…最期だなんて言わないでよ、今日は私の誕生日…記念すべき大人になったでしょう⁈祝わずに逝くだなんてそんな最悪なことしないわよね⁈それに妹たちはどうしたの?まさか、瓦礫の下敷きに─」
「妹たちは、ここにはいないよ。カイム」
「じゃあ、どこに…」
「先ほど爆発が起きたとき…衝撃でみな下敷きになり、意識を失ってな…、巨大な影どもが天井から飛び込んできて、妹達だけを攫っていったのだよ…ぐっ」
「さっきの…そんな…」
「─カイム、聞いておくれ。きっとこれは…裁きなのだよ」
「は?裁きって…なに?お父様、なにか知っているの…?」
「これを、持って隠し扉の先の…奥にある地下室に行きなさい」
国王は首から下げていた黒い錆びた鍵を持つと、手へ握らせた。そしてそのままカイムの頬へとゆっくりと震えた手を伸ばす。カイムは感情が入り混じった複雑な表情のまま掴むと、自身の頬へとその手を導いた。
「ああ…温かいよ。…生きているんだね、カイム。ありがとう、おまえだけでも助かってくれて。…いいかい。これは約束だよ。地下室で見たものを受け入れなさい。信じなさい。きっとおまえを…この国を導いてくれるはずだから…ね…」
「言ってることがわからないわよ!もっとわかるように──お父様?お父様⁈」
重力に従い力無く崩れ落ちる手を慌てて掴み、国王の顔を見る。国王の瞳はもう光を宿しておらず、カイムの体温を感じれたからなのかどこか満足気に優しい笑みを浮かべながら息を引き取っていた。
「そんな…お父様!お父様ぁッ…‼︎…う、なんで…どうして…っ!!」
「─カイム様」
「っ、ああ…ああああああああッ!もう…泣くのは、まだよ…っ!早く…地下室に行かなきゃ…。私は…第一…王女だもの…」
胸を強く押さえ自己暗示をかけ足を引きずりながらゆらゆらと玉座の間を出るカイム。ノエルはひとこと「国王陛下。女王陛下。…お疲れ様でした。どうか…安らかにお眠りください」とだけ残し、あとに着いて行った。
どうにか玄関のある広間まで辿り着き、いざ地下室への隠し通路を開こうとしたとき。
「─カイム様ッ⁈ああ、よくぞご無事で…‼︎」
と、背後から老婆のしわがれた声が響き渡った。
「…。…エリアス?エリアスなの?」
振り返ると、そこには血だらけの重装に身を包み、片腕を失くしたエリアスという老婆と、負傷している様子の兵が十数人いた。彼らもよく見れば身体の一部が半ヒトガタ化しており、もう彼らも長くはないことは明白だった。
「はい…第一兵団団長、エリアスでございます…。…っ、すみません、我が隊は南方国境付近の魔族の集落を殲滅する任にあたっており…到着が、遅れました…っ。…はぁっ、カイム様…国王陛下と女王陛下、妹様たちは…?」
その問いに、カイムは静かに首を振る。それを見て、エリアスは悔しそうに拳をつよく握りしめた。
彼女の名はエリアス。この城に仕えるカイムらの乳母であり、第一兵団の団長でもある勇ましい女性である。
「…ひどい怪我ね。ノエル、治療を…」
「………。はい…カイム様」
「…ッ、いいえ、お構いなく…‼︎見ての通り我々はもう助からない、いつあの影どものように成るかもわからぬ以上、カイム様と共に往くことはできませぬ。今、影どもがこの王城へと押し寄せています…兵を残してきたものの、いつまでもつかわかりませぬ。ですからどうかおふたりはお逃げください…‼︎」
「…逃げるなんてしないわよ。私はこれから、お父様より預かったこの鍵で地下室に行くの。…それに、あんたたちも重傷じゃない。囮になんて馬鹿なこと言わないで、私はあんたらに逃げて、生きていてほしいわ」
「カイム様…もう、無理、なのですよ」
「地下室…?…はは、なるほど…そうなのですね…っ、…ならば、我々がここに残る理由がより強固になったというもの。…それと、その言葉をそのままお返し致します。国王陛下がその鍵を託したということは、カイム様がこの国を担っていくということ…‼︎ですから、どうか手負いの我々にここは任せて、行ってください」
「エリアス様…‼︎あの影たちの声がすぐそこまで迫っています…‼︎」
「了解した。…お前らも聞いていたな!カイム様が地下室に無事に辿り着けるよう、その命をカイム様に捧げよ!ここに命を惜しむ腑抜けなど存在しない!我らミロナーク聖国王城兵の底力を見せつけてやれ!!」
エリアスの喝に、兵たちからうおおおっと勇ましい鬨があがる。エリアスは再びカイムらのほうへと振り向き、優しい笑顔をひとつ向けて。
「…では、カイム様。どうかお元気で。ノエル、カイム様を頼みましたよ」
「…はい、エリアス様も、どうか…お元気で」
「え…ちょっと、待ってよ…」
「お前ら、行くぞ!」
「エリアス…待ってっ‼︎」
「カイム様…行きますよ…‼︎」
「行けェッ‼︎カイム様をお守りするのだ!うおおおおおおおおおおッ!!!!!!!!!」
カイムとエリアスは、互いに反対のほうへと走り出した。
背後から聞こえる鈍い音と、民か兵かわからぬ悲鳴に耳を塞ぎながら地下の道を走り続けた。
十数分後、最奥にてカイムは巨大な何重にも張り巡らされた魔法陣によって封印された木造の扉の前まで辿り着いた。
「はあ…っ、これが…お父様の言っていた部屋…?…っ、鍵穴なんて無いじゃない…」
「いいえ、カイム様。鍵を魔法陣に…」
鍵を魔法陣へ近付けると鍵穴が現れ、差し込み回すと、封印が光り輝き…直後、砕けた。
二人は顔を合わせ、頷くと恐る恐るドアノブへ手を置き、ゆっくりと扉を押し…中に入る。そこで飛び込んできた光景に─二人は思わず言葉を失った。
「なっ…‼︎なんで魔族が、ここに…封印、されているのよ…‼︎」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます