第40話 魔法少女ユカリヒバリ

「センパイ! こんなバケモン相手に鉄パイプでどーしろってんですか!」

「吸収できるのは別に敵の攻撃だけってわけじゃないでしょー?」

「そりゃそうですけど……ってどわー! いきなりこっちにビーム撃たないでくれます!?」

「うふふ、わかってるじゃん。そうやって他の人の魔法を吸収して闘えばいいんだよー」

「今当たってたら普通にわたし死んでましたけど!?」

「えー? そんな仮定意味あるのかな? 石川さんならそうするってわかりきってるのに」

「センパイはなんでもいきなりすぎんですよ! なんでもやる前に予告してくれないもんですかね……」

「それじゃ対応力が鍛えられないから意味ないよー」

「微妙に納得しそうになる正論パンチやめろ!?」


 そう大声で叫んでからため息をつくと、石川柚子は炎上する樹の化け物に鉄パイプの先を向けて、その空洞からレーザーを放った。


 パチパチと燃え盛る樹の幹に命中したそれは蒸発するように霧散する。


「うーんぜんっぜん効いてないですね」

「じゃ、今から石川さんごと攻撃するからあとは適当に私のビーム吸収しつつ流れでお願いねー」

「やめて!? ちょ……ギャーッ!」


 そうして最前線に放り込まれて、なぜか大引静の放つレーザーに晒されながら悲鳴をあげ、両手に持った2本の鉄パイプで吸収しつつ、木の枝を殴ったり受け止めて吹っ飛ばされたり、その先で宙返りし吸収した魔法を銃のように放ったりしている石川柚子を、私はただ見ている。


 わからない。

 どうしてこいつはこんな状況に陥っても楽しそうなのだろう?


 一撃でもまともに木の枝で薙ぎ払われれば即死してログアウトさせられるこの状況で。


 きゃーきゃーうるさい悲鳴を上げているくせに、その口元は笑っている。


 少しくらい動揺するとか、緊張するとか、そのくらいの顔しろよ。


 もっと情けない姿を見せろよ。

 無理だって言えよ。


 ……なんて、勝手に自分ひとりでイライラしているだけなのが私だ。


 最初に見た時からこいつが嫌いだった。


 自己紹介の練習なんてして、みんなで楽しくやろうと言わんばかりの態度。武器でもなんでもない鉄パイプを出すとかいうふざけた能力。


 ああ、なんとなく面白そうだから魔法少女始めただけのよくいる馬鹿か。


 最初はそう思っていた。


 そのくせに妙に気が強いし、闘うとなれば本気で向かってくる。絶対に諦めない。軽口ばかり言うくせに、負ける寸前になっても、気持ちは切れない。


 大引静のような強者にも認められている。


 今だってそう。


 私はこんなに必死にやってるのに、魔法少女が楽しいだなんて思ったこともないのに、なんでこいつだけ。


 私が欲しかったはずのものを全て持っているのだ、と。


 魔法少女ユカリヒバリ。数百年前から家に受け継がれる紫電を操る魔法少女の名前。


 むらさき、お前もそうなるんだよ。


 お母さんやおばあちゃんが魔法少女だったころの映像を毎日のように見せられながら、家族や親戚にそう言われて育ってきた。


 だいいち、なんで子供にむらさきなんて変な名前をつける? 源氏物語かよ。それじゃ、まるで魔法少女として活躍できなければ、私には価値がないとでも言わんばかりではないか。


 いや、実際そうなのだろう。

 魔法少女ユカリヒバリになれない東雲紫に価値などないのだろう。


 きっと、おばあちゃんや、お母さんも、そういうふうに言われながら頑張ったのだろう。


 紫ならできるわ。私の娘だもの。なんて言われた回数は数え切れない。


 だから私は何を言われても「はい」と答えて、魔法少女の訓練に没頭してきた。


 これだけ頑張っているのだから、私だってきっと大丈夫。やれる。お母さんみたいにすごい魔法少女になれる。そう思っていた。


 大引静に手も足も出ず負けたのはその頃の話だ。


 高校生以上のプロ相手ならともかく、わずか2歳上の中学1年生のアマチュア魔法少女に一方的にボロボロにされた。


 それまで同年代の魔法少女に対して負け無しだった私はきっと調子に乗っていて、ちょっと年上の中学生だって敵じゃないと思っていたのだろう。


 勝てる気がしなかった。

 口にしたことはないが、今もしない。


 そして私はそれから負けるのが怖くなって、慎重な闘い方をするようになった。


 まだ同級生や年下に負けることはなかったが、それでも年上に負けることは増えた。


 あの子は心が弱すぎる。もしかしたらダメなのかもしれない。


 直接言われてはないけれど、お母さんがそう思っていることは知っている。

 そうやって電話で誰かに相談しているのを聞いてしまったから。


 その言葉はいつか私自身に向けられる。

 その瞬間を想像して、私は試合で闘うたびに恐ろしさで震えていた。


 はは、お母さんの言う通りだよ。ごめんね、こんな怖がりで傷つきやすい娘で。


 そして、逃げるようにして親元を離れて淡路島にやってきた。

 強くなりたかったからだけじゃない。ただ、お母さんの近くにいたくなかったから。


 期待外れの娘だって言われるのが嫌だったから。


 だから、そんな弱い自分を塗りつぶすように、自分は強いのだと思い込むことにした。


 でも、思い込みだけで強くなれるなら苦労はしない。


 その結果、クラスの同級生にすら負けて。


 なんで負けたかなんて自分が1番わかっている。消極的な闘いしかしてないから当たり前だ。


 だから遅かれ早かれ、そういう日が来ることはわかっていた。


 負けた日のことを思い出す。


 そういえば、頑張るとか言ってた頭お花畑の同級生がいたな。


 長岡陽菜乃、だっけ。


 辞められるなら魔法少女なんてやめてしまえ。その性格じゃ向いてないぞ。頑張ったからって、あんたの思い通りの結果になんてなるわけない。心が傷つくだけだ。


 努力は簡単にお前を裏切る。


 私にはわかる。だって私だって昔はそうだったから。頑張ればきっとお母さんみたいになれると思ってたから。


 でも、きっと無理。


 ねえ、石川柚子。

 どうせあんたもそう思ってるんでしょ?

 特待生のくせに期待外れだって。

 お母さんみたいに、私のことをそう見てるんでしょ?


 だからこそ、嫌いだった。


 あの女が近くにいると、私自身がひどくみじめな存在になった気がして、死にたくなるから。

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