第39話 えええ!? マジでやんの!?
「ほら、誰が最初に倒すか競争競争ー!」
大引さんは翼のように展開させた羽衣から無数のビームを放ちながら、樹木型エネミーに向かって文字通りすっ飛んでいく。
それを見ていた3年生の1人が舌打ちした。
深紅のバトルドレスを纏った特に気の強そうな生徒である。
「いつもだけどあいつマジでなんなんだよ」
「別に勝手に弱らせてくれるなら手間が省けるしいいじゃん。あ、ラストアタックは私が貰うからよろしく~」
眠たそうな瞳で挙手するのは目深ぎりぎりにナイトキャップをかぶる紫色の魔法少女だ。見た目もネグリジェのようなダボダボのバトルドレスで「わたしは今から寝ます!」とでも言いたげな恰好である。
「あの、ラストアタックって何ですか?」
わたしがしれっと質問すると、気の強そうな先輩がふんと鼻を鳴らし、いかにもダルそうに肩をすくめた。
「大引が出てきた以上もう意味ないから言っとくけど、レアエネミーのドロップアイテムを得られるのはとどめを刺した魔法少女だけだから。ライジングフォームにすらなれない1年生じゃ私たちの戦いに近づくことすら無理だろうし……ま、せいぜい覚えときなよ」
そうどこか見下ろすように笑うと、3年生の3人組はふわりと浮かんでちょうど大引さんが戦っている樹木型エネミーの方へ飛び去っていく。
ていうか、手伝うとか言いつつ報酬がっつり全部持っていく気だったんかーい。
結構エグい奴らだなと感銘を覚える。ま、そういう手段を選ばない感じは嫌いじゃない。
そのまま戦いの様子を見ていると、やがて色とりどりの遠隔魔法攻撃が乱れ飛び、樹木型エネミーに集中砲火が浴びせかけられ、轟音がとどろきはじめた。
『ララララ、ララ・ラ・ラ』
どこから出しているのかもわからない、透き通った歌う声が聞こえた。
木の幹から突き出た───文字通りの枯れ枝のような───無数の細腕を鞭のように振り回し、根を足のように動かして地面を耕しながら動いているのが見える。
手足のある樹、まさにゲームの中に出てくるトレントだった。
大引さんは鞭の群れをひらりと避けてあるいはビームで焼き、はるか上空から無数のビームを雨のように降らせてみせる。
他の魔法少女たちもさすがライジングフォームというべきか、襲い来る鞭を異常な動体視力でいなしながら攻撃を加えていた。
だが、トレントは全くそれを意に介した様子がない。
現にAR表示ではエネミーのHPバーが見られるが、トレントのHPはわずかしか減っていなかった。ずいぶん硬い樹だな……。
さっき人だかりを作っていた魔法少女たちも乱戦になっているのを察知したのかちらほら戻ってきている。数えてみれば、もう10人以上の魔法少女が戦いに参加していた。
「はやく石川さんもきなよー!」
大引さんが掴んだ羽衣をぶんぶんと振ってわたしに合図をしたのが見えた。
おいおい、あんなデカいバケモン相手に鉄パイプで挑めるものですかね?
「さてそういうことだけど、わたしたちはどうする?」
「なに勝手に人のこと数に入れてるわけ? 1人で行けば?」
2人して取り残されたので東雲さんに話を振ってみるが、相変わらずのこの反応。
「えー? 東雲さんこそさっきは1人でもやりたそうな雰囲気だったじゃん。行かないの?」
「言ったよね? 馴れ合いに興味ないから。仲良く共闘して遊びましょうって? くっだらない」
「ああいうのって共闘じゃなくて争奪戦みたいなもんだと思うけど。それこそ東雲さんが最初に見つけたんなら、このままスルーしたら癪に触るんじゃない?」
「チッ」
東雲さんは舌打ちしてわたしから目線を切ると、飛び上がった。
向かうは当然戦場である。
わたしもそれについていく。
「おい! なんでついてくんのよ!」
「だって大引センパイに呼ばれてるしー」
「なら私の後ろちょろちょろすんな! うっとうしいのよ!」
「まあまあ、そう言わずに……」
「だからって横に来んな馬鹿!」
そろーっと東雲さんの真横につくと思いっきり罵倒された。
それでもこちらを攻撃してこないあたり、すべきことは頭の中でしっかりと決めていることがうかがえる。
授業で炭谷くんの攻撃を食らった時もそうだったしな。
今、東雲さんの中ではあのトレントを倒すことが第一であって、それはわたしと闘うことではないわけだ。口の悪さは終わってるが案外きっちりした子なんだろうなとは思う。
「おっ?」
集中砲火を浴び続けているトレントが流石にたまらなくなったのか、枝を幹の前にかざすようにして防御姿勢を取った。
AR画面を見れば、HPも少しづつではあるが減っているのが見える。
まあ10人以上も魔法少女が束になって攻撃すればレアエネミーとは言ってもさすがに無傷とはいかないだろう。
そして「チャーンス!」と叫んで両手から大きな火球を放つ、ついさっき東雲さんともめていた3人のうちのひとり、深紅の魔法少女の姿があった。
トレントがごうと燃えて炎上し赤い火柱が上がった。
HPがゴリゴリと減って半分を切る。おっと、効果はばつぐんか!?
『ルルル……』
火柱の中から、歌のような声が漏れた。
そして同時に、ぎり、ぎりりり、と何かを引き絞るような、あるいは引きちぎるような、音。
「大引、こいつは私が貰うからHPギリギリで邪魔すんなよ」
「ん~。それは別にいいけど……」
そして、既に空高く距離を取っていた大引さんを深紅の魔法少女が大声でけん制する。
それにつられて周りの魔法少女たちも動きを止めた。
大引さんは少しだけ難しそうな顔をして一瞬口ごもった。そして、
「そこにいたらたぶん死ぬよ?」
『ルルッ、ルルルル、ルルルルルルルル!』
地の底から這い出てくるような歌声。びゅう、と風を切る音がした。
火柱がゆがみ、中にいるトレントが燃える枝を振り回し、こまのように回転した。
運悪く近くにいた魔法少女たちの身体が根こそぎ爆散した。
※
《全体アナウンス》
《Red Alert! レイドバトル開始!》
《HPが50%以下となったため第2フェーズへ移行します。真名開示───危険個体:樹骸端末ベニヒメ》
《シミュレーター内に存在する魔法少女たちは積極的な参加を推奨します!》
《力を合わせ危険個体を討伐し、豪華報酬を手にしましょう!》
※
豪華報酬やらレイドバトルなんて言葉を使われると、大引さんの言う通り確かにゲームである。
学校のお金で高級焼肉でも食べれるのかな。
のんきなことを考えている間にも視界の端にあるAR表示が、ずらずらと何行にもわたって魔法少女の死亡ログをご丁寧に伝えてくる。めっちゃ死んでんな!
もちろん大引さんをけん制していた気の強そうな先輩も一撃で爆死していた。
やっぱイキって仕切りだすとろくなことがないぜ。
ちなみにシミュレーター内でバトルドレスの耐久値がゼロになると強制的にログアウトになる上にその後6時間はシミュレーターを利用できない。
糸原先生に理由を聞いたことがあるけれど、要は頭を冷やすためのクールタイムってことらしい。あとは戦闘不能が軽すぎるとゾンビアタック(死を前提に何度も敵に挑むことの意)みたいなことをやりだすバカが出てくるため、闘う訓練にすらならないからということだった。
そりゃ負けてすぐ復帰できたら、試合に向けた訓練って考えたら意味ないよね。
当り前だが、試合ではバトルドレスの耐久値が無くなれば負けである。復帰などできない。
イキっていた先輩はきっと音ゲー躯体の前でブチ切れていることだろう。
要はそういう頭に血が上ったタイミングで再ログインさせないための機能である。
さてと、目の前の戦場はすでに燃え盛る巨木が暴れまわり草原は炎上し、黒煙が漂う地獄絵図と化しているわけだがどうしたもんか。
生き残りの魔法少女たちもいったん体制を立て直すために、攻撃を避けながらいったん攻撃をやめて観察に徹していた。
と、ちらりと遠くの空を見る。今までどこにいたのか、大量の人影がこちらに迫っていた。
うおお、凄い数の魔法少女が集まってきている!これじゃあ完全にわたしと東雲さんみたいな1年生は蚊帳の外か?
フィールド全体にレイドバトルのアナウンスがかかったおかげか、今シミュレーターにいる魔法少女がみんなここに集結しているらしい。
それはともかく、もうひとつ気になることがある。
距離を取って上空からトレントを見下ろしている大引さんの横に着くと、
「あの、大引センパイ、あれデカくなってません?」
「そうだねー」
大引さんはいつも通りのんきに語尾を伸ばしながら、20mくらいかなあ、なんて両手でサイズを測っている。
レイドバトルがアナウンスで宣告されてから、どんどんトレントのサイズが成長しているのである。既に最初見た姿の2倍以上に成長していた。
「じゃ、行こっか!」
「えっ?」
「だってみんなひよってるしー? 今なら思う存分やれるよー!」
大引さんはにへらと笑うとわたしの右手を取り、燃え盛る樹に突撃した。
えええ!? マジでやんの!?
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