第2話 なんか気持ち悪くて襲ってくるやつ

 不合格を確信していたとしても、入試の合否はすぐには出ない。

 面接を終えるときに合否は1週間後に郵送で送られてくると言われたので、それまでは大人しく待っているしかないのである。

 

「それにしても、こんな山奥の城をそのまま学校として使ってるなんてねえ」


 エントランスホールを見上げると天井ははるか高く吹き抜けになっていて、ぱっと見教会のような雰囲気だった。

 壁際に並ぶように取り付けられている縦長のステンドグラスからは色とりどりの光がきらめきながら自然光だけで広い空間を明るく照らしている。ところどころ細い亀裂が入ってる灰色の石壁を背景に光を反射しながら漂う塵を見ると、どこかノスタルジックでホッとするような居心地の良さがあった。


 兵庫県の南部から高速バスで明石海峡大橋を渡った先、淡路島の山奥にこの古城はある。

 受験案内のパンフレットによると、かつて修道院として使われていた場所が、人数が増えるにつれて増築を重ねた結果城のような見た目になったらしい。


『ふうん、ワタシにはカビ臭くて寒い場所にしか思えないかしら。ほら、隙間風もすごいじゃない?』

「だから心を読むなってば」

『頭にアルミホイルでも巻いてみる?』

「あんたのテレパシーは電磁波なのかよ、ってさむ……」


 入り口のアーチから風が吹き込んできて、思わず着込んだ黒いウィンドブレーカーの前を閉じて縮こまった。

 今は受験シーズンなのでもちろん季節は冬。そしてここは山奥のど田舎であり、外で風に吹かれてざあざあと音を立てるたくさんの常緑樹の木の葉の音を聞いていると、余計に身を切るような寒さを感じる。


『ふうん。そんなこと言って、読まれたら困るほど大したこと考えてないじゃない、柚子は』

「一応これでも多感な女子小学生なんですけど! 思春期なんですけど!」

『キモーイ、前世が大人の男とか言い張ってる割に思春期のフリしてもメンヘラになるのが関の山かしら〜』


 面白がってピュイピュイ鳴きながらシャリンはわたしの周りをぐるぐる回っている。

 こいつ焼き鳥にしてやろうか……。


『あ、確かに今の思考は思春期っぽかったじゃない。キレやすい若者みたいで』

「シャリンさあ、わたしだからいいけど他の子と契約して同じことしたら絶対その子グレるから人の心勝手に読んで遊ぶのやめときなよ」


 シャリンとわたしの間でこういうテレパシーを使ったからかい遊びみたいなのは日常的に行われている。もちろん冗談である。


『柚子以外にはやらないから安心していいわよ。それに手当たり次第契約して担当の魔法少女増やすなんてめんどくさくて願い下げかしら。だから私は柚子専属のマスコットってわけじゃない。もっと喜んでいいわよ?』

「面の皮が厚すぎる……」

『あら、近ごろ担当の魔法少女が1人しかいないα族はすごい珍しいのよ? 例えばこの学校にいる魔法少女なんて殆どが掛け持ちで担当されてるはずだし。ほら、あそこにいる猫なんかちょうど担当の2人と話してるでしょ』


 シャリンがくちばしを向けた先を見ると、2人の女の子がしゃがんでほっそりとしたオレンジ色の毛並みの猫と話しているのが遠目で見えた。試験の振り返りをしているのかもしれない。

 こういうとき、もし片方だけが落ちたりしたらどうするのだろうかとふと思う。

 すごい気まずいだろうなあ……。そう思えば専属マスコットと専属魔法少女というシャリンとわたしの関係は気が楽なのかもしれない。


『うんうん、だから柚子は一途なワタシにもっと感謝すべきかしら』

「あんたはただ面倒なだけでしょうが。はーあ、帰ろ帰ろ」


 ため息をついて歩き出す。お母さんと兄貴への言い訳を考えながら。





 バス停に着くと、次のバスが来るまで30分以上。

 ただぼうっと立っているだけだと寒いので、散歩がてらキャンパス内を歩いてみることにした。





 バス停の近くに立っている看板に描かれた校内地図を見ると、試験を受けた古城だけでなく、広大な敷地の中にいくつもの施設が点在していることがわかった。

 試験案内にはそこまで書いてなかったけれど、仮に入学したらめちゃくちゃ移動大変そうだな……。寮の位置も書いてあるけど見た感じ校舎からかなり遠そうに見えるし。


 そのまま道路沿いに歩いていくと、やがてたくさんの花壇が並ぶ庭園の入り口に行き着いた。

 ちらほらと数少ない冬の花が咲いている以外は剪定された丸裸の茶色の枝が並んでいるだけの殺風景な場所だったけれど、きっと春になれば綺麗に咲くんだろう。

 立ち並ぶ花壇の中心にある洋風のあずまやに入ると、中には誰もいなかった。そりゃ寒いから当たり前か。


 風除けのために少し休んでいこうと中のベンチに座ってしばらくすると、


「あらあなた、今年の受験生ー?」


 聞きなれない声が聞こえた。

 思わず振り向くと、もこもこした黒いアウターに薄い黄色のマフラーをした年上らしき女の子が、いつの間にかあずまやの外からわたしを覗いていた。中学生っぽいし、もしかしてここの生徒さんだろうか。


「あっすみません。ここ立ち入り禁止だったりして」

「……そうなのかなー? ごめん、よくわかんないや。でも別に職員さんに止められてなければ良いと思うけどねー」


 細い目で随分と眠そうに間延びして喋る人だった。肩口にかかるくらいのウェーブがかったアッシュブロンドの髪が僅かに風で揺れる。


「私は2年の大引静おおびきしずかだよ。よろしくー。4月から会えるといいねー。あ、でもそしたらその頃は私3年生か。ね、試験は終わったの?」

「石川柚子っていいます。ご丁寧に……。はい、まあ、なんとか」

「受かりそー? 落ちそー?」


 にこにこと口元で笑みを讃えながら、大引さんはまるで何気ないことを聞くかのように言う。


 すげえ……この人凄えよ。

 だって、見ず知らずの受験生に「落ちそう?」なんて普通は聞かない。

 せめて「どうだった? 受かるといいね」くらいにとどめるだろ。

 ちょっと話しただけでも変わり者っぽい雰囲気がある。ただ、わたしはすでに不合格を覚悟しているので普通に答えることにした。


「わかんないですけど、多分落ちるんじゃないかなって思います」

「ありゃ、だめだったー? 筆記? 面接?」

「面接の方がちょっと。わたしの魔法しょぼいので……鉄パイプを出す魔法なんですけど」

「ふうん……? 興味あるな。ここで見せてよー」


 気のせいか、一瞬、細まった大引さんの瞳が射抜くようにわたしを見たような気がした。

 わたしはその違和感に気づかない。


「別にいいですけど……たいしたモンじゃないですよ。でもここで変身していいんですか?」

「いいよいいよ。だってここ魔法少女の学校だよー」


 大引さんは右手をひらひらさせながらにへらと笑った。

 それもそうだ。別に受験生は校内で変身するなとも言われてないし……ま、いいか。

 わたしは特に疑問を抱くこともなくあずまやから出ると、左の袖をまくって腕時計を出した。螺鈿でできているらしい乳白色の光沢のある文字盤が日光を照り返してつるりと光る。ずいぶん前にお父さんからもらった時計だ。


「へー、それがあなたの変身アイテムミストラルパクトなんだ。いいなぁ、時計ならずっと身につけてられるし無くさないもん。私もそういうのが良かったなー」

「文字盤が手書きなんで時間は見づらいんですけどね」

「アハ、でも無くすよりはマシだよー。私なんてもう10回以上変身アイテム無くしてるからさー」

 

 クスクスと大引さんが笑う。えっと、これわたしも笑ってもいいところ? 冗談なのか真面目な話なのか分からないんですけど?

 迷った末にわたしは生暖かく苦笑いする。するといつの間にか姿を消していたシャリンが実体化しないまま脳に直接テレパシーを送ってきた。

 α族は姿を透明にする能力があり、契約した魔法少女とテレパシーで会話することもできる。つくづく地球外生命体だと思う。


『……ねえ柚子、このまま帰らない?』

(なんで?)

『勘。こいつ初対面の割にグイグイ来すぎじゃない? 面倒くさそうだし適当に切り上げた方がいいわよ』

(うーん……そこまで警戒しなくてもいいと思うけど)

『はぁ、ワタシは言ったからね。後悔しても知らないかしら』


 確かに大引さんは変わり者っぽいけど、ここまで来てやっぱやめますというのもなんだか体裁が悪い。

 少し引っかかるが、まあ変身して鉄パイプ出すところだけ見せてすぐやめればいいだけの話だ。

  

「じゃあちょっと変身するので見ててくださいね」


 わたしは一瞬だけ目を閉じて軽く息を吐く。そして人差し指と中指で腕時計の表面をトントンと叩いた。

 すると時計の針がギュルリと加速し残影を残して高速で回転する。そして文字盤が鈍く光り輝き、同時にわたしの全身を淡い光が覆った。


《Change.》


 流暢な電子音声が響く。

 数秒で光は霧散して、機能だけを追求したダサいウィンドブレーカーを着込んだ野暮ったいおさげの小学生(わたし)は綺麗さっぱりいなくなっていた。


 そして代わりに現われたのは、白色の丈の短いフリルドレスを纏った魔法少女である。

 半袖で生足丸出しの格好だけど、魔法少女変身すると寒さや暑さに強くなるので、特に寒さは気にならない。


 なんならさっきより全然暖かい!


 じゃあいつもこの格好でいれば冬も寒くないんじゃない? なんて思うけど、こんなフリフリドレスで街中を歩いたり学校に行ったりするのは流石に恥ずかしすぎて死ねる!

 もしかすると、わたしが転生者じゃなくて女児メンタルを持っていれば実行していたかもしれないけどね……。


「えーっと、出ろ、鉄パイプ」


 地面の石畳に手を当てて、引き抜くように鉄パイプを出現させる。

 取り出したのは長さ60㎝くらいの何の変哲も無い鉄の筒である。ザ・鉄パイプ。

 細身なので12歳小学生女子の小さな手でも持ちやすいのだけがメリット。


 わたしは手に取った鉄パイプをぐるりと回すと大引さんに差し出した。


「こんな感じです。本当に何の仕掛けも無いただの鉄パイプですよ」

「ふうん、武器召喚型かー。そして人に渡しても所有を拒絶されない、っと。ねえ、この鉄パイプっていくつも出せるの?」

「3つが限界ですかねえ。といっても持てるのは2本だけなんで意味ないですけど」

「へえ、初期段階で武器を複数召喚できるんだ。面白いね」


 何が面白いんだろう。わたしの能力はただの鉄パイプを出す能力でしかないんだが……。


「だから、ねえ、ー?」

「え?」


 あれ、なんかテンション変わったな?


 大引さんはポケットからスティック状の何かを取り出すと、聞き取れないほど小声で何かを呪文のように呟いた。

 するとウィイイン、という機械音と共にどこからともなく白銀のドローンが飛んできて、わたしたち2人の頭上高くで静止する。


 これは魔法少女が決闘する時に審判役を務めるドローンである。


 ……いや、ちょっと待てよ。おかしくない?


《決闘が申請されました》

《Release-Your-Soul! Get-ready-for-battle! (魂を解放し、闘いに備えよ!)》

《Wheel-of-Fortune! Change-the-world!(運命の輪を回せ! 世界を変えろ!)》


 は?


「この学校はねぇ、常在戦場、っていうの? 授業中とかじゃなければいつでも変身して誰と闘ってもいいってルールなんだよね。敷地に入れば生徒に限らず誰にでもその設定は適用される。もちろんあなたにも」


 大引さんはくすくすと笑うとひどく面白そうに口角をつり上げて、その細い目をわずかに見開いた。獲物を狙う蛇のように金色の瞳が瞬きぞっとする。

 持っていたのが棒ではなく扇子だと気づいたのはその時だった。開かれた扇の中央に満月が輝くのを見た。


「3年になると寮以外で下級生と関われる機会そんなにないし……入学前にちょっと味見してもいいよねー?」


 だめだ、これ、なんかヤバい! ごめーん! シャリンの言う通りだった! 声を上げる前に大引さんの全身が眩く発光した。


 どこからか、か細い歌が聞こえた。


《るんるると 空に流るる 星ひとつ

日輪ひのわは寝入り しじまを踏みて

凍てつく夜の 月のまにまに!》


 光がわずかに薄れる。大引さんは口元を扇子で隠すと、まるで囁くように唄った。


「へ・ん・し・ん♪」


《Rising Change───ルナサイレンス!》

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