【TS】わたしは鉄パイプで人を殴ることができます!

きなかぼちゃん

第1話 この面接は早くも終了ですね

「あなたの魔法少女としての能力を教えてください」

「鉄パイプを出せます!」

「なるほど、それによって何ができますか?」

「はい! わたしは鉄パイプで人を殴ることができます!」


 空気が凍り付いた気がした。


 この面接もう終わりだよ。

 もう完全に印象が田舎のチンピラだよ。


 ていうか、何?

 わたし、12歳の女子小学生なんですけど?

 鉄パイプで相手を殴りたがる12歳女子小学生って。

 言って改めて思ったけどヤバすぎるでしょ。

 どんな生き方をしてきたんだよ、わたしは。

 いや、普通の女子小学生なんですけど。


 でもわたしの能力って言った通りだし。

 鉄パイプを出せる魔法少女ができることって言われたら、そのまま相手を殴るくらいしか思いつかなくない?

 それ以外普通に無理じゃない? 仮設足場でも建ててみる?

 建設会社に就職したら役に立つかもしれないね……。


 ということで。


 俺───違う。「わたし」こと石川柚子いしかわゆずは面接に落ちたことを確信した。


「以上ですか?」

「アッ、ハイ」


 がらんとした会議室。

 部屋の折りたたまれた長机とパイプ椅子が隅に重ねて立て掛けられている。

 そんな中で、わたしはぽつんと置かれたパイプ椅子に背筋を伸ばして座っていた。


 数メートルの距離を置いて、一列に並べられた長机越しに座っているスーツ姿の3人の大人たちはこちらを観察するように眺めている。

 特に気になるのが中央に座る金縁の眼鏡をかけた老齢の女性だった。

 その怜悧な切れ長の瞳で見られると思わず背がのけぞってしまう。

 

 彼女は「ありがとうございます」と一言だけ言うと視線を落とし、さらさらとペンを走らせた。


 思わず目を逸らす。

 絶対にろくなこと書かれてないよ。


「あー、こいつの魔法使えねぇ~! 不合格!」

 ってメモに書いてんのかな。なんかヤダなあ。


 だいいちさぁ~、能力が「鉄パイプを出す」って、何?

 魔法少女ならすごいビームボコボコ撃ったりできるもんだと思ってたよ。

 ちょっと前までは。


 心の中でため息をつく。

 はぁ、だから面接ありの学校は受けたくなかったのに。


 転生したら女になっていた。


 異世界でもなく、前世と変わらない現代日本での二度目の人生。

 何不自由ない家庭でなんとなく生きてきた。

 兄貴が暑苦しいシスコンであるという点を除けば素晴らしい家族だと思う。


 ひとつだけ違うのは、この世界にはが当たり前のようにいるということ。


 毎日のようにテレビやネットのニュースでは魔法少女の話題が流され、SNSには魔法少女たちの名前がトレンドに並ぶ。ここはそんな世界。


 奇跡も魔法も……ある! ホントに!

 でも、思っていたのとちょっと違う。


「では続けて質問させていただきます。あなたは本校へ入学した後、魔法少女として今後どのように成長していきたいですか?」


 うるせ~~~! しらね~~~!

 わたしは面接官から目を逸らした。

 逆に鉄パイプ出して殴ることしかできない魔法に何を期待しているのか教えてくれよ。わたしを導いてくれ。


 ところで今受けているこの面接は就職試験じゃない。

 中学校の入試である。


 私立ふじ学園芙蓉ふよう中学校。

 いわゆる魔法少女養成に特化した学校法人。

 その面接試験である。


 魔法少女モノのアニメとか漫画といえば、人を襲うモンスターとかヴィランがいるのが普通だと思う。

 事実、この世界にもそういったものがいたらしい。


 昔の話だ。


 今じゃもうとっくにそんなものはいなくなった。

 あとは役目を終えた魔法少女だけが残るばかり。

 そんな魔法少女という資源を有効活用しようと始まったのが、魔法少女決闘競技。


 通称───《魔道》。


 その内容は魔法少女たちが己の魔法を使ってスタジアムを占拠し、地上と空中を縦横無尽に動き回り派手に闘う異能力バトルだ。


 つまるところ、この世界で魔法少女はスポーツになっていて、わたしはそんな世界で魔法少女になってしまった。気の迷いで。


 ……あ〜もう! 実のところ割と緊張してるし考えがまとまらない。

 どうせ落ちそうだし何言ってもいいような気がしてきた。もうヤケクソだ!


「はい! わたくしは貴校において鉄パイプを出す能力と魔法少女として空を飛ぶ能力を生かし、材料の運搬コスト削減及び労働災害を防ぎ、建設業界に貢献していける人材になっていきたいと考えています!」


 なるほど、お前は何故この学校に?





「ってことで落ちたよね」

『まだ決まってないじゃない! 諦めるの早すぎじゃない!?』

「いやー緊張しすぎてもうわけわかんなかったよね」


 面接が終わり、曲がりくねった廊下と階段を案内板を頼りに降りていくと、広い石造りの薄暗いエントランスにたどり着く。

 そこには先に面接が終わった受験生がちらほら、子供が試験が終わるのを待っているたくさんの保護者たちがやや落ち着かない様子で待っているのが見えた。

 

 しかし、今わたしが話しているのはお母さんでもましてやお父さんでもない。


 やたらキンキンした高い声でじゃないじゃないと唱えるのは、もふもふした羽毛が目立つ、手のひらにすっぽり収まるくらいのサイズの白い小鳥である。


 いわゆるシマエナガ。


 小さなぬいぐるみにも見える小鳥が流暢に人の言葉を喋りながら、目の前でばさばさと羽ばたいているさまは、前世で見れば怪奇現象以外のなにものでも無い。

 

 でも、転生したこの世界では普通のことだった。

 ちなみに家に友達が来た時は喋るぬいぐるみとしていつも大人気である。


「そもそも鉄パイプを出すだけのしょぼい能力で受かるわけない……シャリンだって分かってるでしょ。ここめちゃくちゃ倍率高いんだからさ」

『その割にはちゃんと試験勉強頑張ってたじゃない』

「お母さんに受けさせられたからって言っても、何もしないのも気まずくて嫌でしょ。だから筆記はそれなりに対策したけど、面接はどうにもならないよ。鉄パイプが出せる魔法で何ができますかって言われても困るわけよ」


 思わず肩をすくめる。

 わたしが魔法少女になった原因は100%自分のせいなのだが、その結果お母さんのテンションが上がってしまい、わざわざ全寮制の魔法少女専門課程がある芙蓉ふよう中学校を受験することになったというのが今。


 これでも一応わたしは元・大人の転生者である。

 中学受験の筆記対策くらいなら、大人の知識と子供の柔らかい脳味噌をもってすればそれなりにこなせた。

 超難関校なら厳しかったかもしれないけれど、ここの入試において筆記試験はそんなに難しくはない。どちらかといえば受験生が持っている魔法の能力と面接の方が配点が高いらしい。

 

 魔法少女の学校だから当たり前と言えば当たり前かもしれない。

 だからこそ落ちたことを確信しているわけだが……。

 

 ちなみに実技試験はなく、その代わりに自分の魔法をプレゼンしたアピール動画を送らなければならない。

 わたしが送ったのは、鉄パイプを地面から召喚して、その材質が限りなく本物に近い質感に仕上がっていることをひたすらアピールした動画だった。

 

 無言で鉄パイプをぶん回してる動画より、まだ画面の前で喋ってる方がマシだと思ったんだよ……。


『柚子、いつも小学生らしく意識して振る舞ってる割に急に利口になるの違和感バリバリでキモいわよ。中身は大人の男を自称してるくせに』

「うるせ~!」

『その顔でぷりぷり怒っても何も怖くないじゃなーい』


 左手でシャリンをぶっ叩こうとすると、いつものようにひゅるりと身を翻して上に逃げる。ジャンプしても今のわたしは背が低すぎて届かない。


 やってられねえぜ。このクソ鳥がよ……。


 できるだけ怖そうに目を細めて睨み付けてやると、シャリンはくちばしを開いてぴゅいぴゅいと笑っている。


 この世界には魔法少女モノにありがちな変身する力を与えてくれるマスコットキャラクターもちゃんといて、このシマエナガことシャリンがわたし専属のマスコット。

 

 わたしを魔法少女にした、数多いる《α族》の1人である。

 

 ちなみにシャリンはわたしが生まれる前から家にいる。普通の小鳥と寿命が同じだとは思わないけれど、この女(?)って一体何年生きてるんだ?


『知ったらアナタ死ぬわよ?』


 どんなノリだよ。それでもって思考を読むなよ。

 マスコットによる思考盗聴。これは魔法少女としてα族と契約すると履行される特大デメリットのひとつである。

 だからシャリンはわたしが前世の記憶があることも、元々男だったことも全部知ってる。


『あんた頭の中だとそんな口悪いの!? ていうか思考が完全に男のそれなんだけど!?』なんて、契約した時に本気でビビられたのはいまだに覚えている。


「はぁ、なんでもいいけどさ……今から帰って落ちたこと報告するのヤだなあ。特にお母さんと兄貴に言ったら泣かれそう」


 想像するだけで気が滅入る。

 別に自信満々で家を出たわけじゃないものの、それでも家族の期待を裏切るのはなんとも心が痛い。


『だからまだ分からないって言ってるじゃない。というか、そこまで落ちたの確信してるって一体面接で何言ったのかしら?』

「わたしは鉄パイプで人を殴ることができます」

『……アナタバカじゃない?』

「へぇー、じゃあ逆に鉄パイプで他に何ができるのか教えてくださいよわたしの専属マスコットさん」

『睨んでも怖くないし可愛くないわよ。ほら、鉄パイプでこういう工夫して戦いますとか、そういう試行錯誤の跡をアピールするとかいろいろあるでしょ』

「例えばなんかある?」


 シャリンはわたしの右肩に器用に留まると考え始めた。そしてコテンと首を傾げた。


『言われてみれば確かに無いじゃない。殴るか投げるかくらいしか思い浮かばないじゃない』

「でしょ? だから能力自体がハズレなんだってば。ふつうの鉄パイプしか出せないんじゃ、ねえ」


 わたしは盛大にため息をついた。

 そしてお母さんと兄貴にする言い訳を考え始める。


『うーん、それでも希望は捨てて欲しくないかしら。柚子がここに入学して優秀な魔法少女になってくれればワタシのノルマもかるーく達成できるし』

「あー、魔法少女同士が闘う時に出るエネルギーってやつ?」

『そ、だから柚子には受かってほしいのよね。いい加減新しい魔法少女と契約して仕事しろって上がうるさくて困ってたの。ワタシはずっと家でゆっくりしてたいのに!』


 肩から飛び立って苛立たしげに羽ばたいているが、言ってることはただの働きたくないと喚いている無職である。

 そしてその無職志望のニート型マスコットのノルマを達成するために魔法少女として働かされる予定の女子小学生がわたしである。


『だからワタシの平穏な暮らしのために柚子には受かってほしいじゃない!』

「信じたくねえ……子供に働かせても何も感じない良心を失ったクズニートのマスコットがパートナーだなんて……」

『ふふふ、契約したからには一蓮托生いちれんたくしょうじゃない』


 ドヤ顔で開き直るんじゃないよ!


 そ倒すべきモンスターやヴィランもいないのに魔法少女が今なお増え続ける理由がこれであり、人類の協力者であるシャリンのようなマスコット……遠い星系から地球に来たというα族は魔法少女が闘う時に生み出されるエネルギーを求めている。


 ミスティックエナジーと呼ばれるそのエネルギー得るために闘う相手は別にモンスターである必要はない。なんなら魔法少女同士で闘ってもいい。

 

 それこそが魔道なんてものが生まれた理由でもある。

 強い魔法少女同士がぶつかり合えば、それだけでより多くのエナジーが得られる……らしい。


 そして地球にいるα族にはそれぞれエナジーを集めるノルマが課されていて、マスコットたちは今なお魔法少女を勧誘するのに余念がない。


 ちなみにシャリンはダメなα族なのでやる気が無く、上司に長期ノルマ未達を詰められてわたしを魔法少女にしたらしい。

 そしてわたしはシャリンの甘言につい乗せられてしまった哀れな契約者なのだった。

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