第3話畑仕事1

昨日の昼は、まるで溶けそうなくらいの暑さだったのに、夜になると不思議と風がひんやりしていた。

窓の外からは、虫の音と波のような風の音だけが、心地よく届いてきた。

暑さの余韻が残る布団の中で、それでも眠りにつくのは思ったより簡単だった。


――そして、朝。


「ふあ〜……」


あくびと一緒に伸びをすると、すでに太陽はぐんと高くなっていた。

窓の外には、絵に描いたような青空と、一面のひまわり畑。

これでもかというほどの緑と黄色。見ているだけで目が痛くなるほどだ。


田舎、ってやつ。

都会育ちの感覚では、ちょっと信じられないくらいの開放感。

たぶん、記憶のどっち側にも、こんな風景はなかった。


「瞬〜! 朝ごはんできたよ〜!」


陽葵の声が階下から響く。


「今行く〜」


のんびりと階段を降りていくと、ちゃぶ台には味噌汁と焼き魚、そして炊きたてのご飯。

すごく、ちゃんとした「朝ごはん」だった。


「いただきます」


陽葵と並んで座って、口にご飯を運ぶ。

うん、美味い。懐かしい、ような気がする。


(……向日葵農家だし、デザートに向日葵の種とか出るのか?)

なんて思ったが、さすがにそれはなかった。ちょっと残念。



朝食を終えると、「準備があるから、ちょっと待っててね」と陽葵のおじいさん。

縁側に座って、ぽつんと空を見上げる。


風が、ない。

空はあんなに広いのに、木々は微動だにしない。

そのくせ、蝉の声だけは容赦なく耳に刺さってくる。


あまりにうるさいので、家の裏の木を見に行ってみたけれど――


……いない。


蝉が、いない。

あれだけの鳴き声を出しているのに、木のどこを見ても、抜け殻すらなかった。



「瞬君」


背後から声をかけられて振り向くと、陽葵のおじいさんが立っていた。

麦わら帽子をかぶり、首にはタオル。いかにも農家、という出で立ち。


「陽葵はもう先に向かわせたから。ほら、いつも通りに……あー、あれだよ、あれあれ」


おじいさんが言葉を探して口ごもる。

けれど、なぜか僕の口からは自然に言葉が出ていた。


「……はい。わかってますよ、誠治さん」


(……なんで、わかるんだ?)


自分で言った言葉なのに、自分のものじゃないみたいだった。


「ははっ、そうか。6度目だもんな。さすがに覚えるか」

おじいさんは笑う。僕も、それに合わせて笑った。


「道具はあっちにあるから、着いてきてくれ」


そう言って、ひまわり畑の向こうへと歩いていくおじいさん。

僕はその背中を、目を離さないように追いかけた。

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