第20話 謝罪

「いえ。体験したことがない事ばかりで楽しかったです!」


「それにしても、あなたのお父様があれほど有名な人だったとは」


「それは私も驚きですよ……話は聞いていましたけど、まさかこんなに長く時間が経っているのに、まだ王子たちに覚えられているなんて」


 懐かしい父の顔を思い出す。優しくて少し天然で、面白い父だった。そういえば、魔法使いの話を幼い頃に聞いたことがある。王都に暮らしていた父は物知りだった、と今は思う。もっといろいろ話したかった。


 ノアは緩慢なスピードで進みながら、どこか気まずそうな声を出す。


「……ありがとうございました。こんなに負担を掛けるとは思っていなかったです。あんなに嫌味を飛ばされ、料理まで作らされるとは」


「まあ、確かに驚きましたけど……ノアがいつだって味方でいてくれましたから、大丈夫です」


「……私のことも庇ってくれたではないですか。嬉しかったです」


 その言葉で、そういえばノアを悪く言われたことに腹を立てて、相手に言い返したことを思い出した。カッとなって料理を作る、なんて宣言してしまったのだが、今思うと短気だし先のことを考えなさすぎた。


「と、とんでもないです。恥ずかしい……気がついたらあんな風に言い返してしまっていました。でもどうしても、ノアがあんな風に言われるのは耐えられなくて」


 ただその一心だった。自分が嘘つき呼ばわりされるよりずっと嫌で怒りが沸き出てしまった。彼はとてもいい人なのに、と。


 するとノアが黙り込む。返事がないので不思議に思い隣を見てみるが、暗闇の中ではノアがどんな顔をしているのかわからない。


 しばらく歩くと、明かりが見えてきた。それを目掛けて進んでいくと、見慣れた廊下の様子が目に入る。やっと帰ってきたのか、とほっとした。


 ついに闇の道を終え廊下に足を踏み入れると、一気に安堵感が押し寄せる。決してキラキラしていない、むしろ少し古くて外は幽霊屋敷にも見えるこの家だけれど、一番落ち着く場所だと思えた。たった一か月ぐらいしか過ごしていないというのに。


「ああ、やっと帰ってこれましたね! やっぱり私はパーティー会場よりこっちの方が合っています!」


「アンナ」


 明るく言った私のセリフにかぶせるように、ノアが口を開く。彼を見てみると、視線を床に落としてどこか追い詰めたような顔をしていたので驚く。


「ノア……?」


「私はアンナが言うほど善人ではないです。最低なんですよ」


 彼がいきなりそんなことを言いだしたのでぎょっとしてしまった。私は強く首を横に振る。


「ノアは最低な人なんかじゃありません。そりゃ風変わりなところがあるとは思いますが、あなたは優しいということはよく分かってます」


「違うんです」


 私の言葉にかぶせるようにノアが言ったので口を閉じた。彼は私の目を見ないまま、こう続けた。


「……今日、不思議に思いませんでしたか? 私は魔法で包丁の色を変えるくらい、簡単にできるんですよ」


「あ……」


 そういえば、と思い出す。真っ黒な包丁を作ってもらった時、何かが引っ掛かった。あの時はいっぱいいっぱいで気にしなかったが、今はっきりわかった。


 なぜ彼は最初から私に黒い包丁を与えなかったのだ?


 包丁がないことで、私はアレンやノアに下ごしらえを手伝ってもらわねばならない。鏡はああやって私のために魔法を使ってくれたのに、どうして包丁は今日まで使ってくれなかったのだろう。


「確かに……思いました。なぜ家ではあの魔法を使わないんですか?」


 私が尋ねると、しばらく沈黙を流したノアがついに意を決したように口を開いた。


「あなたがここを離れるかと思ったからです」


「……え?」


「初めは本当にアレンとの相性を見たかったので、彼に下ごしらえを手伝わせました。あなたは予想よりはるかに精霊たちと上手くやってくれますし、なにより料理の腕も素晴らしかった。こんな人材は初めてでした」


「……」


「でも、あなたが『包丁の色さえ変わったら、一人で料理が出来るんだ』と分かってしまったら、またここを出ていくかと思っていたんです」


 ノアは叱られた子供のような顔で私にそう懺悔した。


 思ってもみない答えにただただ驚かされた。彼はあえて私に包丁を与えなかったのか。誰かの助けがなければ料理が出来ない私を、ここから離さないために。


「私はそんなずるい考えから、あなたに魔法を使いませんでした。あなたの気持ちなど考えず、自分や精霊たちを優先したんです」


「それほど料理を必要としていたんですか……?」


 私の質問に、ノアは頷いた。


「特に精霊たちが、です。彼らは食べなくても生きていけますが、食べることによって幸福感とエネルギーを蓄えられるのは確かです。ここ数年、人間たちの環境破壊などが原因で彼らは疲弊していました。私が自然が多く静かな場所を求めたのは、精霊たちが休みやすいからという理由が大きいです。この街は小さいけれど穏やかですから」


「あ……それでこんな人気のない場所を……」


 ノアほど凄い魔法使いがなぜこの街に、そしてこんな家に住んでいるのか不思議がる人は多かったけれど、まさか精霊たちのためだったとは。


「まあ、私自身の好みもありますけどね」


「それほど精霊という存在を大事にしていたんですね……」


「彼らは、親に売られた私を救ってくれたので」


 ノアの口から出た言葉に一瞬息が止まった。私とは反対に、彼は淡々と話す。


「魔法使いは遺伝的な要素が大きいとウィンから説明があったと思いますが、私の場合は特殊で、魔法使いの血など一切ない普通の庶民から生まれました。物心がついた頃には精霊の姿が見え、物を浮かすなど魔法を使っていました。その噂はすぐに広まり、親は魔法で重労働の手伝いをする代わりに金銭を貰うようになりました」


「……ノアが、そんなことを?」


「ある日、隣町の金持ちの男がやってきて、大金を積むから私自身を売ってほしい……と持ち掛けてきました。そこで両親が相談していたのは、『今売って大金を貰うべきか、今までのように少しずつ稼ぐのを一生続けるか、どっちが儲かるか』というものでした」


 知らなかった彼の壮絶な過去に絶句した。


 魔法を使う人間は珍しいので、それが庶民の中から生まれたら注目を集めてしまうかもしれない。でも、それを使って儲けるだなんて、親が考えることなのだろうか。


 もし私のお父さんだったらーー絶対にそんなことはしない、と断言できる。


「結局売られそうになり、そこで精霊たちが怒って私を連れ出してくれました。精霊たちの力で王都にいた有名な魔法使いに私のことが伝わり、迎えが来て私は保護されることになった……そして、今に至ります」


 彼の口から語られた過去の話は、私にとって衝撃的だった。人嫌いだとか、根暗だとか言われていたノアの根源を見た気がする。両親に愛を与えられず売られそうになった彼が、人間をそう簡単に好きになれるはずがない。


 自分の味方であるはずの親から見捨てられたこと、金で幼い彼の才能を買って使おうとしたこと。周りにいた人間が、あまりに酷すぎた。


「……ノア。私に全てを話してくれたのはなぜですか」


「あなたは私をまっすぐ信じてくれていた。なのに自分は騙すようなことをしていて、申し訳ないと思ったからです。あなたが私を庇うたび、喜びと共に罪悪感もありました。こんな人間ですみません」


「ノア」


「暗い話をすみません。私の過去をぐちぐち述べましたが、どんな背景があるにせよ、あなたをだますような形でここに縛り付けたのは事実なのです。隠していてすみませんでした。あなたが望むなら、黒く染めた包丁を差し上げるので、それで他の所で働いてください」


 彼は泣きそうな顔でそう言った。それがまるで、親に捨てられる子供のような表情に見え、私はつい彼の頬に手を伸ばしていた。


 少し熱いくらいの彼の肌。私はノアの顔を見上げ、ゆっくり口角をあげた。


「ノア。あなたは私に隠し事をしていました。でも、私は別に怒っていません」


 ノアが目を見開き、青い瞳がよく見えた。空のような、海のような、不思議な色だった。


「料理をすることが出来なくなった私に、道しるべを与えてくれたのは紛れもなくあなたです。あなたがいなければ、私はいまだにまともな料理ができず、働く場所も困っていたでしょう。包丁を使わずに料理する仕事を与えてくれるなんてあなたぐらいですよ。それどころか鏡もナイフも苦手な私が普通の人間のように生活できてるのは、ノアのおかげです」


 ノアはピクリとも動かないまま私を見つめている。その真っすぐな視線を受け止めるように、私も彼から目を離さない。


「あなたに幻滅したりなんかしません。私やパウルを助け、街も救い、精霊に愛されているあなたが悪人でないことなんてわかり切っています。ただ、一つだけ怒るとしたら……」


「したら?」


「私が包丁を使えるようになったらさっさとここを出ていく、なんて思われていることですね。私、今日王子からの誘いを断ったのは本心ですよ。もし今、あなたに魔法の包丁を貰ったとしても、ここを出ていくことはないです。私は今の生活が気に入ってるんです。ここにいると、心の傷も忘れてしまえるから」


 穏やかな毎日は、私の心を癒してくれた。


 小さくても活気があっていい人が多い街。アレン以外は姿が見えないけれど、優しさが伝わってくる精霊たち。料理を美味しいと食べてもらえる毎日。


 それに……不器用だけれど優しいノアがいる。


 私はここが心から好きなんだ。


「アンナ……すみませんでした……」


「もういいんです。パーティーも終わったし、またいつもの私たちに戻りましょう」


「あなたに出会えたことを、本当に感謝しています」


 ノアはそう小さな声で呟くと、そっと私の体を抱きしめた。そのぬくもりがなんだかとても嬉しくて、私は彼の背に手をまわし、ゆっくりと力を込めた。


 彼の体が、小さく震えている気がした。








 

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る