愛染
SINKA(きよのしんか)
第1話
騒がしい放課後の片隅で、僕は少し薄暗い美術室にいる。
外には運動部の声が響き、廊下から聞こえるのは楽器やおしゃべりの声だ。
きっと、僕しかいない美術部の存在さえ、知られていないだろう。
時折教室の前を通る生徒が、驚きの声を上げるぐらいだ。
薄暗い教室にいる僕を、幽霊とでも思うのかもしれない。
顧問の先生すら、ほとんどここには来ないのだから。
そして、僕は別に絵が好きなわけでも得意なわけでもない。
部員がいなくて、名前だけあったのが美術部だっただけ。
コンテストや目標もなく、僕はただ、窓から見える景色をなんとなく描いて時間をつぶしている。
入部当初は、絵すら描いていなかった。
別に欲しいものもないし、バイトをする気にもならなかった。
ここは、何となく高校に進学した僕の見つけた、秘密基地なんだ。
学校に友達と言える存在はいない。
授業中も、今も、ある意味僕は、この学校の幽霊なのかもしれない。
やりたい事は?
将来の夢は?
なりたい自分は?
目標は?
青春?
それって、必須科目なのかな。
大人は、みんなそんな未来を生きているの?
僕は、今に不満もない。
勉強もそこそこ、運動もそこそこ。
家庭環境は、両親も普通、2個上の姉がいる。
裕福ではないと思うけど、貧乏でもない。
本は好きだし、漫画も読む。
そこに出てくる『特別』は、物語の中で十分だ。
普通に生きてて、異世界には転生しないし、この教室から出たら世界がゾンビで溢れかえってる事も無い。
夕方6時のチャイムが鳴って、適当に片して教室を出る。
すがすがしい顔をしてるであろう人達の脇をすり抜け、僕は最寄り駅に向かう。
楽しそうに話す人達の中で、僕だけ色が無いような気がするんだ。
それと同時に、駅の風景と人の区別が出来ない気がする。
僕に関係がないのなら、駅のベンチとほかの人達の差は、どこにあるんだろう。
中学の時、机に花瓶を置かれた日から、僕は人の顔を認識する事が出来なくなった。
理由は、運動会のリレーでこけてしまった僕のせいで、最下位になった事だと思う。
それもきっと、きっかけに過ぎなかったかもしれない。
だから、誰とも話さなくなった訳じゃない。
もともと、だれとも話したりはしなかった。
幸いなのか、殴られたりはしなかったし、話さなかったのか無視なのか、差はあまりなかった。
もともと僕は、幽霊だったんだ。
でも、少し離れた同級生がいない高校に進学したのは、僕の意思だったのかもしれない。
あの冷めた目から、無関心の目に変わって、僕はホッとしたのかもしれない。
だから、僕は『今』に、満足している。
それで良かったはずなんだ。
それで良かったはずの僕の人生に、少しだけ変化が起きるんだ。
それは僕にとって、描いた絵の上から絵具をぶちまけられる程度じゃなくて、すべてを破壊されるほどの出来事だったんだ。
笑っちゃうんだけど、僕にもほんの少しだけ、特別な瞬間があったんだよ。
これは、幽霊だった僕が、必死に現実に手を伸ばした物語。
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