異世界転生太平記
@Kemoderera
プロローグ
河川敷──それも鉄橋の下は、どうしてこんなにも治安が悪いのだろうか。
倒れてガタガタになった自転車。その傍で、俺の必死に貯めた小遣いの入った財布を手にして、分け前の相談をしている奴ら。俺はそれを力なく見つめるだけで、何もする気にはなれなかった。
……世の中は、誰に対しても平等に厳しい。
当然のように、助けなんて来ない。
何人かの大人が犬の散歩ついでにランニングしているのを見かけたが、みんな一瞥しただけで通り過ぎていった。
まるで、最初から興味なんか無いかのように。
「じゃ、また来週♪」
応えることができないのをいいことに、勝手に次の約束をして去っていくあいつらに、せめてもの抵抗として俺は心の中で叫ぶ。
『今日から道変えるからな! 財布にも500円以上入れていかねーぞ!』
──そんな決意表明が届くわけもない。
一人静かに、奴らが視界から消えるのを待つ。
だが、なかなかその気配がない。いや、むしろ……上から、何かが……。
気づくと、俺は立ち上がっていた。
目の前には、いつも通りの河川敷。そして壊れた自転車。
けれど──自分の体に異変を感じる。
痛みが、ない。傷も、ない。あれだけボコボコにされたはずなのに、制服までクリーニング仕立てみたいにきれいだ。
顔や腕を触ってみても、まったくの無傷だった。
「いったい、なにが――っ!?」
何気なく振り返った瞬間、息を飲んだ。
──そこには、ひっくり返って潰れた車。
右側には、腰から下を潰され、苦しむような表情のまま動きを止めた不良の姿。そしてその反対側には、右半身を潰されながらも頭だけ無事だったもう一人の不良が、泣き笑いのような表情で固まっている。
──何が起きた?
視線を上げると、橋の上から片輪をはみ出した、大型のトラックかバスのような巨大な車両が目に入った。
「あれが……落ちて……? それで、車が……こうなった?」
そう考える以外に、説明がつかない。橋の上で事故が起こり、俺のいたすぐ近くに車両が落下した。その直後に、不良たちに直撃した……。
「マジか。っていうか、どうしよう! 警察? いや、先に救急車? でも、これ俺に関係あるのか? むしろ天罰的な……いやいや、そうじゃなくて事故であの不良たちが死にかけてて、人命救助で、車の中……あれ?」
頭が追いつかず、パニックのまま思考が空回る。けれど、ふと気づいた。
――この地獄のような光景の中で、違和感がある。
まるで、すべてが絵のように動かない。
死んでいるからか? ……違う。よく見れば、車両から上がるはずの煙すら、微動だにしていないのだ。
とはいえ、近づく勇気なんてあるはずもない。ざっと周囲を見渡して、現状を確認する。
右に、下半身を潰されて腕立て伏せのように固まった不良A。
左に、右半身を潰されながらも笑顔のまま固まっている不良B。
正面には、上半身が潰れ、尻から先だけが残っている不良C。
そして、ひっくり返って大破した車一台。
……一呼吸。
「やっと、頭が冷えたみたいだね」
「ああ、人間の適応力って怖いな。近づきたくないけど、なんか見慣れてきた感あるわ……」
そんな声に返事するように、くすくすと笑い声が返ってきた。
「それなら良かった。さっきまでは、あまりのパニックぶりに、ボクもどう話しかけるべきか迷ってたからね」
俺は静かに振り返る。
そこに立っていた人物を視認した瞬間──。
「誰だっ!?」
いつの間に、どうしてこんな場所に?
パニックのせいか、直視できていないせいか──相手の姿が、まるでモザイクでもかかっているかのようにぼやけて見えない。
また、くすくすと笑って、問いかけてきた。
「君に、ボクはどう見える?」
その声に従い、改めて目を凝らす。
……髪は黒? いや、白……? やっぱり黒?
瞳は大きくて紅い……つり目? いや、たれ目……いや、勝ち気そうな紅いつり目!
蠱惑的な唇に、整った鼻。その全体のバランスが妙に完璧すぎる顔。
……男? 女?
──まるで、自分でキャラメイクしたゲームキャラみたいだ。
そんな奇妙な感覚を覚えながら、正直に答える。
「なんか……キャラクターのコスプレイヤーみたい」
服装も普通じゃない。アニメやゲームのデザインっぽい。しかも、どこか現実味がない。二次元的な可愛さの、美少女。
少女……は、くるりと回って衣装を見せると、にこりと笑った。
「これが君の無意識が作ったボクの姿か。まあ、ちょっとアニメやゲームに影響されすぎてる気もするけど……都合はいいかな」
そう言いながら、腕を組み、俺のことなどお構いなしにぶつぶつと独り言を呟き始めた。
後ろには事故車と凄惨な現場。目の前には2.5次元の美少女。ふと視線を向けると、土手の上には自転車に乗ったまま、こちらを見ているおじさんがいた。
だが──その足は地面に着いていない。
空には、飛び立ったはずの鳥たちが、空中に貼り付けられたように静止している。
……改めて、地獄を見渡す。
煙すら止まっている。不良Cのズボンは、俺と同じデザインだ。学校の同級生にカツアゲされていたのか? 酷い話だ。
靴まで同じ。よくあるデザイン、よくあるメーカー……ありふれてるから、偶然かもしれない。
もう一度、自分の身体を確かめる。傷は、ない。問題、ない。
そして、振り向いた先。
少女(?)は、腕を組み、妙に強調された胸を突き出しながら、にやにやと見下ろして言った。
「そろそろ、気づかないふりはやめたらどうだい?」
──その瞬間だった。
ぞわり、とした感覚が背筋を駆け上がり、身体が小刻みに震え始めた。
わからない……いや──
わかっていた。ずっと。
三人目……?
思い出せ。
最初から、ここには──
三人しか、いなかっただろ?
思考が凍りつく。もう、他に何もできない。
触る 触る 触る 触る触る触る触る触る触る触る触る触る触る──
……不確かな感触。不確かな存在。
今さら気づく。
地獄のような光景も、空中に止まる鳥たちも、動かぬ煙も。
──止まった景色じゃない。
自分だけが、切り離された景色。
「オレ、まさか……死んで……?」
「うん。まあ、似たようなものかな」
その言葉に促されるように、ゆっくりと目の前の相手を見やる。
この状況、この心情では、たとえ相手が美少女のような外見であっても──いや、むしろだからこそ──にやけた顔でこちらを見つめてくる様は、不安や恐怖を煽り立て、イラつきすら覚える。
未だに自分が置かれている状況が何なのか、まるでわからない。
だが、目の前のこの人物(やつ)は知っているのだろう。だからこその余裕、上から目線──あるいは、そもそもこの世界の理を超越した存在であるがゆえの態度なのかもしれない。
だが、そんなことはどうでもいい。
「これはいったい──」
「どういうことだ──」
問いかけようとした言葉を、またしても途中で遮られる。先回りして続きを言われたことで、思考が乱され、困惑する。
クスクスと笑いながら、その先を待つようにこちらを見てくる様子が、あまりにも異様で──いや、異常で。
「……なんなんだ? なんなんだよ。お前はいったい──」
「何をするつもりなんだぁー!!」
またしても、先を言われた。
今度はクスクス笑いどころではない。目の前の存在は、腹を抱えて大声で笑い出した。
その姿に、もう他の感情は芽生えなかった。
恐怖──それだけが、心の中を支配していた。
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