第5話オーサ・ルンドグレーン
時刻は午後15:00。
オーサが屋敷に訪問してくる時間だ。
私は読書をしたまま、眠っていたようだ。
執事で幼馴染みの柿原雪枝がそっと起こしてくれた。
「零人様。オーサ様が屋敷にご到着されましたよ。お出迎えを。」
ハッとして、顔を上げると柿原雪枝は水が入ったコップを持ってきていた。
「本を読みながら寝てしまっていたよ。ついにオーサが来たんだね」
服装を整えて、髪を櫛でとかす。
水を一杯飲んでから玄関に向かう。
柿原雪枝がどうぞこちらへ、と先頭を歩く。
今日は朝方から大雪だった。
屋敷の周辺は白い雪が降り積もり、視界が悪い。
銀世界になっていた。
沸き上がる喜びを押し止める思いだ。
扉を開けて外に出ると、黒い高級外車が停まっていた。
黒いスモークが貼られた窓から見える人影は、まさしくオーサだ。
影が私に気がついて、窓を開けた。
その瞬間、フワッとした甘い空気と豊満なアロマの香りと同時に、白い最愛の女性が顔を見せた。
半年振りの再会である。
オーサは人形のような微笑みを浮かべて、お久し振り、と話した。
私は彼女の微笑を見て、体が冷気で包まれていくような感覚を覚える。
オーサは柿原雪枝に促されて車から降りた。
私の前に立つとスカートを両端を摘まんで優雅に一礼した。
相変わらず、とても美しい。
完璧な所作が育ちの良さを感じさせる。
黒と白のゴシック調のドレスが、アンティークドールを連想させる。
白い肌と金色の髪、青い瞳を兼ね備えた北欧から来た氷結の妖魔・オーサがここにいる。
「ごきげんよう、零人さん」
オーサが氷のように美しい微笑みを向ける。
「久しぶりだね、オーサ。変わりないようで、良かった。おばあ様の具合はどう?」
「最初は驚いたけど、今は安定してるわ。リウマチが酷くて」
オーサは祖母が大好きで、私にたくさんの思い出を聞かせてくれた。
半年前の6月に、突如として病院に搬送された。
リウマチからくる大変な病気らしい。
オーサの悲しみといったら、心が痛んだ。
しかし、様態が安定しているのなら良かった。
こうしてオーサも日本に来れるようになったのだから。
「無理だけはしないようにね。来年になったらお見舞いに行こうか。ゆっくり休んでもらいたい」
オーサの祖母にはたくさん恩義がある。
これからお返しをしたい。
雪平グループ総帥になった暁には、高級ベッドをプレゼントしようと思っていた。
「ありがとう。おばあ様も喜ぶわ。これ、おみやげ」
オーサは嬉しそうに、両手で抱えるような大きさの箱が入った紙袋を差し出してきた。
これは、おそらく北欧のお菓子だろう。
私が好きなスウェーデンの伝統菓子を持ってきてくれたのだ。
「おお!これが食べたかったんだ。早速お茶会といこうか。夕食も楽しみにしていて欲しい」
今夜はオーサは雪平の屋敷に泊まることになっている。
「では、お言葉に甘えて」
オーサは紙袋を零人に渡すと降りしきる雪をその身にまといながら屋敷に入った。
ゴシックドレスについていた雪がパラパラと床に舞い散っていく。
その様子は氷の城に入っていく雪の女王のようだ。
雪がオーサに従っている。
そんな印象さえ受ける。
「粉雪を操るところを見れたよ」
私は思わず感想を述べていた。
「なあに?まるで私が雪属性や氷属性のゲームキャラみたいじゃないの」
オーサは、怪訝そうに振り向く。
その仕草一つとっても、美しい。
零人はごめんごめん、とフォローして手を差し出す。
オーサは膨れっ面をしつつもその手を握った。
二人は揃ってゲストルームに歩いていく。
氷と雪、最高のパートナーではないか。
「零人様、オーサ様。お茶のご用意ができました」
柿原雪枝が切り揃えられた前髪からキリッとした黒い瞳を二人に注ぐ。
「ありがとう」
「ありがとう、雪枝」
オーサは柿原雪枝とも幼馴染みだ。
零人の紹介で知り合ったあと、自然と打ち解けた。
今では女性同士、気兼ねなく話し合える仲らしい。
私と雪枝はオーサの屋敷で、祖母に北欧の童話を聞かされたことがある。
オーサの家は、古くはヴァイキングにルーツがある軍人の家系だった。
祖父はスウェーデン軍の将軍で、祖母はスウェーデン王室の侍女をしていた。
現在は漁業権を一手に握り、海運事業に力を入れていた。
港湾関係にも強い。
オーサ・ルンドグレーンはスウェーデンの大手水産会社社長令嬢である。
オーサの母と私の母は、スウェーデンの大学の同期であったという。
旧友であり、ライバルでもあるという関係だったようだ。
学友の子供同士が巡り合うとは面白いものだと、母たちは話していた。
これが縁となり、雪平一族とルンドグレーン一族の交流が始まったのだ。
ルンドグレーン一族は日本進出の計画を進めており、雪平一族の手引きで東京に支社を構えた。
そして雪平とルンドグレーン双方の絆の証として、雪平零人とオーサ・ルンドグレーンの婚約があった。
つまり、両家の永遠を繁栄を私たちの結婚に託すことになったのだ。
オーサは私に、婚姻の誓いをしてくれた。
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