第4話お菓子の森の妖精

私がオーサ・ルンドグレーンと出会ったのは運命的としか言いようがない。

とてつもない大昔に宇宙がビッグバンで誕生したように、恐竜が巨大隕石の衝突で絶滅したように、運命と呼ばれる大きな力がこの世界にはある。

私の運命は、オーサそのものだった。

あの日は、スウェーデンでも特に寒い一日であった。

あの雪の日の森の出来事は、私の人生を変えることになった。

雪の森にいた白い妖精。

彼女の白い肌が、吐き出す白い息が、身をつけた白いコートが、何もかも美しい。

首に巻かれたマフラーの、愛らしさと言ったら。

彼女は人間ではない、私が好きな北欧神話に登場する女神・フレイヤなのだ。

または、エルフなのではないか。

本気でそう思った。

独特の美的センスを持つ雪平零人は、並みのものでは心は揺れ動かない。

大学時代の学友たちも、何度も零人を飲みに誘ったが、彼はおおよそ上品ではない女性たちとの付き合いはしたくなかった。

キラキラしたものよりもひっそりとしたものの方が好みだった。

元々人付き合いが苦手なこともあり、変わり者でもあった零人はたちまち孤立していったが、それで良かったと思っている。

自分の価値観が及ばないものとの付き合いほど、無意味なものはない。

零人は一人で、自分が愛する究極の美を愛でていたかった。

零人は儚さを感じる女性が好きだった。

美しさにもタイプというものがある。

そんな零人の高い美意識を全て満たしたのがオーサだったのだ。

冷たい心が彼女を欲していた。

じっとしていると、彼女は私に気づいた。

先に話しかけてきたのはオーサだった。


「こんにちは。珍しいね、ここに人が来るなんて。私のお気に入りの森なの。氷結の森って呼んでる」


心が落ち着く、眠りにつきたくなるような優しい声色だった。


「綺麗な森だから散歩をしていたんだ。君が気に入るのも不思議ではないんだろうな。絵になる風景だよ」


「この森は雪が降るとパウダーがついたみたいに美味しそうになるんだよ。お菓子にあるでしょう?白い粉末を振りかけたケーキ」


オーサの言うように、雪をかぶった木は洋菓子のようにも見える。

甘い香りが漂ってきそうだ。

フワフワした雪を枝にくっつけた静まり返った木々。

生クリームのように、フォークを刺したくなる。

木はバウムクーヘンに見えてきた。

そういえばヘンゼルとグレーテルはお菓子の家に迷い込んだんだよなぁ、と有名なメルヘン童話の物語を思い出した。

私が迷い込んだのはお菓子の森といったところか。

だとしたらこの白人の少女は魔女に相当する役割だろうか。

ここでは、魔女ではなく妖精だが。


「君は、この近くの子?ここには良く来るんだ。確かにお菓子みたいな、美味しそうな森だね」


私がそう言うと、白人の女の子は嬉しそうに、うん、と頷いて手を差し出してきた。


「そうでしょう。私はお菓子の森って呼んでる。冬になると食べられる、お菓子の森」


少女は得意気に自分が名付けたのだと話した。


「ここがお菓子の森なら、君はこの森に住む雪の妖精のようだね。私にもスウェーデンの血が入ってるんだよ。母がスウェーデン人でね。」


「そうなの!?嬉しいな。だからあなたも肌が白いのね」


私は混血であるため、純日本人よりは肌は白い。

日本でも、いつも持て囃されてきた。

しかし、純粋な白人に誉められると照れる。


「君が私の好きな神話に出てくる女神のように見えて、仕方なかったんだ」


「それってもしかして北欧神話?」


「そう!北欧神話だよ」


「私も大好き。フェンリルとか、ヨルムンガンドとかね。私に似ている女神ってフレイヤでしょう」


少女は目を輝かせて話しに飛び付いてきた。

好奇心が強そうな眼差しは自然と自分を重ねてしまう。

何よりも北欧神話好きとは嬉しかった。


「北欧神話が好きで嬉しいな。良い話し相手が見つかったよ。」


「良かった、分かってくれて。私は良く変わってるって言われるの。だから、周りに馴染めないというか、いつも寂しくて。だから、わかってくれて嬉しい」


少女が嬉しさと悲しさが混じりあったような表情で話した。


「それは私だって同じだよ。いつも変わってる、変わってるって言われてきたんだ。でも自分が楽しければ良いよ。自分の価値は自分で決めるものだと思う」


私は彼女を励まさずにはいられなかった。

私も同じ境遇にある。

他の子供とは異なり、「普通」ではないのだ。

それゆえに理解されず、周囲からの孤立を招いてきた。

唯一理解してくれたのは家族以外では幼馴染みの柿原雪枝だけだ。


「君、もしかして友達いないの?あぁ、ごめんね。でも、それは私もいない。いなくたって良いんだ。友達がいる、いないで、人間の価値は決まらない」


「うん。良いよ。私はいつも一人ぼっち。こうして、お菓子の森を散歩したりしてるんだよ。あ、でも一人ではないかな。動物たちがいるよ」


「なら君は一人じゃない。人間よりも動物の方が付き合いやすい。それこそ、おとぎ話の世界じゃないか」


「今度は白雪姫を始めるつもり?」


オーサはクスッと笑って、私の手を強く握った。


「初めて私と対等に話してくれる人に出会ったわ。もう友達はいらない。動物たちの他に、あなたがいるもの。」


私はオーサの手を握り返し、真っ直ぐ青い瞳を見つめる。


「北欧神話の話しをここまで語り合えるのは君が初めてだ。」


私はとてもこの白人の美しい少女を守りたくなった。


「私は雪平零人。零人で良いよ。君の名前は?」


「私はオーサ。オーサ・ルンドグレーン」


雪平零人とオーサ・ルンドグレーンの出会いだった。

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