9章:1話『ハートオブゴールド』


 ──もしも。


 物語に決まった筋書きが無かったとしても。


 ラストというのはちゃんと決まってる。



『あなたは私と探すんです。心を折る前に求めていた“何か“を……』


『きっと、“そういう物語“です』



 心を折ったあの日、アイは言った。


 この日々が僕達の物語だというのなら、たぶんこれが最後のエピソードになるんだろう。


 だからアイ……。


 一つ、最後に教えてくれ。


 その“何か“を──。




【第9章:愛に気を付けてね】




「おはよう、アイ」


 銀髪紫眼ぎんぱつしがんの美少女、日々野ひびのアイは少しだけ僕を避けるように遠回りをして、隣の席へと辿り着いた。


 その事に気付きながらも、僕は登校してきたアイの返事を待った。


「お、おはようございます。瞬太郎さん……」


 声は小さく。


 肩を窄めて、なるべく僕の目を見ないようにしているのがわかる。

 

 アイは、僕に失望しているのかも知れない。

 浴衣回であんな事を口走ってしまったんだ、無理もない。


 胸に針を刺すとはこういう事を言うのだろう。


 尖った鋭い痛みは、胸だけに留まらず。

 全身を滅多刺しにして、僕は嫌な汗を額に滲ませた。


 それでも、ここで引く気にはならない。


 むしろ、僕が終わりにする事こそ、アイにとって望む事だと思うからだ。


 中途半端に庭にいついた獣は鬱陶しい。


 だから僕は、ちゃんとアイから離れるんだ。



「アイ、聞いてくれ。僕はあれから色々考えた。たぶん心のどこかで、この幸せなロールプレイがだらだらと永遠に続くんじゃないかと思っていたんだと思う。でも、ハッキリ思い出した。僕の目的は“小説の中の彼ら“を救う事。そして、求めた“何か“を見つける事だってね」



「え?!瞬太郎さん……?」



 真剣なトーンで発せられた僕の言葉にアイは驚いて、僕の目を見た。


 不安そうな表情を見せて、そのまま固まる。


「後悔はある。でも僕はあの時約束した。だからもう、君に謝る事は出来ない。それならば……。せめて、この目的を達成したいんだ」


「瞬太郎さん。それってもしかして……」


 久しぶりに見たアイの目はやっぱりどうしても綺麗な色だ。



「アイ、僕と……最後のロールプレイをしてくれないかな?」



 ──その時。


 アイの瞳孔が開くのを僕は見た。


「ま、待ってください!瞬太郎さん!焦る必要はありません!!きっとまだやらなきゃいけない事もたくさんあるはずです!ロールプレイは休止と言った筈です!……だから……」



 声を荒げるアイ。


 手を胸に当てて、身体ごとこちらに向く。

 眉をひそめて、銀髪をなびかせながら大きく首を横に振った。


 こんなに動揺しているアイは初めてだ。


 正直、その時僕は自分がどんな顔をしていたのか、わからない。


 ──でも。


「頼むよアイ。もう、“彼ら“は動き出した。昨日、ちゃんと対話したよ。それに、君が言ったんだ……求めた“何か“があるって。僕はそれを見つけてロールプレイを終わりにする。そういう物語だった筈だろ?……」


「い、いえ……そ、それは……」


 アイがたじろいで俯く。

 そして、確認する様に恐る恐ると僕に言った。


「それは……“終わり“にするって事ですね?」


 これは別に僕の言った事を理解していない訳じゃない。


 察しの良いアイの事だ。

 きっと僕の話の“根本“を理解している。


 そう、確信した。


 それと共に、やっぱり僕はそんなアイの事が大好きだなって思った。


「そういう事だよ。僕も覚悟は出来てる。僕は僕を続けるよ明日からも……そして」


 ハッキリとアイに言った。



「君も君を続けてくれ、アイ」



 たぶん、僕は穏やかな顔だったと思う。


 それに反して、放った言葉は二人をわかつ意味を持っていた。


 アイが顔をしかめる。眉間に皺を寄せて、まだ何かを訴えかけようとしているのがわかる。


 でもその後、悔しそうに下唇を噛んで、いつもの冷静な顔に戻った。


「瞬太郎さん。わかりました。でしたら、仕方ありません。それが答えなら私も止めることはできません。やるんですね、今日」


「ああ、ありがとう。アイ。今日は都合良く午前授業だけだ。いつも通り教室はすぐ空くだろう」


 アイは小さく頷く。


「では、授業が終わって生徒が帰ったらすぐに始めましょう」


 椅子を引いて座ろうと屈む。


 すると、もう一言アイは言い足した。


「瞬太郎さん。確認ですが、さっき約束があるから謝れないって言ってましたよね?花火の時の約束をちゃんと覚えていますか?」


 不意に飛んできた質問に少々驚きながらも、僕は思ったまんまを答えた。


「え?ああ。覚えてるよ。僕がアイにした事を全対に否定するな……でしょ?あってるよね?」


「はい。合ってます。ちなみに……その意味は理解できましたか?」


「ん?え?意味って……」


 あれ?なんでそんな事聞くんだ?

 アイにした事って、僕が突き放した事だよね?

 それを否定するなって意味で……えっと……。


「僕が突き放した事、根に持ってる……の?」


 バッ!──と


 僕の方を向くアイ。


 いつもの三白眼よりも少し見開いて、目を丸くさせた。


「瞬太郎さん。それ、本気で言ってます?」


 真剣な顔だ。

 僕はアイの迫力に圧倒され、狼狽えた。


「え?う?え?ち、違うの……?」


 アイは途端に悲しげな表情に変わって、短いため息を一つ吐く。


「……すみません。わかりました。仕方ありません。となると、これは……」


 ギギギッと椅子を引く音で、アイの言葉尻は殆ど聞こえなかった。


 だけど、その聞き慣れた綺麗な声を、僕は逃すはずなかった。



『……賭けですね』



 そう、アイが言った気がしたんだ。



* * *



 授業中。


 先生の話なんか全く頭に入って来なかった。


 僕は魂が抜けた様に、時計を眺める。

 そして、チラチラと隣のアイを横目で確認した。


 出会ったあの日から、ずっと完璧な僕の味方。

 たった一人の僕の理解者。


 その関係が今日、終わる。


 ……あーあ、最悪だ。


 本当はどこまででも引き延ばしたい。

 休止してる限り、僕達の関係は変わらない。


 でも、態度の変わってしまったアイを僕はもう見ていられない。


 進むも地獄。戻るも地獄。


 だったら目的だけでも達成するんだ。って思ってたのに、いざこうなるとどうしても後悔ばかりが頭をよぎる。



 僕は頭をぐしゃぐしゃと掻きむしり、たまらず、カバンから原稿を取り出して、ノートに隠して眺めた。



 心を折ったあの日から。

 アイと出会ったあの日から。



 今まで何度もアイと共に添削をして、時には疲弊すら覚える程に目を通した原稿。


 そこには、こんな僕達の事など知る由もなく、全力で青春を過ごし恋をする“彼ら“がいた。



『水槽の中の魚は、水槽の中で全力で生きてる』



 ──そうだ。


 そうだよ、瞬太郎。


 怯えるな。


 “金髪のヒロイン“を思い出せ。

 “斜に構えた主人公“を思い出せ。


 意志を持った“彼ら“は僕達の子供だ。



 ──僕とアイの恋愛小説ロールプレイ──



 その結果が、ここにこうして芽吹いてるんだ。



 ……それを、信じて。


 この先がたとえ“地獄“でも僕は前へ進むんだ。

 

 

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