思い出よ、永遠に

じゅじゅ

1

 写真は、不思議なものだ。

 日常やイベントの瞬間を切り取って、忘れてしまわないように永久に保存するんだ。永遠などないこの世界で、ある種の永遠を実現している。

 

 埃を被ったアルバムを開いて小学生の頃の写真を見れば、あの頃はよく遊んだなあ、と埋もれてしまった記憶が蘇る。

 高校生になって二年生になった今、中学生の頃の写真を見ると「あの頃に戻りたい」と思ってしまう。大人になって社会に出れば、今に戻りたいなんて考えるのだろうか。


 過去の僕も、今の僕と同じように楽なことばかりの日々じゃなかったはずなのに。でも、良い部分しか切り取ってないから記憶が美化されてしまうんだ。

 

「行ってきます」


 今日も玄関に飾っている家族写真に向かって呟く。数年前、僕のカメラで撮った大切な一枚だ。


 父は既に仕事に行ってしまって、朝から独りぼっち。

 昔は毎朝起こしに自室へ突撃する母が鬱陶しかったのに、そんな感情はもう忘れてしまった。


 これも母がいた日々が僕の中で美化されているからなのだろうかと考えると、僕は心底、自分が嫌いになって、写真が嫌いになった。


 


△ △ △



「誕生日おめでとう」

「ありがとう、かえで


 夏休み前の下校の早い日が偶然、僕の誕生日と重なった。

 忙しなく動く人々や鳥たちが行き交う、街中の一角。強く鳴く蝉や雨上がりの湿気と暑さが混沌として、倒れてしまいそうになる。

 僕たちがいつも二人で座る河川敷の木陰にあるベンチに着いたところで。

 彼女────夏凪楓なつなぎかえではカバンから小箱を取り出した。


 綺麗にリボンでラッピングされていて、開けるのが勿体無い。


「はい、誕生日プレゼント」


 初めて彼女からもらう誕生日プレゼントを、期待を胸にゆっくりと開けていく。楓から貰うだけでもどのプレゼントよりも嬉しいのに、これだけは素直に喜べなかった。


陽葵はるきくん、写真を撮らなくなっちゃったからカメラにしたの」


 楓とは中学の時から知り合っていて、彼女は僕らが付き合う前の僕が趣味で写真を撮ることを知っていた。

 けれど、母がこの世からいなくなってからは一度もカメラを手にしていない。


「試しに、私のこと撮ってみてよ」


 そう言って、彼女は立ち上がると、近くの花壇に咲いていた向日葵の側まで走って行った。


 渋々、カメラを手に取る。独特の四角い感触がもはや、数年前のように懐かしく感じる。

 向日葵と並んで立っただけなのに、まるで映画のワンシーンのよう。かつての感覚が沸々と蘇っていくのを感じ、シャッターを押す指に力が入る。


 ────カチャッ


 久しぶりに押したシャッターボタンは、思いの外軽いものだった。


「やっぱり、真剣な時の陽葵君が一番好き」

「あ、ありがとう……」


 僕は曖昧な笑みを浮かべることしかできなかった。彼女はまっすぐな瞳を僕に向ける。


「このカメラにこの夏休みの思い出、貯めてこうよ」


 『思い出』という言葉が強く胸に突き刺さる。そうだ、今年の夏は、持病の治療で遠くへ行ってしまう楓と過ごす最後の夏なんだ。

 だから、楽しいことも、少し悲しいことも、おもしろいことも。全部全部、忘れてしまわないように────。

 


△ △ △

 

 

 翌日の放課後、僕たちは保健室にいた。楓は持病があるため、僕らは安易に出かけたりすることができないのだ。


 真っ白な天井と、鼻をツンとさす薬の匂いで、まるでここが病院だと錯覚してしまいそうになる。校庭の方から木漏れ日が差していて、彼女を照らしていた。


「ごめんね、いつもいつも」

「大丈夫だよ。楓のせいじゃないし、気を負う必要なんてないよ」


 放課後、無数の足音と話し声が壁越しに聞こえてくる。そんな雑音より遥かに小さいはずの楓の咳き込む声がして、僕は背筋をビクッとさせた。

 そんなとき、廊下から数人の男子の話し声が僕たちの耳に入った。


「夏休み、どっか遊びに行きたいよなー」

「遊びに行くって言ってもそんなに行くとこないだろ」

「でも普段よりかは遠出できるじゃん? ちょっと遠くに行くのもありかなって」


 話し声はだんだん遠ざかって、次第に別の音に切り替わっていった。

 

「はるくん、私観覧車に乗りたい」

「観覧車? 」

「そう、観覧車。絶対、乗りに行こうね」


 そう告げた彼女からはどこか重々しい雰囲気が漂っていて。

 僕たちは互いの予定を確認して、近くの遊園地に行くことにした。

 

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