第12話 発覚

 駅前の広場は、イルミネーションの光でまばゆく彩られていた。木々には無数の電飾が絡みつき、光のトンネルが人々を優しく包み込む。


「わぁ……やっぱり、すごいね」


 凛は目を輝かせながら、両手を胸の前で組んで見上げていた。

 バイトで着ていたミニスカサンタの衣装から私服に着替えたものの、奏太──いや、“奏”のままだ。

 チェック柄のスカートにタイツ、そしてふんわりしたコート。凛と並んで歩く姿は、まるで親しい女友達同士だ。


「ねぇ奏ちゃん、あっちのツリー見に行こう? 星型のライトがすごく可愛いの」


「う、うん……」


 凛は自然な感じで奏の腕を引き、光のトンネルへと誘う。

 奏の正体を知っているはずなのに、そのことには全く触れないどころか、まるで当然のように「女の子」として接してくる凛の様子に、奏太の心はちょっぴり沈んだ。


 ツリーの前に立つと、凛はスマホを取り出した。


「はいっ、記念にツーショット撮ろ!」


 そう言って、凛は腕を絡めてきた。奏は一瞬たじろぐも、笑顔を作ってシャッターに応じる。


「奏ちゃん、かわいい!」


 撮った写真を奏太にも見せながら、凛がはしゃぐ。見せてもらった写真は、どう見ても女子大生二人のツーショットだった。


「……うわ、ホントに女子にしか見えないね、これ……」


 奏太が苦笑まじりに呟くと、凛は得意げにうなずいた。


 凛にとって“奏”は、女友達だ。可愛い格好をして、一緒にキャッキャして、イルミネーションを楽しむ。そういう存在。


 テンション高めの凛を横目に見ながら、日葵のことが頭に浮かぶ。

 彼氏として、「奏太」と名前を呼んでくれる日葵。

 “男の子として”好いてくれる日葵。

 それなのに、他の女の子と、こんな風に楽しんでいていいのか。


「……ねぇ凛」


「ん?」


「なんで大学では素っ気ないの?」


 凛は、一瞬きょとんとした顔をした後、屈託なく笑った。


「え~? だって、正直男の時の奏ちゃんって地味でダサいじゃん? 私のキャラと合わないっていうか、一緒にいたら私までダサく思われちゃうし! でも、奏ちゃんなら可愛いから、一緒にどこにでも行けるよね!」


 凛が話しながら腕を組んでくる。

 凛の体温を感じながらも、奏太の心には冷たい風が吹き抜けていった。


◇ ◇ ◇


 夜の冷え込みが肌を刺すように痛い。凛と別れたあと、奏太は駅からの道を足早に歩いた。

 

 凛と遊びに行った後はいつもならカフェに戻って男の服に着替えるが、今日は遅くなったこともあり奏の姿のまま帰宅している。


 カツカツとヒールの音だけが響く帰り道、男だと何とも思わなかったが、女の子の格好だとちょっと怖く感じる。

 今襲われたらどうしよう。

 すれ違う人、後ろを歩く人みんな怪しく思えてくる。


 警戒心を抱き歩きながら、今日のことを振り返ってみる。


 凛と一緒に見たイルミネーション。二人で撮った写真。腕を組んだ感触。楽しい記憶がよみがえるとともに、日葵という彼女がいながら、凛と二人と楽しんでしまった罪悪感が襲ってくる。


 家に着くと、奏はそっと玄関の鍵を開けた。

 部屋に入ってすぐ、コートを脱ぎ、ウィッグを外す。スカートを脱ぐと、ようやく奏から奏太に戻ったと実感する。


 シャワーを浴びるとベッドに倒れこんだ。横を見ると壁に掛けてあるチャック柄のスカートが目に入る。


 ――そして翌日、そのスカートの存在がもたらす災難をまだ知る由もなかった。


◇ ◇ ◇


 二人はイルミネーションで彩られた広場へと足を踏み入れた。昨日見たばかりの光景だというのに、隣に日葵がいるだけで、その輝きは全く違って見えた。


「わぁ……本当に綺麗だね!」


 日葵は目を輝かせながら、無数の電飾が絡みつく木々や、星形ライトが輝く大きなツリーを見上げていた。

 奏太は、昨日凛と歩いた道を、まるで初めて来たかのように振る舞う。

 ツリーの前で日葵が写真を撮りたがれば、奏太は「ここに立つと綺麗に撮れるよ」と、あたかも今発見したかのように最適なアングルを提案する。


 日葵は感動したようにスマホを構え、奏太も隣で笑顔を作る。昨日凛と撮ったツーショットが脳裏をよぎるが、日葵には悟られないよう、自然な笑顔を心がけた。


 しばらく歩いていると、日葵が少し体を震わせながら言った。


「奏太、なんだか体が冷えてきちゃったね。温かいもの、何か飲みたいな……」

「あっちの出店に、ホットワインとかあるみたいだよ」


 思わず口にすると、日葵はきょとんとした顔で奏太を見上げた。


「え、どうして知ってるの?」


 しまった、と奏太は内心で焦る。


「あ、いや……なんか、すれ違う人がホットワイン持ってたからそんな気がして……多分だけど」


 しどろもどろになりながら誤魔化すと、日葵は「そっか!」と納得したように頷き、また笑顔になった。その無邪気さに、奏太は再びホッと胸をなでおろした。


冷え込みを気にすることなくイルミネーションを堪能していると、腕を組んでいる日葵が、そっと奏太の顔を見上げて、甘えたような声を漏らした。


「ねぇ、奏太。今日、奏太の家行ってもいい?」


その言葉は、まるで魔法の呪文のようだった。彼女を自分の部屋に連れ込める――そんな千載一遇のチャンスを、棒に振る男子がこの世にいるだろうか?


「うん、いいよ!」


 奏太は、心臓が大きく高鳴るのを感じながら、弾むような声で返事をしていた。

 きっと顔は真っ赤だろう。だが、そんなことすら気にならないほど、彼の心は浮足立っていた。

 返事を聞くと、日葵はふわりと微笑んで、奏太の肩にそっと頭を乗せた。その温かさに、奏太は幸福感に包まれた。


「ちょっと散らかってるけど、どうぞ」


 奏太は照れくさそうに言いながら、日葵を部屋へと招き入れた。

 日葵は「わぁ、お邪魔します」と小さく声をあげ、部屋の中を見回す。男にしては整頓されている方だろうか、と奏太は内心でドキドキしながら、続けて口にした。


「コーヒーでも淹れようか?」


 その言葉に日葵が返事をしようとした、その時だった。彼女の視線が、ふと壁に掛けられた一点で止まる。そこにあったのは、昨日着ていたチェック柄のスカートだった。


 日葵の顔から、みるみるうちに笑顔が消えていく。その表情が硬くなるのを目の当たりにして、奏太の心臓は嫌な音を立てて跳ね上がった。


「奏太……これ、何?」


 日葵の声は、先ほどまでの甘さとは打って変わって、氷のように冷たい。彼女の視線は、真っ直ぐに奏太の顔を射抜いていた。


「もしかして……奏太、他にも付き合ってる女の子がいるのね?」


 その問い詰めには、確信にも似た響きがあった。奏太の背筋に、冷たい汗が伝う。

 

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