第14話「異分子の目覚め」―後半―

静けさが、訓練場を満たしていた。

冷たい空気が肌を刺し、誰もが口を閉ざしていた。

緊張という名の霧の中、ただ一つの声が空気を裂く。

「雨班、前へ」


志霧(しぎり)の一声とともに、3人の訓練生が静かに前に出る。その姿が現れた瞬間、周囲のざわつきが一瞬にして収まった。


先頭を歩くのは、美咲(みさき)。

柔らかな印象を纏いながらも、その瞳には揺るぎない静けさが宿っている。

その後ろに、無表情の瑠奈(るな)、そして姿勢を崩さぬまま歩く弘(こう)が続く。


陽輝がぽつりと呟く。

「相変わらず感情読めねえし、逆に怖いんだよな、あの班」

緋晴が腕を組みながら、眉をひそめる。

「なんか……息詰まるな、あの空気」


訓練生たちがひそひそと声を漏らす中、緋聖(せいと)が制御端末に手を添える。訓練場に幻影型の敵が複数展開され、張り詰めた空気が一気に広がる。


「雨班、開始」


その言葉と同時に、美咲が一歩、静かに踏み出す。

右手の《雫憐の指輪(しずれん)》が共鳴し、淡い光が零れた。

アークシール《波静(はせい)》が静かに発動し、水の膜が足元へと広がっていく。


「水を張るよ。動きが鈍るうちに、お願い」


美咲の周囲に細かな水粒が静かに舞い、地面全体が湿り気を帯びて滑りやすくなっていく。敵の数は三体。


「了解。こっちは正面行くから、弘は左をお願い」


瑠奈の声とともに、矢が音もなく放たれる。片耳に揺れる《深紺の耳飾り(しんこん)》が静かに共鳴し、アークシール《蒼穿(そうせん)》が放たれる。青い光を帯びた矢が、一体の幻影の眉間を正確に貫いた。


弘が短く息を吐き、右手をかざす。

胸元に刻まれた《沈晶の紋(ちんしょう)》が淡く輝き、アークシール《静淵(せいえん)》が静かに展開される。水紋の結界が左側の幻影を包み込む。そのまま静かに沈めていく。


残る一体が足場を蹴って飛び出した。


「見えてる。止めるよ」


瑠奈の矢がすぐさま放たれ、動きかけた敵の急所を正確に撃ち抜く。


水、矢、光。どれも重ならず、干渉せず、三人の動きは完全に噛み合っていた。


志霧が冷静に評価を下す。 「雨班、制圧完了。42秒。連携評価──良好」


訓練生たちは息を呑み、その光景を見つめていた。


陽輝がため息交じりに言った。

「……あの空気、やっぱ苦手だわ」

隣で静かに見ていた蒼太が、前方を向いたまま呟く。

「相変わらず、静かだよな……」


「灯班、前へ」


呼ばれた3人の少女が静かに歩み出る。

結(ゆい)は穏やかな表情を崩さず、希(のぞみ)は冷静に前方を見据え、春音(はるね)は軽く伸びをしながら軽やかに列から離れた。


「出番だねーっ」と小さく笑う春音に、「そうね」と希が小さく頷く。

結がふたりに視線を向け、柔らかく言った。


「いこう。三人で、きっちり決めよう」


緋聖が制御端末に手を添えると、訓練場に再び幻影型の敵が三体出現する。


結がそっと左手を差し出すと、装着された《導燈のブレスレット(どうとう)》が淡く光を帯びた。

アークシール《照導(しょうどう)》が共鳴し、仲間たちを導く光が辺りに広がっていく。


「私が動き合わせるから、ふたりは自由に動いて」


希の鎖骨下に刻まれた《光種の紋(こうしゅ)》が発光し、アークシール《閃種(せんしゅ)》が光粒子を散らしながら静かに展開される。

集まった光が指先へと流れ、希は無言で敵の動きを見極め、右の幻影へ一筋の光を放った。


「右は、落としたよ」


「よーし、真ん中ぶっ飛ばすよーっ!」


春音が跳び出す。髪に挿された《響花のヘアピン(きょうか)》が共鳴し、アークシール《花響(かきょう)》が展開される。

春音の手から放たれた花びらのような光弾が次々と放たれ、正面の敵の動きが鈍る。


結は両手をかざし、左側の敵の進行を導きの光で遮るように制御する。


「左は止めてるから。……希、お願い」


「了解」


希が再び光を放ち、左の幻影の動きを正確に断ち切る。

直後、春音の光弾が正面の敵に炸裂し、光に包まれながら崩れ落ちた。


三人の連携は、無駄がなく、それでいて確かに強かった。


志霧が淡々と結果を伝える。

「灯班、制圧完了。58秒。連携評価──良好」


蒼太(そうた)が笑みを浮かべて呟いた。

「動きに無駄がねぇな……見た目に騙されそうになるわ」

隣で尚(なお)が静かに言葉を添える。

「静かに、確実に仕留める……すごいね」


「玄班、前へ」


訓練場に、ぴんと張り詰めたような空気が満ちていく。


志霧の声に応じて、3人の男子訓練生が静かに前に出る。

先頭を歩くのは怜司(れいじ)。その後ろに凪(なぎ)、瀬良(せら)が続く。


海翔(かいと)が軽く笑いながら呟く。

「出たよ……あの分析トリオ」

真司(しんじ)が静かに言葉を続ける。

「何考えてんのか、読めないんだよな……」


訓練生たちのざわめきが静かに消えていく中、緋聖が端末に触れる。


怜司が一歩前に出て、低く呟く。「僕が最初の動きを、止める」


左手の《無環の指輪(むかん)》が共鳴し、アークシール《空壊(くうかい)》が静かに空間を歪め始める。

空間がわずかにねじれた瞬間、一体の幻影が踏み出した足を止められ、その動きが封じられた。


「視界送るよ。……今、動きが見えるはず」


瀬良が襟元の《識界のピンズ(しきかい)》を指で弾くと、アークシール《認識展開(にんしきてんかい)》が発動し、三人の視界が一つに重なっていく。

敵の動きが同時に共有され、位置や間合いが正確に浮かび上がった。


「左のやつ、こっちに引きつける。凪、頼む」


左の幻影が怜司に反応して距離を詰めた瞬間、凪が右肩の肩口に刻まれた《幽理の紋(ゆうり)》を輝かせ、アークシール《幽裂(ゆうれつ)》が無音の波を走らせて足元を崩す。

その隙を逃さず、怜司が空間を強く圧縮し、一気に潰し切った。


「右にいるやつ、こっちに引きつける。瀬良、合わせて」


怜司が右の敵の注意を引きつける。凪が再び無音の波を走らせて動きを崩すと、瀬良が一瞬の止まりを捉え、ピンズから放たれた光の衝撃が敵の急所を正確に貫いた。

光が突き抜けた瞬間、敵の身体は崩れ落ちる。瀬良は視線を逸らさず、次の動きに備えていた。


怜司が目線をずらす。「……最後、動いた。残り一体」


最初に封じた中央の敵が、ついに動き出す。瀬良が狙いを定め直し、凪が敵の足元へ干渉を仕掛ける。


「タイミング合わせて潰す」


動きを止められた敵に向かって、怜司が空間を圧縮し、とどめを刺す。

幻影は静かに崩れ落ち、再び訓練場に静けさが戻った。


怜司は少しだけ息を吐きながら、短く言った。


「……終了」


希がぽつりと呟いた。「さすが、手際がいいよねー」


すぐ隣でそれを聞いていた緋晴が鼻を鳴らす。「ふんっ……計算高いやつらの戦いは面白くねーな」


志霧がわずかに頷いて告げる。

「玄班、制圧完了。53秒。連携評価──良好」


「星班、前へ」


その瞬間、訓練場に小さなざわつきが生まれる。


蒼太が、冷静に前方を見据えながらぽつりと呟く。「……いよいよ、あの班か」


瀬良が、眼鏡のフレームを指で軽く押し上げて続けた。「さて。どんな戦いを見せてくれるんだろうね」


緋晴が、口元に微かな笑みを浮かべ、小さく声を漏らす。「へぇ……楽しみだな」


期待と緊張の入り混じった視線が注がれる中、

三人の少女──蝶嬢(あげは)、拓弥(たくみ)、鬼憑(きよ)が静かに前へと歩み出る。

周囲のざわつきが、少しずつ静かになっていく。


志霧が告げる。「星班、開始」


幻影型の敵が三体、訓練場に展開される。


蝶嬢が一歩前へ出て、落ち着いた声で言う。「正面は引きつける。……援護をお願い」


背中のアークシール《蝶紋(ちょうもん)》が淡く光り、

そこから現れたアークシール《艶舞の帯(えんぶ)》が、六本の帯となって静かに広がる。

帯は蝶の羽根のようにひらき、そのまま敵へ向けて真っすぐ伸びていく。

敵の一体が蝶嬢に反応し、突進してきた。


「了解。アタシが仕留める!」


拓弥がリングを弾くと、アークシール《撃爪のダブルリング(げきそう)》が共鳴する。

展開されたのは、アークシール《獣律(じゅうりつ)》。

右手に銃、左手に炎をまとう獣の爪が現れ、獲物を狩るような獰猛な笑みが顔に浮かぶ。


「燃えろッ!」


火花を巻き上げて踏み込み、爪で斬りつけた直後に銃を撃ち込む。

炸裂した弾が敵の胸元を焼き裂き、瞬時に崩れ落ちた。


鬼憑は左に視線を向け、低く囁いた。


「逃がさない……」


左耳に装着された《焔縛のイヤーカフ(えんばく)》が淡く共鳴し、

アークシール《焔縛連鎖(えんばくれんさ)》が地を這うように展開される。

黒い鎖が敵の足元を絡め取り、影の中から黒い手が伸び、静かに──だが確実にその身体を掴んだ。


手はそのまま引きずり込み、敵の身体は音もなく影に沈んでいった。


残る一体が距離を取り、左右に高速で移動し始める。


拓弥が撃ち込みながら滑るように横へ移動し、タイミングを見て叫ぶ。


「右から回る。動き崩すよ!」


すぐさま鬼憑が呟く。


「動きを止めた……今だ」


その声と同時に、鎖が一気に伸び、敵の動きを封じた。

その瞬間、蝶嬢の帯が音もなく滑り込み、敵の胸元を突き刺す。


蝶嬢が、わずかに微笑を浮かべて囁いた。


「……散りなさい」


帯が体内へ毒を流し込む。紫色に変色した敵の身体が膨れ、やがて無音のまま霧に溶けて崩れ落ちる。

残されたのは、わずかに漂う甘い香のような気配と、凍りついた沈黙だけだった。


敵の三体は、一瞬とも思える速さで姿を消していた。


志霧が目を細めて伝える。「星班、制圧完了。30秒。連携評価──良好」


訓練生たちは、しばらく言葉を失っていた。

緋晴が下打ちしながら呟く。 「ちっ……30秒だと? ふざけんな……」


陽輝が、ぽつりと声を漏らす。「拓弥ってやつ、スピードが速すぎて見えなかった……」


美咲が、驚いたように目を細めて呟く。「てか背中から帯……?何なのあれ……」


結が、静かに視線を落としながらつぶやく。「腕に引っ張られて、影に消えたよね?……今の、何?」


三人の少女は何も言わず、静かにその場を離れていく。

背後には、毒と闇の残響だけが静かに漂っていた。


志霧が全体を見渡し、落ち着いた声で言う。

「今日の演習では、どの班も積み上げてきた力を十分に発揮していた。それぞれが、自分たちの連携と特色を活かした、良い演習だった」


一呼吸置き、視線を訓練生たちに向けて続ける。

「今回の結果を踏まえ、戦術演習は明日、改めて実施することにした。各班の戦力バランスを再確認する必要があると、我々も判断した」


「これで、今日の訓練はすべて終了だ」


緋聖の言葉を受けて、訓練生たちの声がそろって響く。

「はい!!」


その声が静かに空へと溶けていく中、訓練場はゆっくりと静けさを取り戻した。


――だが、この演習はまだ序章に過ぎなかった。

明日行われる「戦術演習」──そこに待つのは、予測不能な再編成。

彼らの本当の実力が、そこで試される。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る