第26話 嵐の前の静けさ

 あの詐欺師騒動から数日が過ぎた。


 ここ数日、ミルウッドの町はどこか浮き足立っていた。

 年に一度の収穫祭が間近に迫っている。

 家々の軒先には色とりどりの飾りが揺れ、広場では子供たちが祭りの歌を練習している。

 活気があってよろしい。


 当然、俺のカフェもその喧騒と無縁ではいられない。


「マスター、収穫祭の特別メニュー、試作品第二弾です。今回は森のキノコをふんだんに使った特製パイと、秋の果実のコンポート添えクレープです」


 アリアが、いつになく目を輝かせながら厨房から大皿を抱えて現れた。

その顔は期待に満ちている。

 パイ生地の焼ける香ばしい匂いと、果実の甘酸っぱい香りが店内にふわりと広がる。

……うん、悪くない。


 カウンター席では、ノエルが何やら書類に目を通しながら、時折アリアの試作品を吟味し、的確な感想を述べていた。


「このパイは風味豊かで素晴らしいですが、クレープの生地はもう少し軽やかさを出しても良いかもしれませんね、アリアさん。ターゲット層を考慮すると、食べやすさも重要です」


「なるほど……! さすがノエルさん、参考になります!」


 アリアは真剣な表情でメモを取っている。

 なんだかんだで、この二人の連携も板についてきた。


「……ふん。子供騙しみたいな騒ぎね」


 そんな活気ある空気に水を差すように、ぶっきらぼうな声が響いた。

 声の主は、もちろんリゼットだ。

 彼女は店の隅で腕を組み、不満そうに唇を尖らせている。

 相変わらず素直じゃないが、以前のような刺々しさは少し薄れた気がしないでもない。


「リゼットも、祭りの準備、何か手伝ってみたらどうだ? 見てるだけじゃつまらんだろう」


 俺が声をかけると、リゼットはぷいと顔を背けた。


「別に、わたしは興味ないわよ! こんな田舎の安っぽいお祭り……」


 そう言いつつも、その視線はアリアが運んできた色鮮やかなクレープから離れない。


 と、その時だった。

 カフェのドアが勢いよく開き、地元の子供たちが数人、わらわらと駆け込んできた。


「リゼットおねーちゃん! 遊ぼー!」

「お祭り用の花冠、一緒に作ろうよー!」


 子供たちは、何故かリゼットに妙に懐いていた。

 最初は戸惑い、邪険に扱っていたリゼットだが、子供たちの無邪気な猛攻に根負けしたのか、最近では渋々ながらも相手をしてやっている。


「ちょ、ちょっと、あなたたち! 馴れ馴れしいわよ! わたしは忙しいの!」


 リゼットは慌てて後ずさるが、子供たちは気にする様子もなく彼女の周りを取り囲む。


「おねーちゃんのピンクの髪、お花みたいで綺麗だから、花冠きっと似合うよ!」


 子供たちの純粋な言葉に、リゼットはぐっと言葉に詰まり、頬を染めて俯いてしまった。

 そして、小さな声で「仕方ないわね。少しだけなら、手伝ってあげてもよろしくてよ」と呟くのが聞こえた


 アリアが顔を見合わせ、くすくすと笑みをこぼす。

 俺も思わず口元が緩む。

 この小生意気なお嬢様も、少しずつだが、この町と、そして俺たちのカフェに心を開き始めているのかもしれない。

 それは、悪い変化ではなかった。


 店の片隅で、リゼットと子どもたちは作業をしている。

 俺はそんな日常風景に安堵しつつも、カウンターの奥でノエルと小声で言葉を交わしていた。

 彼女が帝都から戻って以来、気にしていた「リゼット嬢に関する不穏な情報」についてだ。


 ノエルが近づいてきた。


「――それで、例の連中の動きは?」


 俺が小声で尋ねると、ノエルは片眼鏡(モノクル)の奥の瞳を細め、低い声で答えた。


「はい、マスター。ここ数日、ミルウッドの町で見慣れない男たちが、リゼット様のことを執拗に嗅ぎまわっているのを確認しています」


 ノエルの言葉に、俺の背筋に冷たいものが走る。

 やはり、あの手紙は単なる近況報告ではなかったのだ。


「彼らは二人組で行動しており、一見するとただの旅人か行商人といった風体ですが、その身のこなし、周囲への警戒の仕方は、明らかに一般人ではありません。おそらく、専門の訓練を受けた密偵、あるいはそれに類する者たちでしょう」ノエルは手にしたメモに視線を落としながら、淡々と、しかし確信に満ちた口調で続ける。「リゼット様がカフェから出られるタイミングや、誰と接触しているかなどを重点的に監視しているようです。直接的な接触はまだありませんが、収穫祭のような人混みに紛れて何か仕掛けてくる可能性は否定できません」


「……厄介なことになったな」


 俺はため息を押し殺す。


 元帥がリゼットを俺の元へ預けた本当の理由。それが、少しずつ見えてきた気がする。

 このお嬢様は、何らかの大きな陰謀に巻き込まれており、その「何か」を狙う連中から保護するために、俺の元へ送られてきた、と考えるのが自然だろう。


「彼らの目的は何だと思う?」


「現時点では断定できません。しかし、リゼット様ご自身というよりは、彼女が持つ『何か』……例えば、情報や、あるいは彼女の血筋そのものに価値を見出している可能性が高いかと」


 ノエルの分析は的確だった。


「アリアには?」


「まだ伝えておりません。祭りの準備を楽しんでいる彼女に、余計な心配をかけさせるのは得策ではないかと。しかし、万が一の事態に備え、私の方で常時警戒は怠りません。マスターにご報告したのは、いざという時のご判断を仰ぐためです」


 さすがはノエルだ。冷静かつ的確な判断だ。

 アリアにああいう連中の存在を知らせれば、必要以上に警戒してしまい、かえって相手に感づかれる可能性もある。


 俺はコーヒーカップに視線を落とし、思考を巡らせる。

 リゼットの笑顔。

 子供たちと遊ぶ姿。


 このささやかな平穏を、またしても壊されようとしているのか。


「……分かった。引き続き監視を頼む。何か動きがあれば、すぐに知らせてくれ」


「承知いたしました、マスター」


 ノエルは静かに頷くと、再び書類に目を戻した。

 しかし、その片眼鏡の奥の瞳は、店内の様子だけでなく、窓の外を行き交う人々にも鋭く注がれているのが分かった。


 収穫祭の準備は着々と進み、町も俺のカフェも、日に日に賑やかさを増していく。

 アリアの特別メニューも好評で、常連客からは予約も入るほどだ。

 リゼットも、相変わらず憎まれ口を叩きながらも、子供たちにせがまれて祭りの踊りを練習したり、アリアの指示で簡単な仕込みを手伝ったりと、以前では考えられないような表情を見せるようになっていた。


 その微笑ましい光景とは裏腹に、俺の心の奥底には、ノエルからもたらされた不穏な情報が重くのしかかっていた。

 見えざる敵。プロの密偵。

 この平和な収穫祭が、嵐の前の静けさでなければいいが……。


 俺はカウンターに立ち、豆を挽きながら、静かに決意を固める。

 このカフェは、俺の城だ。

 そして、ここにいる連中は、良くも悪くも俺が関わってきた人間たちだ。

 誰であろうと、この場所と、こいつらの平穏を脅かすというのなら――。


 ゴリ、と豆を挽く音が、やけに大きく店内に響いた気がした。

 この穏やかな日常を、そう簡単には終わらせてたまるか。

 元「ナイトオウル」隊長の血が、静かに疼き始めていた。


――――――――――――――――――

【★あとがき★】


新作はじめました!


もしよろしければ、こちらの作品も覗いてみてください。


タイトル:「童貞のおっさん(35)、童貞を捨てたら聖剣が力を失って勇者パーティーを追放されました 〜初体験の相手は魔王様!? しかも魔剣(元聖剣)が『他の女も抱いてこい』って言うんでハーレム作って世界救います!〜」


https://kakuyomu.jp/works/16818622176113719542


作品の魅力:

35歳にして未だ童貞のおっさん聖剣使いグレン。ある夜、謎の美女――実は魔王様――に誘われついに童貞喪失! ……が、そのせいで聖剣は力を失い、仲間からは「役立たず!」と罵られパーティーを追放される羽目に。


しかし、彼の元聖剣は魂を喰らう魔剣『エルダ』へと覚醒! しかもこの魔剣、「他の女も抱いて魂の輝きを高めよ!」などとんでもない要求をしてくる始末!

辺境で出会った心優しい宿屋の娘サラや、再び現れる魔王様(?)、そして口の悪い魔剣エルダに振り回されながら、おっさんが逆襲の狼煙を上げる!

ちょっぴりダークでエロティックな逆転成り上がりファンタジー。元仲間への痛快な『ざまぁ』もご期待ください! 触手もあるよ!


どうかよろしくお願いします!

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