第3話「問題児」
A駅管轄内で、「問題児」と呼ばれている駅員が二名いる。一人目は、A駅に所属する契約社員、恥ずかしながら自分の事なのだが、あともう一人、C駅に所属する先輩社員の辻さんという方がおられる。
前者が業務中の確認ミス、所謂「失念」の多さから、周りからは「ポンコツ」と言われているのに対し、後者はあらゆる面で危険人物とみなされ、周りからは「トラブルメーカー」と呼ばれていた。
噂では、C駅内においてお客様とのトラブルが頻発。駅管轄内では、近くクビになるのではとまで噂されていた。しかし、ひとまずは所属する駅を異動させて様子を見る事に。そして先月からこのA駅へと赴任し、今、共に同僚として当駅で働いている。
聞くところによると辻さんは、富山さんの一年後輩にあたる高卒での新卒入社組。自分にとっては、年下の先輩という立場で、良く言えば気さくで明るくフレンドリー。悪く言えば少し調子の良いノリの軽い人物。仕事はかなり出来る為、周りからは一目おかれた存在だ。自分も仕事中、何度か助けてもらう場面もあり、わからない事があると休憩時間にその部分を丁寧に教えてくれるなど後輩思いの一面も覗かせる。正直、自分にはトラブルメーカーの片鱗は垣間見えず、問題児どころか「気さくないい人」という印象で、暫く働くうちに互いにすっかり心が打ち解けていた。
しかし、そのメッキが剥がれるのも早く、何故ゆえ彼がトラブルメーカーと言われているのかというその片鱗がこの駅でも少しずつ露わになり始めた。
まずは噂通り、当駅でもお客様との口論からトラブルへと発展する事案が発生。そして、続けてこんな事も。
「痛タタタタ…。」
A駅での朝の点呼が終わり、自分の業務に入る前、当直座席の横にある机の椅子に座った辻さんが、膝辺りを摩りながら痛がった表情を見せている。それを見た自分は、少し気にかけるようにして、
「どうしたんです?」
と彼に声をかける。
「これ、見てよ。」
そう言うと辻さんは、自身の制服のズボンの裾を膝上までまくり上げ、ガーゼが貼られて手当された自身の膝をこちらに見せる。
「どうしたんですか?その膝?」
自分がそう聞くと、
「昨日さ、中学の時の同窓会があってさぁ。その二次会でカラオケに行ったのよ。」
「そしたらそこで同級生の子とまぁそういう事になってさ。で、夢中で腰振ってたら床のカーペットで膝が擦りむけちゃってて。」
「気付いたら血だらけでさぁ。もう、参ったよ。」
自身の昨晩の性的な事柄について身振り手振りしながら、周りに聞こえる程の大きな声で楽しげに語る辻さんただ一人だけが、その場で大笑いしている。流石にこれは自分もまずいと思い、
「あの…すいません。その話、仕事中はやめた方がいいと思いますよ?」
周りで働く女性社員の冷たい視線を感じて辻さんに忠告すると、
「え、何で?」
驚いた表情でこちらを見つめる。
「いや、何でって。女性社員が今、周りで仕事しているじゃないですか?!」
こちらも少し熱を持って彼を諭す。
「え、だから?」
彼は薄らと笑みを浮かべ、こちらにまた問いかけてくる。
「いや、女性は聞きたくないと思いますよ。そんな話。」
自分はもう一度、彼に諭すように語りかける。
「だからなんで?」
彼には、自分の投げかけた言葉が全く理解出来ていない様子。
「いや、そういう話を仕事中に聞きたい女性は誰もいないと思いますよ?!」
そう話すと、
「けど事実じゃん?!怪我した理由はそれなんだし。それに心配しなくても、俺の話なんて誰も聞いてないって。」
しかし、周りの女性陣の表情は明らかに嫌悪感を抱き引きつっている。
「いや、結構大っきい声で周りに聞こえるように話してましたよ?!ずっと!」
すると彼は自分の肩に手を当てて、
「宮島くんさぁ、ちょっと堅いわ。もうちょっと柔らかく生きなきゃ。人生損よ。」
そう言って自分の肩をポンポンと叩く。
何故、この人は周りにいる女性社員達からのこの軽蔑した蔑むような冷たい視線を気にも止めず、自身の性的な話をあんなに笑って続けられるのだろうかと自分には全く理解が出来ず、その時の彼の言動が不思議で仕方がなかった。
そして、また別の日にも…。
その日、券売窓口業務中に中学生とおぼしき制服姿の女の子が窓口の方へとやって来た。最初、通学定期券の更新かなと思い、
「いらっしゃいませ。定期の更新ですか?」
彼女にそう訪ねると、
「いえ、あの今日、辻っていう駅員の方は来られていますか?」
一瞬、頭の中が「?」だったが、辻さんの親族の子だと思い、
「ええ、出勤されてますけど、妹さん?」
そう問いかけると、彼女は首を横に振る。
「今、休憩中なんですよ。呼んできましょうか?」
そう彼女に話すと、
「いえ、そこの改札口のベンチに座って待っているので、そう伝えて下さい。」
彼女がそう話すので、
「わかりました。伝えておきますね。」
彼女にそう伝えると、彼女は窓口を立ち去り、改札を入ってすぐ自販機近くにあるベンチに腰掛け辻さんを待っている様子。しばらくして休憩が終わり、窓口付近に姿の見えた辻さんを呼び、
「あの、先ほどから女の子が一人、辻さんに会いに来られていて。そこの改札口のベンチに座って待ってられますけど、従妹か親戚の方ですか?」
自分がそう訪ねると、
「いやいや、彼女彼女。」
また自分の頭の中が「?」で埋め尽くされてしまい、
「え?!ちょっ…彼女って、子供じゃないですか?!あの子?!中学ですよね?」
流石に話がヤバくなってきたので、周りに聞こえないよう、会話のボリュームも自然と互いに小さくなる。
「違うよ、高1。」
その言葉に自分は頭を傾げて、
「いや、そんなに変わんないですよ。」
と話すと、
「結構かわいいだろう?俺の彼女。」
窓口から彼女を見つめる辻さんの微笑む表情に、少し狂気的な一面を感じながら、
「いや、かわいいっていうか…可愛らしいというか…流石にヤバいっていうか…。」
すると辻さんもすかさず反論し、
「何がヤバいのよ?!援交とかしてるわけでもないのに!純愛だよ?!真剣交際だよ?!」
辻さんの言い分としては、これは真剣な交際であり、自由恋愛。二人が両思いで付き合っているのだから、相手が未成年であろうとその関係は真っ当であるという事を自分に話されるのだが、ただ自分としての見解では、
「けど、完全に未成年ですよね?流石にまずいでしょ?!未成年と二十歳超えた社会人とでは?!まず何処で出会うんですか、そんな子と?」
「え、電車の中。」
それを聞いて、またまた自分の頭の中が「?」で埋め尽くされる。
「ちょっと…待って下さいよ。駅員が電車内で未成年の子をナンパしたんですか?!」
「うん、そうだよ。」
まるで当たり前かのように間髪入れずに答えられた返答に、自分はもう何も言葉が出ず、ほとほと呆れ返ってしまい、
「信じられん。マジでヤバくないですか、それ?!」
すると、辻さんは、
「いや、可愛かったら声くらいかけるだろうがよ?!普通に?!」
そのあまりにも軽いノリで話す彼の言動に、何だか話すだけで疲れてきてしまう。
「いや、無いですよ。流石にそれは。声かけないですって?!未成年に普通は!正直、僕は引いてますよ、辻さんに。」
もう何を言っても無駄な感じがしたので券売窓口の椅子へと戻る。
「引かないでよー、宮島くーん。」
この人、問題大ありだ。
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