第2話「勉強会」
「…ということで、先程の事案と今ご説明しました事故の事案を見ましても、共通する過失の原因は、社員間での報告、連絡、相談。すなわち『ホウレンソウ』のうち、一つでもその義務が早急にまたは適切に行われなかった事によって発生した事故でありまして、すなわち『人災』であるという事がよく理解出来たかと思います。」
大きなスクリーンに映されたパワーポイント資料を使って、北尾係長が、机に置かれた手元の資料に目を通す各駅員に向けて、真剣な眼差しで講義を続ける。
「今回も皆さんに最後お伝えしたいことは、どんなに些細な事、どんなに小さな出来事であっても、速やかに『報告』、『連絡』、『相談』を徹底して行うという事が、重大過失、重大事故を未然に防ぎ、その抑止に繋がるという事であります。『ホウレンソウ』の徹底!これをもう一度、各自徹底して頂けるようお願い致します。本日の勉強会は以上となります!皆さん、お疲れさまでした!」
A駅駅室内にある社員会議室にて行われた社員勉強会は、A駅間隔内の駅に所属する全駅員、もちろん、各駅駅長や副駅長なども全員参加義務がある為、日を分けて数日間行われている。今日は自身が参加する勉強会二日目。その勉強会を終え、ロッカールームの方へと廊下を歩いていると、泊まり勤務明けで疲れた表情の富山さんが、向かい側からゆっくりとした足取りでこちらに向かって歩いて来られる。この少し気まずい緊張した表情を悟られぬよう、こちらから先に挨拶をする。
「お疲れさまです。」
「お疲れー。」
富山さんの挨拶の返し方から察するに、自分に対する怒りはもう収まっているようで、ほっと胸をなで下ろす。
自分は今日、勉強会のみの出社の為、昼前には帰宅出来るというラッキーDay。早々にロッカールームで背広に着替え、次の電車に乗って素早く帰ろうという魂胆だ。駅室の社員専用扉から出て、社員定期で足早に改札をくぐり、勤務中の改札駅員に軽く会釈、そのままホームに向かうとちょうどいい頃合いに電車が到着。扉が開くと直ぐに車内に飛び込み座席を探す。どうやら飛び乗った車列の車内座席が空いていないため、扉付近で発車時刻を今かと待つ。
扉が閉まり、発車かと思われた次の瞬間、突然車内アナウンスが入り、前を走る列車に異音が感知されその確認の為、列車緊急停止中との事で、この列車は当駅にて発車を見合わせ、そのまま待機するとの放送が入り、自身頭を抱える。
一旦閉まっていた扉も開き、車内で待つかホームに出てベンチに座って待つかを悩んだ結果、ベンチに座って待つ方を選択。ほどなくしてホームにも構内放送が入り、結局前を走る列車は異常なしとの事で、もう間もなく運転を再開するもよう。そろそろホームベンチから車内の方へ移動した方が良いと踏み、電車内に戻って発車の時を待つ。
「お待たせ致しました。間もなく列車15分遅れでA駅を発車致します。ドアが閉まります。お気を付け下さい。」
車内アナウンスが終わると同時に駆け込む一人の女性の姿が。
富山さんだ。同じ車列に乗車された為、彼女もこちらに気付かれた様子で自分の方へとゆっくり近付いて来られる。
「あれー?あんたも乗ってたの?」
正直、運の悪い日だなと少し思いながらも、
「はい。前を走る列車の異音確認みたいですね。」
笑顔を作って返事を返すと、
「電車も遅れちゃうし、同じ車列で私とも出会っちゃうし。あんた今日、運悪いね。」
まるで自分の心の声が聞こえているかのようにズバリ富山さんに自身の本音を言い当てられ、その言葉に自分は動揺してしまい
「…どう返答したらいいんですか、それ。」
そう富山さんに問うと、
「そりゃー、嘘でも『富山さんと一緒に帰れて嬉しいです!』でしょ?!」
それを聞いて、少し言い方を考えながら、
「…富山さんと…一緒に帰れて…嬉しい…です。」
そう言ってはみたものの、流石に今の言い方は辿々しかったのではないかと不安になり、横目で彼女の表情を確認すると、
「…うん、それでよし。」
富山さんはそう言って小さく頷くと、その横顔は少し笑みを浮かべていた。つり革を持つ二人の手が横に並んで揺れながら、この遅延した快速列車は今、隣町の駅のホームを加速しながら通過して行く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます