第43話 海の上で

「くそ、また負けた!」


「鍛えてますからね、冒険者として。一般人に負けるほどヤワじゃないですよ」


俺は今現在、乗客たちと一緒に腕相撲大会をしていた。発端は家族連れで乗っていた人の中でまだ小さいお子さんがいたことで、なんと俺の方を見て「俺の方が強いし!」と言ってきたのだ。


高ランク冒険者として完膚なきまでに少年を叩き潰した後、そのままの流れでお父さんとも腕相撲をすることになり、何だかんだで腕相撲大会に発展してしまった。


非番であろう船員も偶に参加してくるのでそれなりの時間こうしている。っていうか遊んでて大丈夫?それ休むための時間だよね?


1時間ほど楽しんで帰ろうかなと思っていたのに、遂に腕相撲大会が終わる……と思った瞬間、俺がブチのめした少年が「今度はジャンケンにしようぜ!」と言い出した。俺に恨みでもあんのか?コイツ。


まあ原因はわかっている。大の大人でも一カ月海の上で娯楽がないなんて状況キツく感じるのだ。子どもにとっては、正しく拷問と読んで良いだろう。それに、他の乗客がいることから余りはしゃがないよう注意されていることだろう。それを考えれば、待望の遊び時間を逃すほうがおかしいと思える。


少々申し訳なさそうにしている両親に向かって「大丈夫ですよ」と言っておく。そして、少年に向かって「それよりももっと面白いものがあるんだ。興味ない?」と問い掛ける。


「え!?もっと面白いもの!?」


「見ててね?ほら……」


興味深げに此方へと寄ってくる少年にちゃんと見えるように掌を少年の前に掲げ、そこから風魔法をちょびっとだけ出す。


「す、すげぇ!兄ちゃん魔法使いだったのか!もしかして、さっきのうにょうにょも魔法で倒したのか!?」


「うにょうにょ?うん、拳だけだと周りに迷惑かけちゃうことが多いからね。魔法で被害が出ないようにしながら戦ってるんだ」


「ほ、本当に……!?父ちゃん、母ちゃん!俺も魔法使ってみたい!」


駆け寄る少年に苦笑しながら、両親は「頑張れば使えるようになるわよ」と言った。残念ながら両親は魔法を使えないのだろう、教えて教えてとせがむ少年を困ったように見つめている。


この世界の魔法は、呪文とか詠唱とか、そんなものは必要ない。大事なのは生まれ持った魔法の才能だけであり、才能さえあれば努力しなくても強いやつが存在する。


俺の場合は元々魔法の適性を持ってたことに加えて進化を果たしたことでそれが四属性すべての物に変化、ヴェリタスに指導してもらうことでここまで成長させてきた。少年に魔法の適性があるかないかは俺にはわからないので、正直どうしようもないのだが……。


「君、魔法が使いたいのかい?」


「うん、使ってみたい!」


俺から投げられた質問に勢いよく答える少年を見て、俺は少し思い悩む。確か、ヴェリタスから魔法の発動方法を教わった時は互いの魔力を循環させる……みたいなことをやったんだっけ?でも、それが少年に対して悪影響を及ぼさない保証はない……。


「魔法ってね、生まれたときに使えるか使えないかが決まっちゃうんだよ。もし君に適性があったら、使えるようになるかもしれないね」


「そ、そうなの!?」


驚いた声を上げる少年に、「まあ魔法の適性なんて持ってる人相当少ないらしいんだけどね」と続けて、あまり期待を持たせないようにした……が、どうやら逆に興味を持ってしまったらしい。「もしかして俺も何か持ってるかも……!?」なんて淡い希望を抱く少年を見て、言わない方が良かったかな?なんて思った。


「すみませんお父さんお母さん、もしかして迷惑だったでしょうか?」


少年が一人妄想にふけっている間に、両親に駆け寄ってそう声を掛ける。


「いえ、こちらこそ息子がご迷惑を……魔物から助けてもらった御恩もありますし、むしろこちらが感謝するくらいです。しかし……」


「魔法なんて平民で使える人は殆どいませんし、無用な希望を持ってほしくはないですね……落ち込まないといいんですけど……」と続けて、二人は少年を連れて部屋へと戻っていった。去り際、「本当に気にしていませんから、息子にとってもいい経験だったでしょう。有難うございました」と二人から言われたが、やっぱり将来少年が苦しむかもしれないと考えると胸糞悪いな……なんて思った。


俺に出来ることは無いんだけどさ。


少しどんよりしてしまった空気を紛らわすために、俺は船のバルコニーへと出た。吹き付ける冷たい潮風は今の俺の心情とマッチしているように感じた。


少年を見て、俺も小さいころを思い出した。それは勿論、前世の話である。


俺はごくごく普通の一般家庭に生まれた。下に一人妹がいたが、仲はそれほど良くない。というか、家族全員と上手く馴染めていなかった。


俺はどこか普通の人とは違う……ズレた感性を持っていた。昔から、生き死にというものに無頓着で、感受性が無いとでもいうのだろうか、感動系のストーリーとか読んでも何も感じない……というか。


この世界に転生して、生物を殺すことに躊躇しなくなったのはネクロマンサーのせいだとは思う。ズレた感性を持っていたからと言って、それでも俺は日常生活を送れていたのだ。一般的な常識というものは持ち合わせていた。だが、ネクロマンサーの楔を引き抜いた後、それでも殺しになにも感じなかったのは俺の感性によるものだ。


元々、そういう素質があったのだろう。今思えば、嫉妬の能力を手に入れたときだって普通の感性とかけ離れた感情を抱いていた。小さいころから周りと打ち解けることができず、碌に精神性が成長しないまま年を取ってしまったのも納得というものだ。


だからだろうか、交通事故の、あの女の子が死ぬその瞬間に、俺は「人一人救えて死ねるなら最高じゃないか」と思ったのだ。そう、本当は俺は、第二の人生なんて望んじゃいなかった。何をしても周りが主人公のことを慕ってくれるなろう系なんか好きになったのも、ただ自分もそうなりたいと思っていただけ。結局、どこまでも空しい人間なんだ、俺は。


転生というものを受け入れていたのは、なろう系に憧れていたというよりかは、前世に対してほとんど未練がなかったことの方が大きい。どこか達観しているともいえる死んだような俺の感受性は、思春期の子供たちとは相いれないものだった。というか、逆にこの世界に来て相当成長していると思う。死を身近に感じて初めて、俺は正しい感情を手に入れることができたのだ。


そして、何よりも大切な人を守りたいと思えたことがうれしかった。それは、前世では終ぞ知ることのなかった感情だから。俺はきっとどこかでネジが外れていて、魔王なんて呼ばれるのに納得な何かを持っているんだろう。あるいはその素養か。いずれにせよ、一人では狂っていたかもしれない俺を救ってくれたのはヴェリタス達だ。なら、本来ならなかったはずの二回目の命、俺の好きにさせてもらうよ。


「転生、か……」


俺が起こしてきたこれまでの行動、それらが全て転生を仕組んだ者の予想通りなら、そしてその目的が邪神の討伐だとするのなら、その先見性はもはや未来を見ているといって良い程に卓越しているだろう。


本来なら、邪神はまだ表に出てこなかったはずだ。長い年月をかけて真の魔王の力を集め、ヴェリタスを殺し、内側から国を全て落とした後嘲笑いながらすべてを蹂躙しつくしたはず。だが、俺の行動によって邪神は早期に動かざる負えなくなった。それも、全盛期とは程遠い実力で。龍王二体が強くなって敵となり、過半数の魔王の力を得ていない。過去、これ以上に邪神の弱点が曝け出されたことはないはずだ。


まあこちらも殆どの神と一番重要な地母神が行方不明なわけだが……。


この旅で、全て終わらせる。負の連鎖を、断ち切るんだ。


俺は、己の過去を振り払って、未来へと思いをはせたのだった。

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